未来の死神、過去に哭く

DANDY

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第十三章 和解と未来と 1

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 あれから三日が経過した。
 死神と天音と未来についての話をしてから三日が経過した。
 昨日はクラスの代表が二人やってきて、俺と天音に頭を下げた。
 体調が回復したらクラスの一員として一緒にやっていきたいと。
 
 どうやら清水先生が俺たちの事情を常識的な範囲で(さすがに死神の話はできないだろう)話したらしい。

 ひたすらに謝られたが、俺も一方的に被害者面する気は無かったので、あまり気にしないでくれと答えた。
 こっちにも非があったのだと謝罪した。
 誤解を招くような行動をしていたのは事実なのだから。

 クラスの代表たちが戻って行ったあと、俺の心の内はどこか晴れやかな気持ちになった。
 初めての感覚に近い。
 誰かと繋がりを持つということが、どれだけ心を明るくするのか知らなかった。
 俺には天音しかいないと思っていたから……。

「ねえ真希人、これから学校に行ってみない?」

 ドアをノックして入ってきた天音が提案する。
 確かにそろそろ行っても良いかもしれない。
 幸い今朝になって、体は問題なかった。
 普通に歩けるし、正体不明のダルさもない。
 世界の呪いとやらが解けてきたということなのだろうか?

 死神と話して天音と話して、清水先生やクラスの連中とも和解して……。
 気がつけば繋がりがいくつも出来ていた。

 それによって世界から孤独と判定されなくなったのかもしれない。
 みんなからしたら普通のこと。
 だけど俺からしたら特別なこと。
 
「そうだな。行ってみるか」

 俺はそう答えて立ち上がる。
 まだ話をしていない奴がいる。
 いまの俺なら、彼の言葉が届くだろうか?
 
「おい……とっとと出て行ってくれないか? 俺は着替えるんだ」

「ごめんごめん!」

 いつまでも俺を見つめていた天音を追い出し、俺は制服に袖を通す。
 
 俺が正常な路線を歩めなければ、死神と約束した未来は訪れない。
 変わるべきは周りではなく俺自身。

 着替え終わった俺は、鞄をもって天音の病室の前に立つ。

「そっちは準備できた?」

「もうちょっと待って~」

 天音のやや焦る声が聞こえる。
 女の子なんだから俺より時間がかかるのは当然か。

 俺は携帯で時間を見る。
 そろそろ出ないと遅刻してしまうな……。

「遅れるぞ?」

「今日ぐらい良いんじゃない? 多少遅れたって、病み上がりなんだし!」

 病室の中から大きな声で主張する。
 天音は相変わらず天音だ。
 
「それもそうか」

 俺もあっさり天音の言葉に流され、壁に体を預ける。
 そもそも今日の俺の目的は授業じゃないしな。
 廊下を行き交う看護師たちに怪訝な目で見られながら、俺は天音の支度を待った。




「随分と久しぶりな気もするけど、大した日数は経ってないんだよな」

 俺と天音は校門の前に立っている。
 
「私なんて四日か五日ぶりぐらいよ?」

 俺の独り言に天音が答える。
 とはいえ俺だって天音とそこまで変わらない。
 一ヶ月も経過していない。
 なのに何故か……。

「妙に緊張するな」

 正直に口にする。
 変な緊張感だ。
 仕事で一ヶ月ぶりに学校に来ることもあったが、その時とは全く違った緊張感。

「お前でも緊張するんだな」

 校門の向こうから声がかけられる。
 声の主は楽辺聡志。

 良かった、コイツの声が聞こえる。
 まだ聞こえなかったらどうしようかと思っていた。
 
「アンタまだ何か用があるの?」

 天音は敵意を剥き出しにして、楽辺に噛みつく。
 俺は苦笑いを浮かべ、天音を片手で制する。

「ごめん天音。先に行っててくれ」

「どういうこと?」

 天音は不思議そうに俺を見る。
 悪いけどここからは男同士で話すことがあるのだ。

「お前もそれで良いだろう?」

「ああ。一限目ぐらいはサボってやるよ」

 初めて俺と楽辺の意見が一致した気がした。
 
 俺と楽辺の様子を見て、天音は何かを察したのか俺の耳元に顔を近づける。

「先生には上手く言っておくね」

「助かる」

 俺は心から天音に感謝をし、楽辺に向き合う。
 天音はそんな俺たちを横目に教室に向かって行った。

「どこで話す?」

「音楽室なんて良いんじゃないか? おあつらえ向きだろう?」

 楽辺はそう提案した。
 確かに一限目から音楽の授業をするクラスは無い。

「分かった場所を移そう」

 俺たちは音楽室に向かった。



「本当に誰もいないな」

「そりゃそうだろ」

 楽辺は呆れたように答える。

「なんか雰囲気変わったな?」

「そうか?」

 楽辺に指摘される。

「なんていうか、明るくなった。前までの、誰にも興味ありませんってオーラがないじゃないか」

 俺はそんなオーラを放っていたのか。
 そりゃ疎まれるわけだ。
 
「俺のお前への態度、いまは本当に反省している。悪かった」

 意外にも楽辺から頭を下げる。
 深々と綺麗な謝罪だ。
 俺はコイツをめんどくさく思っていたが、根っから悪い人間ではないのは知っていた。
 だからだろう。
 素直に謝られたら、何か言い返そうという気持ちがなくなってしまうのは……。

「別に良いって。俺にだって問題はあった。周囲と人間関係を構築しようともせず、ただ自分のことで精一杯になっていた俺にも非はある。だからその件に関してはお互い様だ」

 俺は素直にそこまで話せた自分自身に驚いた。
 確かにコイツの言う通り、俺は変わったのかもしれない。

「俺も早坂さんから、お前の事情を聞いた。聞いて思った。お前は凄い奴だとあらためて思ったんだ。能力だけじゃない、お前の凄いところはその精神力だ。普通の人間ならこれだけのプレッシャーに晒されたら潰されちまうのに……」

 楽辺のこの言葉に嘘はないと思った。
 彼の本心だろう。
 天音とどういう話をしたかは知らないが、俺のことを理解してくれた。

「俺はお前が羨ましかったんだと思う。お前からしたらめんどくさい奴だったろうけど」

「ああ、めんどくさかったな」

「ストレートに言うなよ」

 俺たちは初めて笑いあった気がした。
 心の氷が解けていくように、音楽室に張り詰めてあった緊張の糸が解れていく。
 
「俺は有名なお前が、音楽の才能に溢れたお前が、早坂さんの気持ちを一身に受け続けるお前が、心底羨ましかった。やっかみと嫉妬だ。醜いったらない。それでああいう態度を取ってしまったんだ。本当に悪かった」

 楽辺はもう一度頭を下げる。
 彼が俺に絡んでくる理由なんて、もうほとんど分かっていた。
 しかしあらためて言われると、逆の立場だったら俺も楽辺のような振る舞いになってしまう気がした。

「気にしないでくれ。たまたま置かれた環境によっただけだ。逆の立場なら、俺だってどういう行動をとっていたか分からない」

 俺は本音を口にする。
 向こうからすれば全てを持っている俺。

「それに俺からしたって、部活に打ち込める環境や、普通の学校生活。守られたプライベート。そのどれもが羨ましかったんだぜ」

 俺の偽らざる本音に、楽辺聡志は目を大きく見開いた。
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