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イヴォルフ様の好きな人

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 倒れた日からおよそ一月ひとつきが経った。イヴォルフ様は物凄く過保護になり、私を病弱扱いしてくる。
 
「無理はするなよ。少しでも辛くなったらすぐに言うんだぞ」
「大丈夫ですよ。あの日は本当にたまたまなんです」
 
 言えない。急激なイヴォルフ様の多量摂取により興奮して倒れたなんて。
 
 馬車に揺られながら、私のことを心配そうな瞳で見詰めるイヴォルフ様。
 そんなに心配なら、じっと見つめないでください。また過剰摂取で倒れそうです。なんて言えるわけもなく、推しの一挙一動も見逃したくないため、私もイヴォルフ様を見る。
 つまり、見詰め合った状態なのだ。甘い、甘すぎる。こんな状態が続いたら勘違いをしてしまいそうだ。
 既に分不相応なのに、これ以上望んではいけない。

「本当か? 今も無理してるんじゃ……。やはり屋敷に帰ろう」
「ダメですよ。王女様の婚約パーティーに公爵であるイヴォルフ様がいかないなんて」
「だが……」
「不敬になっちゃいます。それに、幼馴染みなんでしょう?」
 
 イヴォルフ様は王女様がご婚約されるまで色々なパーティーでパートナーをされていた。幼い頃から王子殿下のご友人としてお城に行っていたのよね。

 ……あれ? 私への婚約の打診が来たのって、王女様が隣国で婚約パーティーをしている時だったよね。それに、イヴォルフ様と王女様が互いに想い合ってるとかって噂もあったっけ。
 
 あぁ、そうか。そうだよね。イヴォルフ様がお優しいからすっかり忘れていた。この婚約はきっと王女様への想いを隠す隠れみのだ。
 良かった。早く気が付けて。私は今まで通りに心のなかでうちわを振っていればいいんだもの。
 もし、イヴォルフ様に新しい想い人ができたら大人しく身を引こう。推しと生活した日々を胸に生きていくんだ。
 
「……ファーラ? そんな表情をしてどうかしたのか?」
 
 そんな表情? 何のことだろう。きちんと笑っているはずなのに。
 
「どうもしませんよ? あ、着きましたよ! 楽しみですね!」

 たった一月だけど、公爵婦人になるための花嫁修行を頑張ってきた。今日はイヴォルフ様の完璧な婚約者を演じよう。きっとそれがイヴォルフ様のためにもなる。
 私の推し活は今日から完璧な婚約者を演じることだ。イヴォルフ様の新しいただ一人ができるまで。


 イヴォルフ様にエスコートをしてもらい、私たちは会場へと入場した。すごい視線の数に下げたくなったが、意識して視線をあげる。
 きっと表向きには仲の良い婚約者にみえるはずだ。そのために、同じ色合いでペアのように仕立ててもらったのだから。

 くるり、くるりとダンスも躍り、イヴォルフ様の婚約者として紹介もしてもらう。思った以上に公爵様の婚約者は忙しいらしい。
 そして、遂に王女様へご挨拶のタイミングがやってきた。

 初めて近くで見た王女様のあまりの美しさに言葉が出ない。そりゃ、好きになるよね……、と妙に納得してしまう。

「アイラ……ティス王女、婚約者のファーラです」
「はじめまして。ファーラ・シュツェと申します」

 イヴォルフ様が王女様をアイラと愛称で呼びそうになったことを感じ、なぜか胸がつきりと痛んだ。けれど、そんな気持ちに気が付かないふりをして微笑む。

「あなたがファーラね。ヴォルフは優しくしてくれてる?」
「余計なお世話だ」
「幼馴染みとして心配してるだけじゃない」
「あー、はいはい。ありがとうございます」

 何て気軽なやり取りだろう。王女様もイヴォルフ様をヴォルフと愛称で呼んで……。

 私はこの人の身代わりかぁ……。って、ダメダメ! 次にイヴォルフ様の新しい想い人ができるまで立派に婚約者を演じて、お役に立つ。それが私の推し活だって決めたじゃない。

 そのあとも何かを話したけれど、全く覚えていない。イヴォルフ様が王女様と行ってしまったのも当然よね。

「こんなんじゃ、完璧な婚約者など程遠いよ」
「何が程遠いんだい?」
「えっ!?」
「やぁ。イヴォルフの婚約者さん。浮かない顔してどうしたんだい? 私で良ければ話を聞くよ」

 …………この方って、よくイヴォルフ様と一緒にいる……確かエンバル様よね。

「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

 怪しい人じゃなくても、ここで待っているようにって言われたんだからきちんと待たないとね。

「イヴォルフとアイラティス王女の関係、教えてあげようか?」

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