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プロローグ

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「シャル、貴方は王子の婚約者に必ずなるの。この国のため、我が家のためにしっかり勉強するのよ。それが貴方の幸せのための道なの。」

 幼い頃から母に言われ続けてきた言葉。

 洗脳のような、呪いのような台詞。

 王宮へと向かう馬車の中で、市場で親子が買い物をしているのが見えた。仲良く手を繋いで笑い合う姿。私には決して叶うことのない情景。幼少期の友達との交流、笑顔で談話する家族の姿、母親のぬくもり。望んではいけないものなのだろうか?

 
 公爵家にはご令嬢がおらず、高位貴族の中から王子と歳の近い伯爵令嬢は早急に召集された。中には辞退する家もあり、王宮内で基礎教育を受けながら、大人たちの視線を浴び続け、婚約者としての是非を審査された。

 モンティ伯爵家の1人娘、シャルノアはこの審査を常にトップでくぐり抜けていた。誰よりも美しく、気品に溢れ、才覚のある令嬢。そんな名声を広げていた彼女はこの日、王子の婚約者として紹介される予定だった。同じ候補者として切磋琢磨してきた令嬢たちに見送られ、国内の有力貴族たちに見守られ、心からの祝福を受ける予定だった。

 だが、今、王子の口から放たれた言葉は違った。
 
たったひと言。1人の少女に向かって放たれた、

「彼女が良いんだ。」

その言葉によって、シャルノアは不要の烙印を押された。


 王家主催の夜会で告げられた王子のこの言葉は、瞬く間に広がった。高嶺の花の伯爵令嬢が、冴えない男爵令嬢に敗北した。この事実は平民の娘たちに希望を与え、国内の貴族たちの王家への不信を募るきっかけとなった。
 馬車を降り、邸内へ入った瞬間、シャルノアは異様な空気を感じ取った。

バシッ

「あれだけ言い聞かせたのに。貴方は何をやってるの⁈」

帰宅の出迎えの言葉もなく、真っ先に走り寄ってきた母親から突然受けた仕打ち。後ろから駆け寄ってきたメイドや兄に心配され、頬を冷やしながら自室へと向かう。

(私が何をしたって言うの?王子の決定に文句なんて言える訳ないじゃない。)

悔しさから止めることの出来ない涙が頬を伝う。何をどうしていれば避けられたのか。自分の落ち度は何だったのか。考えれば考えるほど、蟻地獄のように思考の穴に堕ちていく。それもそのはず、彼女には全く落ち度などないのだから。
 シャルノアは婚約者候補の1人だった。誰よりも有力と言われていたが、決定権は王家にある。夜会時、突然の発言に驚いたのは国王陛下も宰相たち側近とて同じで、後手になりながらも対応に追われていた。王家の威信を守るために。


 社交界を騒がせた王子の1件は、王都からは遠く離れた辺境の地にも届いていた。

「ありえない…。」


 王都で料理屋を営む彼の下にも。

「バカ王子が育ったか…。」

 彼らは思いを馳せる。皆が心配し、思う相手は同じ人物。幼いながらも一生懸命王宮に通っていた1人の少女。屈託のない笑顔と純粋な瞳で、自分たちの心を射止めた天使の姿を。
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