上 下
11 / 100

阿修羅の如き王女たち

しおりを挟む
「「バカじゃないの⁈」」

王宮奥、王族しか入ることの出来ないプライベートな空間に、姉妹の声は揃って響いた。

甲高い声にこっそり耳を塞いでいたバルドは、大きくため息をついた。

(なんで2人ともこんなに怒っているんだ?)

「何のために早くから令嬢たちを集めて指導してきたと思ってるの⁈貴方は多くの令嬢を敵に回したも同然なの。ちゃんとその意味理解しているの⁈」

姉からの厳しい指摘にバルドは首をひねる。

「それは、サラを選んだから?」

「「当たり前じゃない‼︎」」



バルドは幼い頃から後継者と言われ続け、厳しい教育を受けてきた。剣の稽古も、皇太子としての勉強も力を抜いたことはない。自分に相応しい相手なら婚約者は誰でも良いと思っていた。
 だが、息抜きにと出た街へのお忍びで、不意にぶつかった彼女に一目惚れした。守ってあげたくなるようなか弱い姿。お淑やかに話す彼女に惹かれて仕方がなかった。
 5個離れた姉も、3個下の妹も王家の人間として育てられ、自分の意思をはっきりと言える女性だった。言い換えるならば、強気な女性。そのため、突然目の前に現れたサラは新鮮で、自然と目で追っていた。

 側近の中では意見は真反対に分かれていた。男爵令嬢など王子に相応しくない、早く目を覚ませと怒る人間。王子だって自由に恋愛すべきだ、男を見せろと応援してくれる人間。バルドは後者の意見を優先した。一生を共にする相手。自分で決めて、足りない所は自身が補えば良いとすら思っていた。そのため、徹底的に隠し通した。王家の人間は反対すると思っていたから。その場でサラが婚約者だと決まれば、誰も反対などできないと分かっていたから。


(ここまで怒らなくても。2人とも彼女と仲良くなれば問題ないだろう?)

バルドは全く理解していなかった。
 社交界で高嶺の花と言われるシャルノアは、王女たちにとっても憧れだったこと。なかなか話す接点のない2人が、婚約者として決まったシャルノアを迎えるのをとても楽しみにしていたこと。何より、シャルノアが優秀で王家には必ず必要な人材だということを。



(兄様が分からないのも仕方ないかもしれない。王太子になるのは決まっていて、自分を脅かす存在なんていないのだもの。)

第1王女 第1子 アメリア
第1王子 第2子 バルド
第2王女 第3子 シャルロッテ

同腹の兄妹で、父母とも仲が良く、
愛情も同じように受けて育った。

だが、周りから見れば違う。王女たちはいずれ嫁ぐ身。
王子は1人、優秀な彼の力になれば出世出来る。
王子たちと歳の近い貴族の子どもたちは、親の背中を見て育ち、顔色を伺うことにも、機嫌を取ることにも必死だった。そんな姿を見てきた王女たち。特に姉や兄と比べて…と教師から言われ続けたシャルロッテは、誰よりも努力し、己の力を過信することなく磨き続けてきた。

 大きくなってからは、嫁ぐ、ということが目に見えてきたため、社交を共にする中で姉との距離も縮まり、王家の責任や役割、貴族との繋がりなどを共有してきた。
 そんな2人が一目置く存在。基礎教育をトップで潜り抜けてなお、王宮での知識を貪欲に求め続けて励む姿。王太子妃として相応しい姿だった。他の貴族と違い、王家の人間にも媚を売らず、他人を貶したりする事もなく凛とした姿。王女である自分たちを差し置いて高嶺の花と言われるのにも納得できる。そんな彼女を誰もが認めていた。ただ1人バルドを除いて。


「これ、見て!」

姉の広げた紙面に目を向ける。

【高嶺の花の伯爵令嬢、冴えない男爵令嬢に敗北した。】

夜会の翌日、平民を中心に広がった紙面だ。

「冴えないって何だよ、何も知らずに。」

「「そこじゃない!!!」」」

見当違いな発言をする弟に、アメリアはキレた。

「こんな醜聞が広げられた彼女がこの後どうなると思う?下手したら結婚もできずに修道院へ直行よ⁈あのシャルノア様が。令嬢たちの憧れの彼女が!何の落ち度もない彼女に対してアンタは死刑宣告をしたも同然なのよ⁈ちゃんと分かってるの、バカルド‼︎」

「彼女は候補の1人ってだけだろ?」

「兄様の選んだ令嬢は候補にも上がってないのよ?身分も実力も容姿も何もかも足りないの!候補者教育の厳しさを知らないの?今からでも最愛の人と一緒に受けてくれば⁈1日ももたずに逃げ出すでしょうよ。」

「ただの基礎教育だろ?」

「「アンタ(兄様)とは違うの、地獄よ!」」

王女たちは近くで見てきたので知っている。足の引っ張り合い、女同士の嫉妬や妬みの怖さ、女の戦いの怖さ。
 母に連れられ見せられた、貴族、マジョリティ社会の怖さ。唯一の王子として甘やかされたバルドに分かる訳がない。
 母はそんなバルドの立場を不安に思い、王女たちに先に知らせたのだ。兄妹で支え合えるように、婚約者の令嬢と協力し合えるように。そんな母の思いを彼は無碍にしたのだ。自分の欲のために。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした

カレイ
恋愛
 「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」  それが両親の口癖でした。  ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。  ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。  ですから私決めました!  王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。  

処理中です...