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22話 大きな手

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  ***


 次の日、私は白樹と一緒に街へと移動した。この世界に来た日にやった、杖でぐるりと囲んで瞬間移動したあれ・・である。

 着いたところは、リビングのような場所。ここは、街中にある小さめの一軒家なのだそう。

 国の長である白樹は有名人なので、街に行く時は変装をしているのだそう。そうしないと、遠巻きに人が集まってしまい、ちょっとした混乱が起きるんだとか。
 なので、いつもの白い着物ではなく、少し擦れた藍色の着物を着ている。髪は白から黒に。瞳も金から黒になっている。
 よく分からないけど、髪や瞳の色も契約で変えられるんだとか。うーん、ファンタジー。

 因みに私は山吹色やまぶきいろの一般的な着物を着ている。いつもの着物はなんと上質なものなのだ。


 二人で家を出ると、歩いて街の中心部へと向かう。
 街中は私たちのような着物の人から、袴や、洋装の人まで様々だ。道行みちゆく人々の表情は明るく、穢れの不安などないようにみえる。


はく……って、たくさん契約してるって言ってたよね?」

 危うく白樹と呼びそうになるが、どうにか踏み止まる。

「あぁ。花も契約するか? まだしていなかったな」

 その問いに私は首を横に振る。正直、今のところ困っていることはない。だから、契約は必要ないのだ。それに──。

「……契約には対価が必要なんでしょう? 白は大丈夫……なの?」

 輪さんは契約するために左目の視力を失ったと言っていた。百以上も契約をしていると言っていた白樹は大丈夫なのだろうか。

「普通は対価が必要だが、俺と花には必要ない」
「どういうこと?」 
「花は、もうすでに対価を払っている」

 意味が分からない。言葉が足りないことも減ったと思っていたんだけど……。 

「私は何も失ってないよ?」

 視力も聴力も変わらない。痛みもない。五体満足だ。 

「ここに来る前の生活を失った」

 その言葉に息が止まるかと思った。もし、契約をしてしまったら、本当に帰れなくなるのではないか。そんな不安が頭を過る。
 この世界でしばらく過ごすことにはしたが、まだ帰るのを諦めたわけではない。
 白樹やみんなと会えなくなる。そのことを考えるといざ帰れると分かった時、どのような選択をするのか自分でも分からないけれど。 


「白は何を失ったの?」

 見た目では分からない。けれど、私の対価が以前の生活だとしたら、白樹は……。

「国のおさは何も失わない」

 何も失わない? 本当に?
 白樹は確かにたくさんの力を手にしたのだろう。けれど、それは国を守るためだ。
 何より、花嫁が来るまでの間、ずっと一人だけ時が止まっていた。自分よりあとに生まれた人に年齢を抜かされ、先に老いてこの世を去っていってしまう。それを何度繰り返してきたのだろう。 

「国を守るために生まれたからな。対価なく力を得られるようにしてくださったのだろう」

 ……違う。誰よりもたくさんのものを失っている。そう言いたかった。けれど、白樹にとってこれが当たり前なのだ。
 それが、この世界での普通。気がつかない方が幸せなのかもしれない。それでも、この理不尽さに疑問も持たず、受け入れてしまっていることが悲しい。


 私は何も言えなくて、代わりに白樹と手を繋ぐ。そうすれば、白樹は私を見て嬉しそうに、今は黒い瞳を細める。

 繋いだ手は大きくて、私の手なんかすっぽりと包み込んでしまう。
 美しい手だが、硬いマメができてゴツゴツしている。刀を振るい、この国を守ってきた証だ。
 そうじゃなきゃ、こんなに街が活気付いて、みんなが明るい表情をしているわけがない。
 白樹が、討伐隊の人々が、この笑顔を守ってきたのだ。


「ここだ」

 レンガ造りの建物の前で白樹は立ち止まった。カランコロンと鳴るドアを開けて中に入ると、ところ狭しと色とりどりの巻かれた布が陳列している。
 椿や紫陽花あじさい、桜といった和柄の花模様や、無地、ストライプやチェック、ドット柄。多種多様な反物たんものに圧倒される。

「店主、糸はどこにある?」
「それなら、こっちだよ。ついてきな」

 不機嫌そうな顔をしたおばあちゃんが案内をしてくれる。

「白、あとで布も見ていいかな?」
「もちろんだ。色々見よう」
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