上 下
28 / 100

タイムリミット

しおりを挟む
 その後も、バルドは時間を見つけてはサラの様子を見に行った。どれか得意な科目があるのかもしれない、と期待したこと。彼の姿を見て、少しは良い所を見せようとやる気を出すかもしれない、と期待したからだ。だが、ことごとく裏切られた。

 妹に言われた、現実を見るべきだという言葉が頭の中に流れている。バルド自身の目で、彼女に王太子妃は無理だと確認してしまった。だが、国王に伝えた自分の言葉が思い出される。責任をもつ、この言葉がもつ重みをバルドは今更ながら感じた。このままではダメだ、自分自身の立場が脅かされている事実を目の当たりにして、ようやくバルドは危機感が芽生えた。


 その日バルドは、午前中で授業を終えたサラをお茶に呼び出した。

温室に来たサラはキレイに着飾り、嬉しそうに笑っている。

(この笑顔に癒されたかったんだな、俺は。)

今となっては、厄介なお荷物のようにしか感じていない。百年の恋も目覚めた、というような気分で自己嫌悪にすらなる。

「座ってくれ。」

メイドにお茶を淹れてもらい、テーブルに茶菓子を並べ終わった所で皆に席を外して貰った。

「嬉しいですわ、2人きりなんて。どんなお話でしょう?」

頭に花でも湧いてんじゃ…
ネジが緩んでるんじゃ…

バルドの頭の中では彼女を詰るような言葉が浮かんでしまう。ここまで酷いとは…と投げ出したくなる気持ちでいっぱいだ。

「誤解のないよう、単刀直入に伝えよう。僕はゆくゆく皇太子になる。その為に勉強してきたし、そう言われて育ってきた。だから、僕の隣に並ぶのは王太子妃となる人物だ。だが、今の君には無理だ。とても想像つかない。」

「な、どうしてですか?バルド様が選んで下さったのに。」

「ここ最近、君の授業の様子を見させて貰った。男爵令嬢である君に負担のないよう、僕なりに配慮した内容で、優秀な人材で固めていた。だが、いっこうに基礎教育が終わる気配がない。」

「…未熟なのは認めます。苦手な分野が多くて…でも、バルド様を支えていく気持ちは負けてません。」

「君は、教えてもらうことが当たり前になっていないか?本来今行われている教育は大金が必要だ。それを僕の未来の伴侶となる君に無償で与えている。何故だか分かるか?未来の王太子妃が無能じゃ困るからだよ。僕を支える?そんな頼りない支えなどいらない。1人でしっかり立てれる人間でないと王子の横には立てないんだ。」

「それは…私、頑張ります。ここから挽回しますんで。」

「……」

「私が良いと言って下さったのはバルド様じゃないですか。」


「……」

(分かっている。私自身後悔している。すごく。)


婚約者候補を不要としてしまった。
優秀な人材を追い払ってしまった。
今なら分かる。
彼女が高嶺の花と呼ばれていた理由も、
この王宮内で一目置かれた存在だったことも。

「…選んだ僕に後悔させないで欲しい。君を選んだことに僕は責任を持たなければならない。だからこそ、きつく言わせてもらう。あと半月。半月後に基礎教育を終えていなければこの王宮には留まれない。オーロ男爵に連絡して、迎えに来てもらおう。」

「それは…追い出されるということですか?」

「無知な人間が権力を持つこと程恐ろしいことはない。自発的に考える人間でなければ、ただの傀儡とされるだけだ。そんな婚約者は必要ない。」

バンッ。

テーブルに数冊のノートや本が置かれる。

「これは私が基礎教育を受けていた時の教科書やノートだ。こちらは妹の分。こちらは親戚である公爵家のお嬢様の物を借りている。君のものと比べたら一目瞭然だろう。
努力しない人間など王家にはいない。基礎教育は本来10歳までに高位貴族が身につけている内容だ。出来ないこと、分からないことを恥ずかしく思わなければならないんだ。」

「…はい。」 

「ここからの君の努力を見させてもらう。君が良いと言った僕の言葉を信じさせて欲しい。」


そう伝え、早々と自室へ戻る。
どうなるか不安ではあるが、ここまで言って改善しない相手を守れるほどバルドはお人よしではない。ただ、自分の発言には責任をもちたい。最後のチャンス。しっかりと見させてもらう。タイムリミットはあとわずか。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました

Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、 あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。 ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。 けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。 『我慢するしかない』 『彼女といると疲れる』 私はルパート様に嫌われていたの? 本当は厭わしく思っていたの? だから私は決めました。 あなたを忘れようと… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

旦那様、最後に一言よろしいでしょうか?

甘糖むい
恋愛
白い結婚をしてから3年目。 夫ライドとメイドのロゼールに召使いのような扱いを受けていたエラリアは、ロゼールが妊娠した事を知らされ離婚を決意する。 「死んでくれ」 夫にそう言われるまでは。

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

処理中です...