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第三十九話 神の仕業
しおりを挟む霧子が消えて謎のメールだけが残された。
義人と清歌はただ全力で走る。
向かう先は綾音の家。
この空神町のシステムに精通しているのは彼女しかいない。
「綾音さん!」
清歌は相変わらず二階の窓から外を眺めている綾音の名を呼ぶ。
「清坊? それに……合田義人?」
綾音は突然呼ばれたことに驚きつつも、清歌と一緒にいる義人を見て眉間をしかめる。
初めて顔を見た清歌の友人。
才能を失った少年。
そんな二人がそろって自分の元へやってきた。
「とりあえずあがって!」
綾音は二人の表情を見てただごとではないと理解した。
こんなに焦った清歌は初めて見たのだ。
一体何が起きたのだろう?
綾音は二人が玄関を開けて二階にやってくるまでの短い時間、やきもきしてただ待つことしかできなかった。
神の時との違いはいろいろあれど、やれることの違いがもっとも大きな差だろう。
いまの綾音にはなんの力もない。
「お邪魔します!」
勢いよく開かれた扉の先に、清歌と義人が立っていた。
命と才能という天秤にかけられた二人組。
まさかこの二人がそろって自分の前に立つとは、露ほども思っていなかった。
「いらっしゃい……それで、何があったの?」
綾音はさっそく本題に入る。
ただごとでないことぐらいは分かっている。
しかしこの平和極まる空神町で、一体何が起きたのだろう?
「これを」
差し出された義人の手には携帯画面が開かれている。
画面には一通の手紙。
差出人は霧子、件名なし、本文は”助けて”のみ。
綾音はメールを見て目を見開く。
助けて……メールで助けて。
普通なら悪戯かと思うところだが、霧子と面識のある綾音は知っている。
加藤霧子はそんなことをするような人間ではない。
「あと変なんです! 誰も霧子のことを憶えていなくて!」
清歌は泣きながら訴える。
綾音は清歌の言葉を聞いて片手を頭に添えた。
知っている。
そんな状況を綾音は知っていた。
覚えのある話だ。
「とりあえず落ち着いて二人とも。霧子ちゃんは無事よ。命の危険はない」
綾音は二人の不安を取り除くように言い切った。
「なんで言い切れるんですか?」
清歌は涙を拭いながらたずねる。
「私はこの状況を知っているの。ちゃんと説明するからあわてないで」
綾音は一度深呼吸をして二人の目を交互に見た。
「まず霧子ちゃんは無事。それで、彼女のことを誰もが忘れている状況だけど、それは神隠しよ」
「……神隠し?」
清歌の頭の中で嫌な情報が結びつこうとしていた。
お祈り地蔵が出した条件だ。
自らの意志で運命を切り開いた者を捧げればだっけ?
そんなニュアンスだったはずだ。
もしかしてと嫌な想像が清歌の頭の中を支配する。
「お祈り地蔵が霧子ちゃんを神の座に迎え入れようとしている証拠ね。神の座への転移が始まると、人々の記憶や記録から徐々にその人に関することが消えていく」
綾音の説明を聞き、清歌は両手で顔をおさえた。
起きてはならないことが起きてしまった。
「僕が連れてこなかったから、お祈り地蔵が勝手に選んだってこと?」
清歌は軽く眩暈がした。
夏だというのに異様な寒さが体を走る。
こんなことが許されるはずがない。
聞いてない。
そんなルールは聞いていない。
「……残念ながらそういうことみたいね」
綾音は静かに答えた。
いずれ埋まるであろうと思っていた神の座の空白。
自分が神として在籍しているあいだには起こらなかった神の理。
しかしどうして彼女が選ばれたのだろうか?
「じゃ、じゃあどうすればいいんだ!? こんなところで呑気に喋っている場合じゃないだろ! 早く助けに行かないと! なあ清歌!」
義人は取り乱し、いまにも走りだしそうな状態だ。
無理もない。
自分の大切な人が人間じゃなくなると聞いて、呑気にしていられるほうがどうかしている。
「落ち着きなさい合田義人。神の座への転移はそんな簡単には終わらないはずよ。私も含め、君たちも彼女のことを憶えているでしょう?」
清歌と義人は綾音の言葉にそういえばと思う。
どうして自分たちは霧子の記憶を失ってないんだろう?
霧子の家が消えているというのに……。
「なんで僕たちは憶えていられるんですか? 霧子の家だって消えたのに」
「神の座に人間を上げる場合、その人間がいた証を消さなければならないの。だから順番的には、その人間の家がまずそこになかったことになる。次にその人間の親。彼女を産んでいないことになっている。だから霧子ちゃんの両親は、違うところで呑気に暮らしているはずよ。あと私たちが覚えている理由だけど、きっとお祈り地蔵の仕業だと思う。もしかしたら罠かもしれないわ」
綾音の説明を聞いて二人は唖然とするしかなかった。
あれだけ取り乱していた義人でさえ、あまりの衝撃に頭が追いついていないようだった。
「そんなこと許されるはず……いや、それより不可能だ!」
義人は咆えた。
あまりに現実離れし過ぎている。
そんなことがまかり通るはずがないと、義人は綾音に詰め寄った。
しかし綾音と清歌は冷静だった。
なぜなら神というものがどういった原理で動いていて、どんな奇跡でさえも起こせると知っているからだ。
「許されるか許されないかは別として、相手は神そのもの。可能よ」
綾音は義人とは対照的に静かに告げた。
ただただ純然たる事実を突きつける。
もうそういった段階だった。
「……そんな」
義人はその場に崩れ落ちた。
信じたくない現実でも、現実である以上受け入れて前を向かなくてはならない。
「いま霧子はどこに?」
清歌はうなだれる義人の背中をさすりながら綾音に尋ねた。
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