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第4章 成敗は般若

第57話 成敗は般若(とオカメ)

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 目の前の重厚な扉と『理事長室』という大理石に掘られたプレートを見て、リリアンヌは首を傾げた。

「教室じゃないの?」
「殿下から、あとで理事長室に来るように言われたんだ」
「……そのあとでって、今なの?」

 確かに言われた時点よりも時間が経過さえしていれば、にはなるだろう。だが、何か違う気がする……とリリアンヌは首をかしげる。

「明確な時間は言われていないから大丈夫だ」

 そう言いながらローゼンはノックもせずに理事長室の扉を開いた。
 いつもは礼儀正しいローゼンのその行動にリリアンヌは目を見張る。

「ゼン、ノックくらいしないと……」
「あぁ、母はいつもいないから」
「……お母さん?」
「言ってなかったか? 母は理事長をしてる」

 (いやいやいやいや!! 何その情報の後だし! 言ってなかったか? じゃないから!! 普通にビックリだから!!
 じゃあ、ゼンはお父さんが騎士団長でお母さんがアリストクラット学園の理事ってこと!? 私、そんなことも知らずに昨日、ご挨拶を……。なんか、頭が痛くなってきた)

 頭痛を覚えながらもリリアンヌは室内に入る。すると、見たものの衝撃で、頭を抱えてしゃがみこんだ。

 (本当に! なにが、どうして、こうなったの!!)

 理事長室の中には、般若が6人とオカメが1人。しかも般若は、赤、青、黄、緑、黒、薄ピンクと戦隊ものを連想させる色合いだ。

 その中のオカメがリリアンヌに向かって声を弾ませる。

「リリー! 自白しましたわよ!! 証拠もバッチリですわ!! ジュリア・ノックール子爵令嬢がリリーの上履きを切った犯人でしてよ。
 さぁ、めっためたのギッタンギッタンになさって!!」

 しゃがんだリリアンヌに手を伸ばすオカメことイザベルにリリアンヌは考えても無駄だと思考を止めた。
 そして、イザベルの手を取り立ち上がり、メモ帳を一枚千切って書き始める。


『  請求書
 ジュリア・ノックール子爵令嬢
 ご請求金額 50,000ルド
 (上靴:20,000ルド、慰謝料:30,000ルド)』


 (うーん。請求書の書き方って分からないけど、こんな感じ? 何か違う? ……まぁ、伝わればいいか)

 それを般若に取り囲まれているジュリアへと見せる。

「私も悪かったし、これで手を打ってあげる。どう? ありがたいでしょ?」

 同じ子爵家と云えど、ノックール家は領地持ちでフォーカス家との経済状況は雲泥の差。50,000ルドなど大した額ではないだろう。
 それでも、支払うということは非を認めたことになる。

「私は悪くないわ!!」

 そう叫んだジュリアは、黒般若の指示のもと、ベビーピンクのマッチョ般若に顔を動かせないように手で押さえられた。そして、文句を言う隙も与えられぬまま、口に溢れんばかりのクッキーを詰め込まれている。

「ふふっ……。このクッキーは怖いですよ。同僚がこれにハマったら一月で5キロも体重が増えたメガカロリークッキーですから。どうぞ、ブクブクに肥えてニキビまみれにおなりください。ふふふ……」

 黒般若、恐るべし。令嬢としての矜持きょうじか、口から吐き出すというはしたないことはせず、ジュリアは懸命にクッキーを噛む。
 だが、どうにか咀嚼そしゃくして飲み込んでも口の中のクッキーが減るとすかさず次の一枚を投入している。

「お゛べがい、やべで……。う゛、お゛いじい。ふどりだぐない……」
「お願いしたから止めてもらえる、貴女はとても優しい人生を送られてきたのですね。ですが、貴女は少しでもご自身の罪を償わなければなりません。
 リリアンヌ様のご提案がのめないようでしたら、別の方法で償わなければなりませんよ。ふふっ……」

 (黒般若って……ミーアだよね? すごい楽しそうにしてて、普通に怖いんだけど。
 ってか、黄色般若は止めないわけ? 他の皆も……。本人は気付いてないみたいだけど、気の毒すぎる)

 リリアンヌが同情し始めた時、イザベルははオカメの下で楽しそうに笑うミーアを見詰めていた。

 (ミーア、楽しそうじゃな。……ふむ。われもやってみようかの)

「黒さん、私にもやらせてくださる?」
「もちろんです。思う存分おやりください」

 イザベルとミーアはジュリアが泣いても止まらない。

「頑張ってくださいまし! まだまだできますわよ!」
「そうですよ。これじゃあ、ニキビ顔には程遠いですよ。今こそ気合いの入れどころです」

 (これって、成敗というよりイジメなんじゃ……。そもそも成敗ってイジメ返してるだけな気も……)

「ねぇ、そろそろ止めてあげなよ」

 可哀想すぎて、何故か被害者のリリアンヌが止めてあげる始末。

「ほら、さっさと署名しなよ。楽になれるよ? もうクッキーは嫌でしょ?」

 涙とクッキーのくずでぐちゃぐちゃになったジュリアだが、それでも首を横に振る。

「でも、お家にも、……愛しの婚約者にも知られたくないでしょ?」

 そう言いながら、リリアンヌはちらりと黄色般若を見る。しかし、彼はヒラヒラとリリアンヌに手を振っているだけ。
 ため息を溢しながらジュリアにサインと捺印を促せば、ジュリアは悔しそうな顔で従った。

 (あれ? なんか、悪質商法みたい?)

 一瞬、そんな考えもよぎったが、既に考えることを放棄したため、気にしないことにした。したのだが──。

「ジュリアさん。罪は暴かれ、きちんと請求に応じれば裁きは終わりですわ。
 けれど、これからは正しく生きることですわね。次に悪さをしたら、また般若とオカメが許しませんことよ!! おーほほほほほ……」

 (いやいやいや! なんかいい感じに締めようとしてるけど、違うよね!? やり方、おかしいよね!?
 とにかく、あとでジュリアさんと話そう。私に婚約者ができたことを伝えれば安心してくれるかもしれないし)

 リリアンヌは、イザベルへの心の中の突っ込みは止められなかった。


 この後も般若達の活躍により、リリアンヌへのイジメは完全にはなくならないものの、物への被害はなくなった。ただ、学園内で般若をつけたヒーロー紛いなことをする子息・令嬢がいたとか、いないとか──。

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