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第十七話 傷心と霧子
しおりを挟む「霧子? ああそうかここは……」
「いやいや忘れないでよ。前はけっこう食べに来てたじゃない」
霧子はあきれた様子で清歌を見る。
なんだか様子がおかしい。
いつも一緒にいるせいか、霧子は清歌の微妙な変化に気がついた。
「ねえお昼一緒に食べない?」
「え……どうしたの急に?」
「いいから、いま店開けるから入ってて」
「でも今日は休みじゃ……」
「いいの!」
霧子はやや強引に話を進める。
彼が押しに弱いのは分かっている。
今日は定食屋はお休みだ。
両親とも午前中から買付けのため農家に向かっている。
「入って」
「う、うん……」
霧子は部屋を飛び出し、店の裏口を開けて清歌を招き入れる。
清歌が恐る恐る店に入ると、霧子は再び鍵を閉めた。
「親御さんは?」
「いま農家に交渉しに行ってる」
「交渉?」
「なんでも地産地消を目指すみたい」
清歌は霧子の説明を受けてもピンとこない。
地産地消というワードは、なんかの授業で聞いたことがあるかどうか程度の認識だ。
「じゃあお昼ってどうするのさ」
「え? 私が作るに決まってるじゃん!」
清歌の疑問に霧子はエプロンを装着しながら答えた。
部屋着のスウェットにエプロンという実に奇妙な組み合わせだが、不思議と様になっている。
「霧子が?」
「なに? 不満なの? こう見えてけっこう料理するんだから」
定食屋の娘として手伝いもしてきたし、まわりもそういう位置づけで見てくる。
料理が苦手な定食屋の娘なんぞ、世間体が悪いったらない。
いまはそういう時代でもないだろうけれど、古い価値観を固持した者たちが多いのがこの空神町の住人なのだ。
「最近は食べに来なかったけど、昔は家によく食べに来てたじゃない? 何で来なくなったの?」
「なんで……なんでだろう?」
清歌は霧子に言われて初めて考えた。
そういえばどうしてなのだろう?
別に生活が苦しくなってなんて理由ではないはずだ。
そもそも定食屋さんなんて、外食と呼べるほど高いわけでもない。
考えに考えた末、清歌は一つの可能性を口にする。
「もしかしたら僕が霧子を意識してたのかも」
「どういうこと?」
「ちゃんとは憶えていないんだけど、中学に上がったタイミングで一回ここに行くって話が出た時に僕が嫌がった気がするんだよね。それ以降、ばあちゃんたちからここに行こうって話は出てこなくなった」
うろ覚えだったが、確かそんな場面があった気がする。
なんて言って嫌がったかはしっかりと憶えてはいないが、なんとなく理由はわかる。
中学に上がったあたりで、自分は霧子を異性として認識したのだ。
小学生までの僕はほとんど性別を気にしていなかった。
だけど思春期の入り口を迎えた僕にとって、もっとも身近な異性が霧子だったのだ。
「意識してたんだ」
霧子は悪戯っぽい笑みを浮かべて厨房に消えていった。
「適当に座ってて」
厨房で彼女の声が響く。
清歌は言われた通りに席について、誰もいない店の中をぐるっと見渡す。
昔来ていた時は絶対に他に客がいたため、こうして静かに店内を見渡すタイミングなんてなかった。
四人掛けのテーブルが八席あるまあまあ広い店内で、こんな田舎の定食屋にしては席数も多いほうだろう。
壁には紙に筆ペンで書かれたメニューがずらりと並び、妙に落ち着きのある店内となっている。
そんなメニュー表の中に、大きくバツ印が書かれた紙があった。
そこには霧子スペシャルと書かれている。
「霧子スペシャルってなに?」
「中学に上がってから私も作り始めたから、うちの親がふざけて書いたのよ。高校受験の時になしになったけど」
厨房からなにやら美味しそうな匂いが漂ってきた。
霧子スペシャルか……ちょっと食べてみたい気がする。
「いま何作ってるの?」
「霧子スペシャル」
霧子は答えたまま黙ってしまった。
このまま調理に集中したいのかもしれない。
邪魔しちゃ悪い。
清歌は黙って待つことにした。
「作るの久しぶり……」
厨房では霧子が独り言を漏らす。
久しぶりに料理をしたということではない。
この霧子スペシャルを作るのが久しぶりなのだ。
さっき霧子は嘘を吐いた。
霧子スペシャルは、メニューとして店の壁に貼りだされてすぐにバツ印を書いたのだ。
このメニューは次に清歌が食べに来た時に作るつもりだったメニュー。
彼の好きなものを詰め込んだ、霧子特製の清歌に特化したものだ。
せっかく考案したのに、ちょうどそのタイミングで彼が定食屋に姿を現すことはなくなった。
霧子の両親はとっくに霧子の本心に気がついているため、とくにそのことには触れずにメニューの貼り紙もそのままにしておいたのだが、それがこんな形で功をなすとは思わなかっただろう。
「あとはご飯をよそうだけ」
霧子スペシャルは、本当に清歌の好きなもので構成されていた。
定食屋なので彼の好みに関わらずご飯とみそ汁は必ずついてくるが、メインは清歌の好物であるサバの味噌煮ともやしの野菜炒めとなっている。
霧子よりも細いのでは? と思われるほど線の細い少年である清歌らしい献立である。
「おまたせ!」
お盆に乗った霧子スペシャルを、清歌の目の前に置く。
清歌は驚いた様子で霧子の顔をまじまじと見つめる。
「なによ」
「なんで僕の好きなものしかないの!?」
清歌の思った以上のオーバーリアクションに、霧子はついつい笑い出した。
ああよかった。
三年越しのメニューが彼のもとに届いた。
霧子は存分に笑った後、おいしそうに霧子スペシャルを頬張る清歌を見守っていた。
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