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22話 大きな手
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次の日、私は白樹と一緒に街へと移動した。この世界に来た日にやった、杖でぐるりと囲んで瞬間移動したあれである。
着いたところは、リビングのような場所。ここは、街中にある小さめの一軒家なのだそう。
国の長である白樹は有名人なので、街に行く時は変装をしているのだそう。そうしないと、遠巻きに人が集まってしまい、ちょっとした混乱が起きるんだとか。
なので、いつもの白い着物ではなく、少し擦れた藍色の着物を着ている。髪は白から黒に。瞳も金から黒になっている。
よく分からないけど、髪や瞳の色も契約で変えられるんだとか。うーん、ファンタジー。
因みに私は山吹色の一般的な着物を着ている。いつもの着物はなんと上質なものなのだ。
二人で家を出ると、歩いて街の中心部へと向かう。
街中は私たちのような着物の人から、袴や、洋装の人まで様々だ。道行く人々の表情は明るく、穢れの不安などないようにみえる。
「白……って、たくさん契約してるって言ってたよね?」
危うく白樹と呼びそうになるが、どうにか踏み止まる。
「あぁ。花も契約するか? まだしていなかったな」
その問いに私は首を横に振る。正直、今のところ困っていることはない。だから、契約は必要ないのだ。それに──。
「……契約には対価が必要なんでしょう? 白は大丈夫……なの?」
輪さんは契約するために左目の視力を失ったと言っていた。百以上も契約をしていると言っていた白樹は大丈夫なのだろうか。
「普通は対価が必要だが、俺と花には必要ない」
「どういうこと?」
「花は、もうすでに対価を払っている」
意味が分からない。言葉が足りないことも減ったと思っていたんだけど……。
「私は何も失ってないよ?」
視力も聴力も変わらない。痛みもない。五体満足だ。
「ここに来る前の生活を失った」
その言葉に息が止まるかと思った。もし、契約をしてしまったら、本当に帰れなくなるのではないか。そんな不安が頭を過る。
この世界でしばらく過ごすことにはしたが、まだ帰るのを諦めたわけではない。
白樹やみんなと会えなくなる。そのことを考えるといざ帰れると分かった時、どのような選択をするのか自分でも分からないけれど。
「白は何を失ったの?」
見た目では分からない。けれど、私の対価が以前の生活だとしたら、白樹は……。
「国の長は何も失わない」
何も失わない? 本当に?
白樹は確かにたくさんの力を手にしたのだろう。けれど、それは国を守るためだ。
何より、花嫁が来るまでの間、ずっと一人だけ時が止まっていた。自分よりあとに生まれた人に年齢を抜かされ、先に老いてこの世を去っていってしまう。それを何度繰り返してきたのだろう。
「国を守るために生まれたからな。対価なく力を得られるようにしてくださったのだろう」
……違う。誰よりもたくさんのものを失っている。そう言いたかった。けれど、白樹にとってこれが当たり前なのだ。
それが、この世界での普通。気がつかない方が幸せなのかもしれない。それでも、この理不尽さに疑問も持たず、受け入れてしまっていることが悲しい。
私は何も言えなくて、代わりに白樹と手を繋ぐ。そうすれば、白樹は私を見て嬉しそうに、今は黒い瞳を細める。
繋いだ手は大きくて、私の手なんかすっぽりと包み込んでしまう。
美しい手だが、硬いマメができてゴツゴツしている。刀を振るい、この国を守ってきた証だ。
そうじゃなきゃ、こんなに街が活気付いて、みんなが明るい表情をしているわけがない。
白樹が、討伐隊の人々が、この笑顔を守ってきたのだ。
「ここだ」
レンガ造りの建物の前で白樹は立ち止まった。カランコロンと鳴るドアを開けて中に入ると、ところ狭しと色とりどりの巻かれた布が陳列している。
椿や紫陽花、桜といった和柄の花模様や、無地、ストライプやチェック、ドット柄。多種多様な反物に圧倒される。
「店主、糸はどこにある?」
「それなら、こっちだよ。ついてきな」
不機嫌そうな顔をしたおばあちゃんが案内をしてくれる。
「白、あとで布も見ていいかな?」
「もちろんだ。色々見よう」
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