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2.魔法学院2年生

(40).それぞれの時間

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 ランベールと共に再び王宮図書館の扉をくぐったソフィア。ずらりと並ぶ本棚の本の多さに目が奪われる。
 1階は一般的によく読まれる小説や物語、絵本などが置いてある。テーブルや椅子、ソファが並ぶ場所は読書スペースとして開放されていた。


「フィーはどんな本が気になってるの?」

「魔法についての本は1度目を通したいですね、見たことないのがあるかもしれないので。あとは、チェーンライブラリーも滅多に見られないので…」

「分かった。なら、まずは魔法についての本だね。こっち。」


スタスタと図書館の中を進むランベールは、まるで司書のようにこの図書館内を知り尽くしているようだ。
不思議に思っていると、ランベールが自ら語ってくれた。


「王族の私室にはね、転移魔法陣がいくつか組み込まれていて、その中の1つはこの図書館に繋がっているんだ。小さい頃はよくこの机に座って勉強したものさ。」


そう言って彼は読書スペースの1番奥の机を撫でる。


「王宮内で1番親しみのある場所かもしれない。毎日勉強の後には好きな本探しに歩き回ってたよ。はい、ここから先の棚が魔法の書籍。」


(うわぁー。多い。)

中には小さい頃ソフィアがお世話になった魔法書も並んでいる。
父ハロルドの持つ魔法書も数が多く、珍しいものが多かったが、王宮の物となると桁が違うようだ。


「手にとって見ても良いですか?」

「あぁ。もちろん。」


ソフィアは本棚の前を歩き、目を惹いたものから手に取り中を読んでみる。
ある程度めくった所で棚に戻し次の本を手に取る。
じっくり読みたいと思ったものは机によけ、次々と調べていく。
その様子を近くのイスに座りながらランベールは見ていた。


(キラキラした表情して嬉しそ。やっぱ分かりやすいな。)

ソフィアの目にはきっと魔法の世界が広がっているのだろう。夢中になってランベールもいることはきっと忘れているに違いない。
 ソフィアが見終わるのを待とうと決め、机に避けられた本から1冊手に取り読み始める。


(この魔法書選ぶ辺り、ソフィアちゃんがハイレベルなのが分かるよ。)

魔法師団でも中堅辺りが読むような理論書である。
魔法陣の成り立ちや属性の組み合わせの効果など楽しんで読める1冊なのだが、筆者は当時の魔法師団長である。
内容が濃く、複雑である。本の半分くらいを見ていた辺りでソフィアの動きが止まるのを感じた。


「確認終わった?」

「すみません、夢中になっちゃって。一応見終わりました。」

「どうする?先に読む?上、見に行く?」


(読みたい…けど、この量だと上見に行く暇がなくなるかも…)


「本はここに置いたままで平気だよ?読みきれなかったら貸出しするから、持ち出し出来ないの見に行く?」


迷うソフィアにランベールから救いの声がかかる。
迷うと優柔不断になる彼女としては助かるアドバイザーであった。

 2階に上がり、持ち出し禁止の本棚へと進む。初めて見るチェーンライブラリーにソフィアは感動していた。

(動きが止まってるよー。可愛い。)

ニヤける口元を見られないように抑えながら、ソフィアに声をかける。


「台の上で見ても大丈夫だよ。好きなの開いてみたら?」


ランベールの言葉にコクリと頷くと、重たい本をゆっくりと開く。


(古い紙の匂い。インクの色も変化してる…凄いな。)

1ページめくる毎に気づきがあり、感動が増える。
何冊か開いて、チェーンライブラリーを堪能したソフィアはとても満足そうに微笑んだ。


「もう良いの?」


ゆっくりと見れるように角のソファで本を読んでいたランベールは、ソフィアに確認する。


「満足です。」


頷き、微笑むソフィアの表情を見て、ランベールも微笑む。


「んじゃ、下りて読書タイムにしようか。」

「はい。」


1階に下りて、テーブルに向かい合わせに座り本を読み進める。ゆったりとした時間の中、ページをめくる音だけが聞こえる。

(ここでこんな時間が過ごせるなんてなぁ。)


幼い頃のランベールは王太子教育のため、勉強尽くしの生活だった。弟のジルベールが生まれてからも、一緒に遊ぶことは許されず、大人の監視のもと机に向かっていた。

 そんな彼の唯一の楽しみは好きな本を見つけることだった。幼心に両親の温もりが恋しくても強がることしか出来なかった。弟が無邪気に遊んでいる姿が羨ましかったが、それを悟られないように努力していた。

 そんな時、読み始めた冒険小説の主人公が励ましてくれた。どんな逆境にも笑顔で立ち向かう彼の姿がランベールにとっては憧れのヒーローとなった。


(寂しかった思い出も、幸せな時間になるよ。)

ソフィアの姿を目に留めながら、彼は2人で共有するこの幸せな時間を噛み締めていた。




同じ頃、レイモンド率いる訓練場メンバーは軽く身体を動かしたあと、2人組での模擬戦となっていた。
学生同士は離され、近衛騎士の若手と組まされる。
アンナやリュカ、ランディは嬉々として剣を振っている。クレイグは剣の腕は良くはない。魔法で身体を強化したり、魔法を織り交ぜたりする方法をソフィアから学び、諦めずに剣術の幅を広げるようになった。


(筋は悪くない。身体の動きも悪くない。鍛えれば伸びるな。)

模擬戦の対戦を見ながら、レイモンドは学生の動きを判断していた。
 長く筆頭護衛騎士を務めているが、この先王子たちの側には同年代の騎士がいるべきだと思っている。
剣の腕だけではなく、魔法や勘、護衛としての心得。自分が退くまでに、何人か目星をつけて伝授しておきたかった。
 体験時間が終わると同時にレイモンドはクレイグに声をかける。彼の新たな道が切り開かれる瞬間だった。



「はい、どうぞー。」


ソフィアの兄、アルフレッドの案内のもと魔法研究所には学生たちが戻ってきていた。


「魔法薬は右の扉、魔道具はまっすぐ、魔法陣や魔法研究は左の扉ね。それぞれ専任のスタッフがいるから、質問しても良いし、見学するだけでも構わない。実験中だと危ないから鐘が鳴るまでは部屋の移動はしないでね。体験終了までに1回は移動できるから、希望者は僕に声かけて。」


アルフレッドの声に合わせ、それぞれの扉へ向かう。
イネスは迷いなく右へ突き進む。ジェシカは迷いながらもまっすぐ進んだ。


「ここでは魔道具を作成するよ。自分のアイディアを形に出来るってのが楽しさかな。日常の中でこれあったら便利だなとか、誰かのために作りたいなって気持ちがこの仕事を楽しむコツかな。」


ジェシカはソフィアの兄は、人を惹きつける話し方をする人だなと感じた。興味のなかった分野なのに、今ジェシカはこの魔道具作りがしてみたいと感じている。
得意なことを仕事として考えるのだと思っていた。誰かのために、なんて考え方したこともなかったので目から鱗である。
 家族のため、兄弟のため、がゆくゆく国民のためとして役立つなら自分もこの仕事楽しめるのではないだろうか。ワクワクしながらアルフレッドの作業を見学していた。



 体験の時間も終わりを迎え、学生たちは再び食堂に集合する。それぞれが満足した表情になっている。


「今日はありがとうございました。」

『『ありがとうございました』』


みんなでお礼を伝え、ランベールの付き添いのもと、転移陣で寮へと戻る。


「今日の残りの本はテオにあとで届けさせるから。」


ランベールのまたね、という言葉にソフィアも手を振る。それぞれにとって、とても充実した1日だった。
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