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下等生物は出番がないぞ! 4

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 赤い鳥が飛び去ったあの日、気持ちは城へ向かっていたが、ねだるアンジェに従ってシードレイク領へ足を延ばした。

 装飾品を決めるのにさんざん我らの意見を聞きたがり、粘ったあげくひときわ大きな宝石が飾られたものを選んでいた。ミルーシャならば使われた宝石の価値より、その石の産出された産地の歴史や文化、さらには職人の施した細工の緻密さ、繊細さまで思いやって決めるだろう。つける人を選ぶきらびやかなそれを喜々として身に着けたアンジェの、さあ褒めろと言わんばかりの顔には、冷めた眼差しを向けてしまう。

 すぐに意識して微笑を浮かべたが、自分の胸元を飾る宝飾品に目を奪われていた女は気付かなかった。私の心など思いやる必要すらないのか、その後も彼女は付き従う私の変化に気付くことはなかった。

 ……心にもない言葉を並べて褒めれば、それだけで女は満足そうな顔を見せた。

 精神面を抉られ疲労だけがつのる。笑顔を浮かべるのがこんなに苦痛だとは。

 帰国までに女のわがままによる私の私有財産の放出は数回に及んだ。女の欲に果てはないのか、行く先々で何かを強請られる。

 そしてようやく、城に帰りつけば、城の内部は蜂の巣をつついたように騒がしかった。

 ルシアーノが走り回る近衛騎士を捕まえて、理由を問いただした。

 国賓の接遇のため国王主催の晩餐会を催していたところ、魔獣の襲撃があったというのだ。

「父上と母上、出席者の方々はご無事か?」

 私の問いかけに近衛兵士は頷いた。

「魔獣の数は? 襲撃場所はどこだ?……ああ、アンジェ。危険だから部屋に避難していてくれないか?」

 危険を前面に押し出して、程よくアンジェを部屋へ送ることに成功した。煩い女の顔を見ずに済むのが心底ありがたかった。

 だがその部屋が、私の隣の部屋だという。騒ぎに乗じて、部屋を離すことを決意して意識を切り替える。

「客人に怪我は?」

「ございません。晩餐会の客人もすべて……皇王様もご無事にございます」

「そうか……」

 ほっと息を吐く。国王主催の晩餐会で要人に怪我をさせたとあっては、国の恥だ。失態として他国から叱責を受ける事となる。しかもどうやら国賓とは皇国の皇王様だったようだ。

 油断させるためとはいえ、つくづくアンジェの願いなど振り切って、帰国すべきだった。

「その魔獣は、排除できたのか?」

「は! 皇王様配下の護衛騎士の皆さまの援護もあり、仕留めましてございます。ただ……魔獣のうち一体が城内を逃げ回りまして一部がその余波で瓦礫と化しております」

「護衛騎士や城内の勤め人にケガは?」

「魔獣が逃げた先が城の東の牢獄塔でしたので……。幸いなことに城内からは遠く、ケガ人の報告などはありません」

 牢獄塔と聞いてルシアーノと目線を合わせた。

 ……私達が捕えた魔獣使いは、百騎兵団に連行され牢獄に繋がれたはずだった。

「あの男の無事は確認したのか」

「あの者にはいろいろと問いたださなければいけない。無事なのだろうな?」

 ルシアーノがやや焦りを見せて問いかけた。アルベルトも頷きながら、問いただすと、城兵は口を濁した。

「どうした。まさか……」

「そ、その、魔獣の抵抗が激しく、現在、牢獄は塔もろとも崩れ去っており、生存者は皆無かと……」

 *****

 あの頃、国をおさえて一番にしたことは、面倒な国のかじ取りを今まで通り国王にさせたことだった。

 聖神官の正装に身を包み、大神ユークリッドの像の前に立ち、微笑んでこれからもこの国を任せますね、と言ったら、国王が額ずいて礼を取った。

 聖国ユークリッドの、聖神官の緋の衣の威力は抜群だ。

 聖国に生まれた子供でなくとも、この世に生まれた者ならば、たとえ国を違えようとも聞いたことがあるだろうおとぎ話の建国記。

 創世記のころに、初めて国を興したのが聖国ユークリッドで、のちに続く国はどんなに規模が大きくなろうとも聖国に赴き、大神ユークリッドに建国の許可と祝福を受けないと、周辺諸国が立国を認めないという、摩訶不思議。今や大国となったナデイルは建国当初それに抵抗し、聖国と敵対した国だった。

 神が宣言し、人が神に代わり治安を行うという謎な方式がまかり通るこの世界で、神ならざる人に許しを得るのはおかしいと声を大にしたナデイルはすごい国だった。

 ちなみに謁見は建国時だけではなく、毎年、頭に国家元首が聖国ユークリッドに行く。国の規模で言えば弱小国に国の元首自ら赴くのだ。……大神ユークリッドから主権を認められた聖国が、後発の各国国家よりも上だという認識が聖国ユークリッドにはあった。

 だが最後まで抵抗していたナデイルも、結局ひざを折ることになる。

 私が、正式に緋の衣を頂いたからだ。

 聖国ユークリッドにおいて史上六人目の聖神官の誕生だった。

 軍事的、経済的にも世界最大と謳われる、皇国の皇王様でさえ、跪かせた緋の衣だ。

 私の出自を知る聖国国王でさえ、額ずいた。

 ……何かの状態異常の魔術でもかかっているのかもしれないなと、まじまじと身に着けた緋の衣を見た。条件反射って怖い。それとも、私の背後に陣取った魔獣達が怖かったのだろうか。氷獣なんかもっふもふで懐くとかわいいのだがな。

 それからは、国王の陰に隠れて好きなことをした。……やりたい事しか、しなかった。

 どうしたらイル―シャの目をこっちに向けられるか、なんて事を唸りながら考えたものだ。思案にふけっていたら信者が増えた。ため息を吐く姿が神々しくて泣けたそうだ。なんだそれ。

 イル―シャの為に国を取り、イル―シャの為にかつて敵対した国との融和政策を国に取らせ、イル―シャの為に他国の布教活動にも力を入れた。大神ユークリッドは世界中の民達の信仰の対象だったが、聖神官の地位にある者が他国へ向かうのはまれだったため、融和を掲げて各国を説いて歩く私に各国の王侯貴族は跪いた。

 時に祝福をばらまき、時に魔獣軍で威嚇をし、時に神威でもって敵対心を根こそぎ奪い取る。

 ……国同士の均衡を操り、イル―シャの夫を戦場で亡き者にすることも考えたが、イル―シャとミルーシャが私以外の男の為に涙を流すことを考えたら、怖気が走ったのでやめておいた――――――ら。国境を越えて、どんな国の民、貧民にまで手を差し伸べ祝福を与えてくれる、慈愛の聖神官様と称賛された。

 慈愛ってなんだ。私のこれは単なる利己主義。強いて言うならイルーシャ教だ。

 そのイル―シャが伯爵夫人として力を入れていたのは、シードレイク貧民街の支援だった。

 貴族令嬢が良くやっていた単なる炊き出しではない。炊き出しを受け取るための条件が細かく設定されたものだ。

 五歳までの子供はイル―シャが持ち込んだ本による読み聞かせを。

 五歳から六歳の子供たちは声を出して本を読み、文字と数字を書いて覚えること。

 六歳から七歳はイル―シャ作曲の数の歌を覚えて、歌えるようになること。

 七歳から八歳は数字を覚えて、四則演算ができるようになること。

 ……もちろん頑張ってもできない子はいるので、そこは授業態度で区別された。

 炊き出しの列に並んで施しを受けさせるのではなく、子供はそうして学ばなければパンが貰えないようになっていた。そして成績のいい子も成績が振るわなくても、小さい子供の面倒をよく見ている子や、お手伝いをする子、家族に優しい子等々、理由を付けて誰でも肉入りのスープが貰えた。

 休み時間。活発な子供達はイル―シャの様子を見に来たイル―シャの夫である伯爵から剣の稽古をつけてもらう。

 おとなしい子供達はイル―シャの刺繍をまねたり、イル―シャの侍女の指導でお茶の作法を習ったり、同行していたイル―シャの料理人から手ほどきをうけていた。

 もちろん貧民街には子供だけではなく、大人もいた。

 くすぶる大人たちは伯爵夫人の支援の輪を拒絶するものが多かった。みんな何かしら罪を犯している者ばかりだ。病気で動けないもの、四肢に欠損がある者もいた。イル―シャも差し伸べた手を拒絶されて困っていた。

 フフフ。

 そこでものを言うのがこの私の持つ聖神官という地位だ! あの時のイル―シャの夫の悔しそうな顔は見物だった!

 神の慈愛、神威は貧民街で猛威を振るった。

 ……まあ、さすがに欠損した部分の再生までは(できるけど)しなかったが、罪を犯した者の贖罪の声に耳を傾け、許し、祝福を与えた。

 斜に構える人間ほど、神の慈愛に弱い。

 そして、正真正銘の神の御使いイル―シャが優しく諭せば、落ちない人間はいなかった。

 彼らは心を入れ替え、子供たちに混ざって学び出す者や、伯爵家の使用人に付き従い仕事を教えてもらう者が出始めた。

 貧民街で五年ほど地道に支援を続けた結果、イル―シャの教室から、巡回騎士の試験に合格する者や、商人になる者、料理人になる者、魔術師の弟子になる者、服飾師の弟子になる者が出て来た。

 もちろん、うまく行かない者もいたが、それでも以前ほど暗くよどんだ顔をする者はいなくなった。

 貧民街を交代で掃除し、壊れかけたものは修繕し、朽ちた家屋は壊して整地し、古くとも清潔な、活気のある街並みに戻していった。

 ――――イル―シャが目指したものは、個性に合わせて、出来る事を見つけ、出来ない事は出来るように指導し、自立するための手助けだった。貴族からの施しではなく、努力して身につける技術を。生まれ育ちで人生を諦めるのではなく、努力すること、幸せになることを諦めない気持ちを覚えるための手助けだったのだ。

 だから、ここでは学んだ子供も、仕事を終えた大人も、晴れやかな顔で炊き出しの列に並ぶ。

 肉入りのスープと、パンを労働の対価として貰い、大人たちが修繕した屋根のある温かい部屋で安心して眠るのだ。

 シードレイク貧民街は、ゆっくりと時間をかけて、そこに住む人間の心ごと生まれ変わっていった。

 それはもう、単なる貴族の施しではなく―――――街の再生だった。

 どの国にも属さなかった、厄介者のシードレイク貧民街は、いつしかシードレイク商業地と呼ばれるようになった。

 イル―シャの夫の指導で腕を磨いた男達が、騎士試験を受け、計算を得意とする者でギルドを設立し、元貧民だった民たちで独立運営するまでになった。

 もちろんナデイルやユークリッドからは不満が出たが、そもそも、それぞれの国の領地の端にかする程度くっ付いていた貧民街だ。支援を出しもしなかったそれらの国が、繁栄しはじめたから吸収合併と騒ぐのかと他国から突き上げがあったため(口を出させた)手出し無用の土地になった。
 シードレイク商業地が他国とのバランスをうまく取れるように、イル―シャとその夫は頑張った。もちろん私だって各国との調整をユークリッドの国王に丸投げしたけど、頑張った。

 結果。

 世界でも類を見ない、小さな領地ができあがった。

 いかなる権力にも屈しない独立した商業地だ。

 国家権力、教会権威、政治的圧力に屈しない公明正大をモットーに掲げるシードレイク商業ギルド。商品を開発し改良を重ね、良きが上にも良きモノを作り出す技術者集団ともいえる。初代ギルド長の名は、イル―シャ・ルーナ・フォルテシオ伯爵夫人だ。

 ……ちゃっかり、教会権威とか入れさせたのは、あいつだろうと思っている。リヴァルトめ。

 イルーシャの支援は成功し、今も成功し続けている。

 シードレイク商業地の繁栄がその証。

 ユークリッドの貴族も、ナデイルの貴族も、その他の国の貴族たちも、先を争うようにして貧民街の支援に着手していった。

 私は多くを望まない。聖国ユークリッドの国王の背中に隠れて、ひっそりこっそり、世界を操るだけ。今ならイル―シャ教を立ち上げても成功するんじゃないかなと思った。イル―シャのすばらしさは私だけが知るものだったのに、イル―シャの夫と競うように自慢し合う。むろん私の方が付き合いが長いのだから、イル―シャのすごいところは熟知している! 熟知しているというのに、くそう。

 ……もちろんいい事があれば、わずらわしいこともあった。

 私を何とかして取り込もうと動いてくる貴族達だ。邪魔な虫はどこにでも湧いてくる。

 どこの国に行っても、神殿に潜り込む貴族娘は後を絶たなかった。もちろん面と向かって娘を差し出してくる者もいて、煩わしい事、この上なかった。

 丁寧にお帰りを促していたが、一向に私の言う事を聞く気配がない。

 受け答えするのも面倒くさくなった。

 だいたい、イル―シャならまだしも、なぜ私の側に仕えられると思い込んで神殿に来るのだろうか。

 そういう貴族の娘に限っていえば、身分を盾に神殿で無茶な要求をするのが常だった。

 ……なぜ、家族が自分を神殿に送り込んでまで、私とつなぎを取らせようとしたのか推測する事さえ出来ない愚か者だから、本当に対応に困る。

 ……この娘の親兄弟は、こんなのを送り込んで、神殿から破門を言い渡されるとは考えないのだろうか。

『別に甘い顔を見せたわけではないのですがね』

 もういい加減目障りなので、行動することにした。

 駆除すべき魔獣を追い立てて、調伏するついでに、その魔獣を神殿の迷惑な客の住む区画へと誘導した。

 悲鳴を上げて逃げ惑う貴族娘達をなんの感慨もなく見つめて、ため息を吐く。

 同じ区画には貴族が守るべき領民である人間がいるのだが、彼らを盾にしてわれ先に逃げ出そうとする者ばかりだった。ここではったりでもいいから「高貴なる貴族の義務」とやらを見せてくれれば、私の考えも変わったものを。

『ああ、ほらほら。そんなところで腰を抜かしていると、魔獣と一緒に調伏してしまいますよ』

 呟いた言葉に、貴族娘達は逃げていった。

 暴れまわる魔獣を調伏し、いう事を聞かない悪い子をしつける為に、大蜘蛛に命じて吐きださせた銀糸で簀巻きにしていたら、あれだけ煩わしかった貴族娘達が一人残らず神殿からいなくなった。

 久しぶりに、香水臭くない、きれいな空気が吸えた。

 魔獣を調伏する合間に、古代遺跡を発見発掘することもあった。

 小さな発見でも発掘した結果をまとめて、イル―シャに見せると彼女は目を輝かせて発掘の裏話を聞いてくる。イル―シャは聖国にいる頃から古代遺跡の発掘記録を読むのが好きだった。眠っていた古代の遺物を研究し、眠っていた古代の魔方陣を解析する。現代に通じる魔方陣を見つけた時は、頬を紅潮させて喜び合った。まあ、イル―シャの武闘派の夫では、この偉業を深く理解し、分かち合うことはできるまい。

 ……イル―シャとその夫との関係は、良好で、ミルーシャの次にエルリックという弟まですぐに産まれた。足繁く通う。子供の父は私だと子供が勘違いすれば良い。日参し、率先して子守をした。すぐに夫が現れてミルーシャもエルリックも奪われた。少し泣いた。

 大人げない夫に、幼馴染との他愛のないおしゃべりの時間も邪魔されてばかりだ。

 いいではないか。夜は一晩中べったりなんだから。

 本当にあの男は嫉妬深くて、嫁べったりで、子供たちが大好きで、子供達もイル―シャもそんな父親が大好きだった。

 ……今日も嫁自慢と子供自慢と筋肉自慢をされた。

 子供達を両腕にぶら下げて、私に見せつけるようにぐるぐると回る。うっとうしい。こちらをちらちらと見て、どうだと言わんばかりに笑う。

 きゃーきゃー歓声を上げて喜ぶ子供たちを見て、子供たちを振り回している筋肉馬鹿を見て、自分の貧弱な腕の筋肉を見た。少し落ち込んだ。

 数多の貴族令嬢から、麗しの大神の御使いと慕われる私だが、もしかして、もしかすると……イル―シャはあの脳みそまで筋肉の夫のようなマッチョが好きなのだろうか……。

 今夜から召喚魔獣を腕の力だけで持ち上げる訓練をすることにした。

 いつか私の腕に子供達をぶら下げて、グルグル回してやる。

 子供達の成長を、イル―シャとその夫と、時おり私の三人で見守った。

 子供達はかわいい。実にかわいい。

 特にミルーシャのかわいらしさは、突き抜けていた。出会ったばかりの子供の頃のイル―シャを見ているようで、懐かしくてたまらなかった。

『ミルーシャ、エルリック、ほら、強そうだろう?』

 六足熊を召喚して見せてあげたら、大泣きされた。イル―シャに怒られた。

『ミルーシャ、エルリック、ほら、珍しいだろう? 二種類の動物のキメラなんだよ』

 上半身はアムールキャット、下半身はカラフルなトッケイヤモリという自然発生する極めて珍しいキメラだ。子供達とキメラは目線を合わせて三竦みの図。微動だにしない。子供達がじりじりと後退していくので、首を傾げていたら、領地の隅っこで剣の鍛錬をしていたリヴァルトが飛んできて、串刺しする勢いで剣を振り下ろした。慌てて魔石に戻した。

 ……三度目はさすがに、子供達の目の前にサプラーイズ☆する前に、神殿の神官達に意見を聞いた。

 私が調伏し、従えている有能な魔獣達はどれもこれも、有害魔獣に指定されている狂暴かつ凶悪な緊急警報発令物の、ヤバい魔獣なんだそうだ。
 どの子も私の言う事を良く聞くいい子なのに。まあ、調伏するまではどの子もたいがい凶悪顔でメンチきって来たけど。治癒術つかえなかったら、即効死んでたけど。

 イル―シャの夫、リヴァルトの大人げなさを言葉にしたら、真顔で当たり前の行動ですと言い切られた。

 凹んだ。

 だが、私の言いたいところの、子供達の護衛になる魔獣を召喚してやりたい親心と、無駄に熱い誠意と熱意は通じた。突き抜けたともいうが。

 聖国ユークリッド神殿の権威を集めての崇高なる会議によって、子供達に付き従わせる有益な魔獣を選んだ。

『ミルーシャ、エルリック、ほら、透き通っててピンクで可愛いだろう?』

 ドキドキしながら差し出した魔獣は、大人の両手ほどの大きさのピンクスライムだった。

『私の神威を浴びたからか、スライムには珍しい聖属性持ちなんです。治癒も回復もお手の物で、防御の盾も使える、とっても有能な子なんですよ』

 ぷるるん、ふよんっと私の手の中で、子供達に愛嬌を振りまくピンクスライムと、少し離れて私と私が差しだすピンクスライムを見る子供達。

 無言のお見合いが続いた。……くっ、このラブリースウィートなスライムでも、子供達の魔獣恐怖症は治せなかったかと、忸怩たる思いに浸っていると。

『……かわいい』

 ほにゃっとミルーシャが笑った。

『ん。かあいいね』

 二人の子供達があまりにもかわいらしすぎるので、悶絶した。

 三度目はイル―シャも、リヴァルトも、止めに入ることはなかった。

『この子はあなたたちの魔獣です。言葉も解していますから、簡単な命令だって聞いてくれますよ。どうか側において、かわいがってあげてくださいね(いいですか、くれぐれも子供達とイル―シャの目の無いところであの男を丸呑みにするんですよ!)』

 ぷるるん、ふよんっと揺れるピンクスライムが、ぽよよんとミルーシャにべったり張り付いた。

『しぇーしんかんしゃま、この子のおなまえは?』

『……ミルーシャ、この子はどうやら君のことがとても気に入ったらしい。この子の主になってくれませんか?』

『うん、あ、はい。もちろんでしゅ』

 魔獣を受け入れられたことにほっとした。

 本来ならば他者が調伏した魔獣の主の書き換えはとても面倒で、危険だが、私とイル―シャの娘だからか、調伏した魔獣の譲渡はうまくいった。

『ミルーシャは!お!れ!の!子だー!』

 ―――――うるさいわ、脳みそ筋肉。少しくらい夢に浸ってみてもいいだろうが。

 騒がしくも幸せな時間だった。

 イル―シャと可愛い子供たちと、イル―シャを嫁にした世界で一番幸福で、世界で一番憎たらしい男。

 そして、悔しいが世界で一番頼りになる男で、イル―シャを愛し、イル―シャとその子供達に羨ましくなるほどに愛されている男。

 リヴァルト・ルーン・フォルテシオはいつの間にか私のかけがえのない友人となっていた。

 リヴァルトにイル―シャが嫁がなかったら、おそらくこの男は私の世界とは別次元の生物という認識しか抱かず、すれ違っていた事だろう。

 ……イル―シャと子供達は守られていた。

 私と、リヴァルトがいる限り、それは間違えようのない事実だった。

 だが、あいつはその幸せを壊すためにやってきた。

 聖国ユークリッドで焼き払われた、ベルデュール侯爵家の生き残り。

 アリーシャ・イ・ル・ベルデュールだ。
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