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2.魔法学院2年生

(41).父と兄とソフィアの時間

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 長期休暇の時期が近づいてきた。今年は陛下の誕生祭があるため、学生たちも浮き足立っている。ブーミア湖の側で、ソフィアはクレイグと共に帰宅用の転移陣が動く時間を待っていた。

「それじゃ、誕生祭前に王宮に行くの?」
「王宮というよりは、訓練場にですね。近衛騎士の寮の空き部屋を借りる予定なので。」
「すごいね、将来有望。レイモンドさん直々に指導して貰えるなんて貴重だよね。」
「しごかれると思います…でも、レイモンドさん凄いんですよ。剣だけじゃなくて魔法の使い方が圧倒的で。楽しみです。」

クレイグは王宮見学の日に、ランベールの護衛騎士レイモンドからスカウトされたらしい。まだ1年生なのに大抜擢されて驚いたが、クレイグの始めの頃を知っているソフィアとしては嬉しさを感じる。自分の限界を伸ばす方法を知って、着々と成長しているクレイグはとっても有望な新人に間違いない。

(アンナやリュカは魔法師団への気持ちが再燃したみたいだし。)
ランベールとの約束から急遽決まった見学だったが、学生にとってとてもプラスに働く時間だったと思う。

(あの魔法書も最後まで熟読出来たし。)
カバンの中に入っている分厚い本は、あの日読みきれずテオドールが持ってきてくれた王宮図書館の本である。アルフレッドかハロルドを通して返却して貰おうと思い、荷物に忍ばせた。

「そろそろ向かおう。」

クレイグを連れて、帰還の転移陣のある家具屋の鏡の前へと向かう。緑の光を感じると順番に鏡をくぐる。

「「おかえりなさいませ。」」
「「ただいま」」

クレイグの従者と一緒のエマに迎えられる。帰ってきたなぁと感じる瞬間だった。クレイグと別れ、帰宅したソフィアはハロルドとアルフレッドに迎えられた。

「「おかえり、ソフィー。」」


昼食後、談話室でティータイム兼報告会である。

「兄様、見学会の時はありがとうございました。みんな楽しんでました。」
「いいえー。ソフィーの友達に会えて良かったよ。あの、イネスって子はすごいね。魔法薬専任の子が来て欲しいって興奮してたよ。」
「イネスは魔法薬大好きですからね。お家を継ぐって張り切ってますから。」
「そうかー。研究所に欲しかったなあ。今からでも粘ったら来ないかな?」

見学会での学生たちはインパクトが大きかったようだ。欲しい人材、行きたい職場、お互いに得るものが多く、定期的にしてみてはどうかという声も出ているらしい。

「ソフィー、殿下から贈り物が届いているぞ。」
「えっ?」
「ソフィーの部屋にあるから、ゆっくり見ておいで。」

エマに案内され、部屋に戻ると衣装部屋のトルソーにドレスが飾られていた。パフスリーブのフワッとしたシャンパンゴールドのドレス。柔らかい色合いで目立ち過ぎない絶妙な輝きとなっている。側にはアクセサリーと靴も揃えてある。

(うわー、高そう…)
小ぶりなパールイヤリングとドレスに合わせた繊細な造りの髪飾りとネックレス。ゴールドとシルバー両方が組み込まれキレイに輝いている。華奢なヒールの靴は細めのストラップがついているので歩き辛さは軽減されている。

(これは、早くお礼言わなきゃ…)
談話室に戻ると、父も兄も表情がニヤけている。

「今回はアイツに譲ってやったんだから、しっかり着飾ってくれよ。」
「チラッとしか見てないからな。楽しみにしてる。」
「ランベール様のエスコート受けたこと、知ってたんですね?」

揃って頷く2人に驚く。

「ランからはだいぶ前に聞いてたんだよ。ソフィーが受けるかどうか心配してたけど、嬉しそうに報告受けた。ついでにコレも。」

アルフレッドの左耳にはリング型のピアスが光っていた。

「俺好みのピアス過ぎて、さすがソフィーって思ったよね。」

触りながら語る様子は結構気に入っているみたいである。

「ノアから定期報告は受けているからな。陛下も楽しみにしているらしいぞ。」

そう、ノアと陛下がいつの間にか仲良くなっていて驚いた。ソフィアが後輩たちと交流している間に、ノアも人脈を広げたようである。

「陛下の話では、カルレイの皇女のエスコートはジルベールが受けたらしい。」

アルフレッドの言葉に、ソフィアは驚く。いつものように王族として参加するだけだと思っていたのに、問題の皇女の相手とは…

「もちろん、ジルベール1人に全部任せっきりにはしないよ?どんな性格なのか確認したいしね。」

アルフレッドの言葉に少し安心する。何も起こらないと良いのだけど。

「誕生祭の間は皆が目を離さないようにしているからな。休憩スペースとか女性だけの場になった時はソフィー頼むぞ。意外とそういう場の方が素を出しそうだしな。」
「1人で無理はしないことな。」

相変わらず過保護な2人に苦笑いである。

「今回の誕生祭にはマルク達ブレイユも参加する。姿は見えなくても近くにはいると思っていい。何かあれば必ず呼ぶんだ。」
「分かりました。」

家族団欒の時間を終え、自室に戻ったソフィアはトルソーのドレスを眺めていた。何度見ても、派手すぎず、控えめな印象を受ける。ソフィア好みのこの1着に、ランベールの思いが込められているように思う。

「どうしたの?そんな見つめて。」

ノアに声をかけられ、ふと我に返る。

「なんだか夢みたいで。デビュタントの時も思ったけど、こんなキレイなドレスで着飾って王宮にいるなんて昔じゃ考えられなかったな、って。父様や兄様との関係も変わって、あったかい気持ちになるんだよね。コレが幸せっていうのかな?」
「まだまだ。ソフィーはもっと幸せになるよ。今はまだ序の口。」
「そうかな?良いことがありすぎて怖くなるんだよね。何か悪いこと起きるかもって、不安になる。」

ソフィアの言葉に、ノアはどう答えるべきか迷う。ソフィアがこの先向かう道は間違いなく王家と関わることになる。ホスウェイト家の関係はノアの努力で改善されたが、この先の未来はノアにも読めない。物語【コンダルク】の流れはサラがヒロインでなくなった段階で大幅に変わった。新たな番人が出てきていない今、創造主のイタズラが始まってもおかしくない。どんな形で手を加えてくるのか分からないことが怖い。

「何かあっても、僕たちがいるでしょ?精霊王たち味方に付けてるソフィーに怖いものなしさ。」

ノア自身も感じていた。ソフィアの側に、自分だけでなく精霊王たちがいることがとても心強い。何かあったとしても立ち向かえる仲間がいること、これがソフィアの強みである。

「そうだね。みんながいるもんね。」

安心したように微笑むソフィアの側に、ノアは擦り寄り蹲る。ノアのモフモフに癒されたソフィアはゆっくりと夢の中に落ちていくのであった。
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