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3.魔法学院3年生 前編
(65).母親の温もり
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王宮へと戻る馬車の中、アルフレッドはソフィアを心配していた。屋敷で過ごす間1番親しくしていたのは自分だと胸を張って言える。
ただ、本来ならこの立場が母親なのだろうと言うことも理解はしている。ソフィアにとっては、ほぼ記憶のない相手だろうが、いざ会うとなった時、込み上げてくる思いはたくさんあるだろう。
「ソフィー、あまりに悩むようなら呼んで。話は聞くし、協力もできる。絶対1人で無理しないこと。ランも頼るんだよ?」
「分かってます、兄様。大丈夫です。」
王宮に着いた所で、護衛のクレイグに任せる。ゆっくりと歩き出したソフィアの背中を見つめ、アルフレッドは複雑な心境だった。
王宮に戻った報告をするため、離宮の皇后のもとへと向かう。道中頭の中は、母親クロエについてのことばかりだった。
考えに没頭しすぎで、柱にぶつからないか、階段で転けやしないか、クレイグはヒヤヒヤして見ていた。
「先輩、着きますよ。大丈夫ですか?」
「ん?…大丈夫よ。ありがとう。」
そう伝え、離宮の皇后の部屋の扉を叩いた。
「ソフィアです。只今戻りました。」
「おかえり、ソフィアちゃん。急ぎの用はないわよね?お茶でもしましょ。」
そそくさと席に案内され、離宮の侍女がお茶を淹れてくれる。テーブルに並んだお茶菓子を取り分けた所で、皇后はソフィアの異変にいち早く気づいた。
ボーっと考え事をしており、目の前のお茶に手をつける様子が見られない。しばらく待った所で、皇后は手に持っていたカップをわざとらしく音を立てて置いた。
ハッと気づき顔をあげたソフィアの目と皇后の視線が交わる。
「お家で何かあったの?ハロルド様やアルフレッド様との夕食でしょう?」
「…いいえ、特には。いつも通り楽しい夕食でしたよ。」
「そう。なら何が貴女をそこまで悩ませているのかしら?隠す必要はないわ。私を義母だと思っているのなら話してごらんなさい。」
(ここで黙っているのは、失礼だわ。ランベール様のお母様。私にとってもお義母様。)
「どう話せばよいものか…私は小さい時、父や兄の顔も分からず、メイドからも嫌われていました。良い子じゃないから家族に会えないのだと、そう言われ、一生懸命勉強したんです。そこを兄が見つけてくれて、あれよあれよと環境が変わっていきました。今では父も兄も屋敷の人たちも愛情持って接してくれているのだと分かります。ただ…母親だけは1度も会えたことがないんです。話をしたことも、抱きしめて貰ったことも、全く記憶がないんです。」
(それはそうだわ。クロエが出て行ったのはランたちが会う前だから、この子は相当幼かったはず。)
「覚えてなくても仕方がないわ。貴女はまだ幼かったのだもの。」
「…覚えてないよりも酷いのかもしれません。私にとっていないのが当たり前だったんです。よく面倒を見てくれた侍女のエマが母親のように感じたこともありますが、それまでです。正直、母親がどうゆう存在なのかわかりません。」
「侍女は頭を撫でてくれたり、抱きしめてくれたりしたかしら?」
「私が小さい頃ですが、エマはしてくれました。」
(侍女が出来ることを、母親はしてくれなかったのね。)
「そう。貴女にとって、頼りになる、甘えたくなる存在。本来なら、それが母親であるべきだわ。」
ソフィアの表情を見ながら、真っ直ぐ目を見て皇后は言う。
「今、この時から貴女の母親は私よ。消えたりしないわ。
…おいで。」
優しく広げられた腕の中にソフィアは迷いなく飛び込んだ。皇后様の胸の中でフッと息をついた途端に涙が止まらなくなる。顔を上げられずにいると、優しく抱きしめられながら頭を撫でられる。
この人は大丈夫、味方なんだと感じられ、無防備なほど安心しているのを感じた。
「誰かに甘えることを恐れちゃダメよ。私も陛下もランベールも貴女のことが大好きなのよ?関われなくて寂しく思うことはあっても、頼られて、迷惑に思うことなんて絶対にないわ。それが家族よ。甘えて良いの。」
気持ちが落ち着くまで皇后はずっと同じように抱きしめてくれた。
「クロエにはソフィーちゃんが思うようにしたら良いわ。無理に会わなくても良いし、会って思いっきり罵倒しても良い。彼女は今ガンダルグの人間なのだから、他人だと思って良いわ。好きにしたら良いのよ。」
「…はい。」
思いっきり泣けたことで、頭の中はスッキリしていた。
クロエに悩むのは、今日で終わり。なるようになる。
ソフィアの気持ちはうまい具合に切り替わっていた。
ただ、本来ならこの立場が母親なのだろうと言うことも理解はしている。ソフィアにとっては、ほぼ記憶のない相手だろうが、いざ会うとなった時、込み上げてくる思いはたくさんあるだろう。
「ソフィー、あまりに悩むようなら呼んで。話は聞くし、協力もできる。絶対1人で無理しないこと。ランも頼るんだよ?」
「分かってます、兄様。大丈夫です。」
王宮に着いた所で、護衛のクレイグに任せる。ゆっくりと歩き出したソフィアの背中を見つめ、アルフレッドは複雑な心境だった。
王宮に戻った報告をするため、離宮の皇后のもとへと向かう。道中頭の中は、母親クロエについてのことばかりだった。
考えに没頭しすぎで、柱にぶつからないか、階段で転けやしないか、クレイグはヒヤヒヤして見ていた。
「先輩、着きますよ。大丈夫ですか?」
「ん?…大丈夫よ。ありがとう。」
そう伝え、離宮の皇后の部屋の扉を叩いた。
「ソフィアです。只今戻りました。」
「おかえり、ソフィアちゃん。急ぎの用はないわよね?お茶でもしましょ。」
そそくさと席に案内され、離宮の侍女がお茶を淹れてくれる。テーブルに並んだお茶菓子を取り分けた所で、皇后はソフィアの異変にいち早く気づいた。
ボーっと考え事をしており、目の前のお茶に手をつける様子が見られない。しばらく待った所で、皇后は手に持っていたカップをわざとらしく音を立てて置いた。
ハッと気づき顔をあげたソフィアの目と皇后の視線が交わる。
「お家で何かあったの?ハロルド様やアルフレッド様との夕食でしょう?」
「…いいえ、特には。いつも通り楽しい夕食でしたよ。」
「そう。なら何が貴女をそこまで悩ませているのかしら?隠す必要はないわ。私を義母だと思っているのなら話してごらんなさい。」
(ここで黙っているのは、失礼だわ。ランベール様のお母様。私にとってもお義母様。)
「どう話せばよいものか…私は小さい時、父や兄の顔も分からず、メイドからも嫌われていました。良い子じゃないから家族に会えないのだと、そう言われ、一生懸命勉強したんです。そこを兄が見つけてくれて、あれよあれよと環境が変わっていきました。今では父も兄も屋敷の人たちも愛情持って接してくれているのだと分かります。ただ…母親だけは1度も会えたことがないんです。話をしたことも、抱きしめて貰ったことも、全く記憶がないんです。」
(それはそうだわ。クロエが出て行ったのはランたちが会う前だから、この子は相当幼かったはず。)
「覚えてなくても仕方がないわ。貴女はまだ幼かったのだもの。」
「…覚えてないよりも酷いのかもしれません。私にとっていないのが当たり前だったんです。よく面倒を見てくれた侍女のエマが母親のように感じたこともありますが、それまでです。正直、母親がどうゆう存在なのかわかりません。」
「侍女は頭を撫でてくれたり、抱きしめてくれたりしたかしら?」
「私が小さい頃ですが、エマはしてくれました。」
(侍女が出来ることを、母親はしてくれなかったのね。)
「そう。貴女にとって、頼りになる、甘えたくなる存在。本来なら、それが母親であるべきだわ。」
ソフィアの表情を見ながら、真っ直ぐ目を見て皇后は言う。
「今、この時から貴女の母親は私よ。消えたりしないわ。
…おいで。」
優しく広げられた腕の中にソフィアは迷いなく飛び込んだ。皇后様の胸の中でフッと息をついた途端に涙が止まらなくなる。顔を上げられずにいると、優しく抱きしめられながら頭を撫でられる。
この人は大丈夫、味方なんだと感じられ、無防備なほど安心しているのを感じた。
「誰かに甘えることを恐れちゃダメよ。私も陛下もランベールも貴女のことが大好きなのよ?関われなくて寂しく思うことはあっても、頼られて、迷惑に思うことなんて絶対にないわ。それが家族よ。甘えて良いの。」
気持ちが落ち着くまで皇后はずっと同じように抱きしめてくれた。
「クロエにはソフィーちゃんが思うようにしたら良いわ。無理に会わなくても良いし、会って思いっきり罵倒しても良い。彼女は今ガンダルグの人間なのだから、他人だと思って良いわ。好きにしたら良いのよ。」
「…はい。」
思いっきり泣けたことで、頭の中はスッキリしていた。
クロエに悩むのは、今日で終わり。なるようになる。
ソフィアの気持ちはうまい具合に切り替わっていた。
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