上 下
2 / 88
第1章 前世を思い出した悪役令嬢は、皇太子の執着に気が付かない

第1話 悪役令嬢降臨

しおりを挟む

「おーほほほほほっ」

 高く高く響き渡る声。深紅のドレスをまとい、高笑いをする彼女の周りには大勢の子息と子女がいた。
 皆、彼女の機嫌を取ることに必死である。機嫌を損ねてしまえば、次に彼女の標的にされるのは自分かもしれないからだ。

 中心にいる人物の名前はイザベル・マッカート。マッカート公爵の娘で、ここファビリアス帝国の皇太子であるルイス殿下の婚約者である。


 今日は、アリストクラット学園の入学祝賀パーティー。学園内にある舞踏会用に建築されたロココ調のホールには、今年入学した生徒達が集まっている。
 そんななか、ルイス殿下のエスコートで建物へ続く大理石の階段を上がり、皆の注目を浴びながら入場してきたイザベルはご機嫌だ。

「今日もイザベルは可愛いな。あまり可愛い姿を他の者に見せないでくれ」 

 ルイスの甘い言葉を思い出し、口元をおうぎで隠して小さく笑う。その表情は柔らかく、とても悪役令嬢とは思えないものだが、それに気がつく者はいない。
 いや、正確にはルイスだけは気が付いているものの、パーティーの挨拶あいさつをするために席を外しているため、この場にはいないのだ。


 取り巻き達に囲まれながら上機嫌に過ごしているイザベルだったが、許しがたいものが目に入った。

 自身と同じ深紅色のドレスを着た令嬢がいたのだ。この色は初めてルイスとイザベルが出会った時にイザベルが纏っていた色で、ルイスが似合っていると褒めてくれた思い出の色だ。
 イザベルはその思い出を大切にし、ルイスと出席するパーティーではいつも深紅を纏う。

 最初は自身が深紅のドレスを纏うことで満足していたイザベルだったが、そのうちに他の人が深紅のドレスを着ることが許せなくなった。
 初めはマッカート公爵家のパーティーで深紅のドレスを着た令嬢に嫌味を言うだけだったが、どんどんエスカレートし、今や深紅のドレスを着れば社交界から追放するまでとなっていた。

 当然のようにイザベルはその令嬢へと近付く。


「ちょっとそこの貴女あなた!!」

 (私の色を纏うなんて! この色はね、私とルイス様の思い出なんだから!!)

「えっと……、私のことですか?」


 そう言って振り向いた令嬢は、深紅がとても似合っていなかった。それよりも淡い可愛らしい色が似合いそうな可憐かれんな容姿をしている。

 桃色の髪は肩で切り揃えられて内側にくるんと巻かれており、驚いて真ん丸に開かれた黄金の瞳はキラキラと輝いている。


 戸惑った様子の彼女にイザベルは憎悪の視線を向けた。


「貴女、お名前を教えてくださる? 一度もお見かけしたことがないのだけれど、どこの田舎者かしら」

 フンッ、とバカにしたように鼻でイザベルが笑えば、取り巻きたちもクスクスと笑う。
 桃色の髪をした彼女はキョトンとした表情でイザベルを見た後に、困ったように笑った。


「えっと……、リリアンヌ・フォーカスと言います。あなたは?」
「貴女、私を知らないとおっしゃるの?」
「ごめんなさい。教えてもらえると嬉しいんだけど……」

 (馬鹿にして!!)

 イザベルは置いてあったブドウジュースのグラスを手に取るとリリアンヌの頭からかけた。

 そしてグラスを床へと投げつけると大きめの破片はへんを手にし、自身の手が傷つくことをいとわずにリリアンヌの方へと向ける。

「そんなことしたら、危ないよ!」

 頭からジュースをかけられ、ガラスの破片と云えど悪意を持って自身に向けられているにも関わらず、リリアンヌはイザベルの心配をするような言葉をかける。そのことが、イザベルを更に苛立いらだたせていく。 

(フォーカス家なんてただの田舎者の子爵家のくせに!!)

 苛立ちのあまり、握りしめた手にはグラスの破片が刺さり、血がボタボタと落ちる。

 イザベルが腕を振り上げたその時──。

「そこで何をしている!!」

 ルイスの声が響いた。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

悪役令嬢なのに、完落ち攻略対象者から追いかけられる乙女ゲーム……っていうか、罰ゲーム!

待鳥園子
恋愛
とある乙女ゲームの悪役令嬢に生まれ変わったレイラは、前世で幼馴染だったヒロインクロエと協力して、攻略条件が難し過ぎる騎士団長エンドを迎えることに成功した。 最難易度な隠しヒーローの攻略条件には、主要ヒーロー三人の好感度MAX状態であることも含まれていた。 そして、クリアした後でサポートキャラを使って、三人のヒーローの好感度を自分から悪役令嬢レイラに移したことを明かしたヒロインクロエ。 え。待ってよ! 乙女ゲームが終わったら好感度MAXの攻略対象者三人に私が追いかけられるなんて、そんなの全然聞いてないんだけどー!? 前世からちゃっかりした幼馴染に貧乏くじ引かされ続けている悪役令嬢が、好感度関係なく恋に落ちた系王子様と幸せになるはずの、逆ハーレムだけど逆ハーレムじゃないラブコメ。 ※全十一話。一万五千字程度の短編です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!

春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前! さて、どうやって切り抜けようか? (全6話で完結) ※一般的なざまぁではありません ※他サイト様にも掲載中

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

処理中です...