上 下
66 / 86
3.魔法学院3年生 前編

(65).母親の温もり

しおりを挟む
 王宮へと戻る馬車の中、アルフレッドはソフィアを心配していた。屋敷で過ごす間1番親しくしていたのは自分だと胸を張って言える。
 ただ、本来ならこの立場が母親なのだろうと言うことも理解はしている。ソフィアにとっては、ほぼ記憶のない相手だろうが、いざ会うとなった時、込み上げてくる思いはたくさんあるだろう。

「ソフィー、あまりに悩むようなら呼んで。話は聞くし、協力もできる。絶対1人で無理しないこと。ランも頼るんだよ?」

「分かってます、兄様。大丈夫です。」


王宮に着いた所で、護衛のクレイグに任せる。ゆっくりと歩き出したソフィアの背中を見つめ、アルフレッドは複雑な心境だった。



 王宮に戻った報告をするため、離宮の皇后のもとへと向かう。道中頭の中は、母親クロエについてのことばかりだった。
 考えに没頭しすぎで、柱にぶつからないか、階段で転けやしないか、クレイグはヒヤヒヤして見ていた。


「先輩、着きますよ。大丈夫ですか?」

「ん?…大丈夫よ。ありがとう。」


そう伝え、離宮の皇后の部屋の扉を叩いた。


「ソフィアです。只今戻りました。」

「おかえり、ソフィアちゃん。急ぎの用はないわよね?お茶でもしましょ。」


そそくさと席に案内され、離宮の侍女がお茶を淹れてくれる。テーブルに並んだお茶菓子を取り分けた所で、皇后はソフィアの異変にいち早く気づいた。
 ボーっと考え事をしており、目の前のお茶に手をつける様子が見られない。しばらく待った所で、皇后は手に持っていたカップをわざとらしく音を立てて置いた。


ハッと気づき顔をあげたソフィアの目と皇后の視線が交わる。


「お家で何かあったの?ハロルド様やアルフレッド様との夕食でしょう?」

「…いいえ、特には。いつも通り楽しい夕食でしたよ。」


「そう。なら何が貴女をそこまで悩ませているのかしら?隠す必要はないわ。私を義母だと思っているのなら話してごらんなさい。」

(ここで黙っているのは、失礼だわ。ランベール様のお母様。私にとってもお義母様。)


「どう話せばよいものか…私は小さい時、父や兄の顔も分からず、メイドからも嫌われていました。良い子じゃないから家族に会えないのだと、そう言われ、一生懸命勉強したんです。そこを兄が見つけてくれて、あれよあれよと環境が変わっていきました。今では父も兄も屋敷の人たちも愛情持って接してくれているのだと分かります。ただ…母親だけは1度も会えたことがないんです。話をしたことも、抱きしめて貰ったことも、全く記憶がないんです。」

(それはそうだわ。クロエが出て行ったのはランたちが会う前だから、この子は相当幼かったはず。)


「覚えてなくても仕方がないわ。貴女はまだ幼かったのだもの。」


「…覚えてないよりも酷いのかもしれません。私にとっていないのが当たり前だったんです。よく面倒を見てくれた侍女のエマが母親のように感じたこともありますが、それまでです。正直、母親がどうゆう存在なのかわかりません。」


「侍女は頭を撫でてくれたり、抱きしめてくれたりしたかしら?」

「私が小さい頃ですが、エマはしてくれました。」


(侍女が出来ることを、母親はしてくれなかったのね。)


「そう。貴女にとって、頼りになる、甘えたくなる存在。本来なら、それが母親であるべきだわ。」


ソフィアの表情を見ながら、真っ直ぐ目を見て皇后は言う。


「今、この時から貴女の母親は私よ。消えたりしないわ。
…おいで。」


優しく広げられた腕の中にソフィアは迷いなく飛び込んだ。皇后様の胸の中でフッと息をついた途端に涙が止まらなくなる。顔を上げられずにいると、優しく抱きしめられながら頭を撫でられる。
 この人は大丈夫、味方なんだと感じられ、無防備なほど安心しているのを感じた。


「誰かに甘えることを恐れちゃダメよ。私も陛下もランベールも貴女のことが大好きなのよ?関われなくて寂しく思うことはあっても、頼られて、迷惑に思うことなんて絶対にないわ。それが家族よ。甘えて良いの。」


 気持ちが落ち着くまで皇后はずっと同じように抱きしめてくれた。


「クロエにはソフィーちゃんが思うようにしたら良いわ。無理に会わなくても良いし、会って思いっきり罵倒しても良い。彼女は今ガンダルグの人間なのだから、他人だと思って良いわ。好きにしたら良いのよ。」


「…はい。」


思いっきり泣けたことで、頭の中はスッキリしていた。
クロエに悩むのは、今日で終わり。なるようになる。
ソフィアの気持ちはうまい具合に切り替わっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

悪役令嬢は始祖竜の母となる

葉柚
ファンタジー
にゃんこ大好きな私はいつの間にか乙女ゲームの世界に転生していたようです。 しかも、なんと悪役令嬢として転生してしまったようです。 どうせ転生するのであればモブがよかったです。 この乙女ゲームでは精霊の卵を育てる必要があるんですが・・・。 精霊の卵が孵ったら悪役令嬢役の私は死んでしまうではないですか。 だって、悪役令嬢が育てた卵からは邪竜が孵るんですよ・・・? あれ? そう言えば邪竜が孵ったら、世界の人口が1/3まで減るんでした。 邪竜が生まれてこないようにするにはどうしたらいいんでしょう!?

悪妃の愛娘

りーさん
恋愛
 私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。  その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。  そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!  いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!  こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。  あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

処理中です...