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1.魔法学院1年生

(7).婚約者にはなりません!

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 入学式翌日。
 学院では入学式の日に魔力量や属性を見られ、クラス分けされる。それぞれの家の家格や身分などでも判断されるらしく、ソフィアのクラスには高位貴族のご令嬢も多いようである。
 社交パーティーでの知り合いや家の派閥などで既にいくつかグループが出来ており、初日から1人取り残されていた。
 授業の準備をしていると、不意に声を掛けられた。


「ホスウェイト家のソフィア様ですよね?」
「?はい。そうですが…」
「はじめまして。クレバリー伯爵の一人娘レイチェルと申します。よろしければ私達と話しませんか?」


 ソフィアは話しかけられて嬉しいものの、既に数人の女の子達に囲まれている状況に挙動不審になってしまう。


「アストラヌ家のリリーといいます。ソフィア様はどちらの王子様がお好みですの⁈」
「ウェルギル家のメアリーです。婚約者候補がそろそろ決まるのではと話題になっているのです。」
「私達、伯爵家の中から候補者が出るのではと皆で話してまして、ソフィア様は高位貴族ですもの。爽やか成年第1王子ランベール様か、クールな青年第2王子のジルベール様なのか。筆頭候補者の意思を確認したいと思いまして。」


 ニコニコ話しかけられているものの、ソフィアには訳が分からない。


「私はどちらも会ったコトない方なので…婚約者にもなりたいと思っておりませんし」
「お兄様はランベール様の側近ではございませんか⁈てっきり第1王子派だと思っておりました。」
「王子妃には全く興味がないのですか?ソフィア様ならどちらも歳が近く、婚約者には当然選ばれるものかと。」
「私第2王子派なんです!ソフィア様とてもキレイで強敵だと思ってたので嬉しいです。」


…口々に話され、自分には全く興味のない話題を続けられる。この状況にソフィアは飽きてきていた。
 このグループのご令嬢とは、きっと友達にはなれそうにない。


「私は婚約者にはなりません。ですので、ご心配なく。魔法の勉強が出来れば充分ですので。」

くるりと踵を返すと、颯爽と教室を出ていく。

(当分はお友達出来そうにないかも…)

 強気に出たのは良いものの、打たれ弱いソフィアはすぐに令嬢達に立ち向かう元気はなかった。


 
 中庭に出て、しばらく歩くとノアの姿が見えた。

(お散歩中かな?)

 後ろ姿を追いかけると、大きなイチイの木が見えてきた。高い位置の平らな部分で1人の青年がくつろいでいた。質の高い目眩しの魔法から、きっとこちらからは見えないようにしてあるのだと察する。
 ノアはその青年の近くにいるようで、ソフィアにまだ気づいていない。

(どうしようかな。気づくまで待ってもいいけど。)

 なんとなくノアに会いたい気分だった彼女は、魔力をのせノア、と念じてみる。ダメ元ではあったが、ノアは気づいたようでソフィアに向かって飛んでくる。


 ノアに向かって腕を伸ばしたソフィアは、木の上にいた青年と目が合ってしまった。

 ノアが留まるまでの数秒間。

 キレイなアメジストの目に吸い込まれそうになっていた。
 
 木の上の青年ジルベールは、目眩しをかけていた為、自分の姿に気づかれているとは思わず、急に飛び出したフクロウを心配し、少し乗り出してしまっていた。
 目が合うこと数秒間。

(これ、目合ってる…?)

驚いたジルベールは、動揺し、目眩しの魔法が解けてしまっていた。


 腕に留まったノアは小さな肉片を口に咥えていた。青年に貰ったのだと気づいたソフィアは、青年のいる場所より少し低い位置の枝に目をつけ、魔法で飛び上がる。

「あの、ノアにご飯、ありがとうございました。」

制服姿なので学院の先輩なんだろうと思い、敬語で話しかける。完全に見られたな、と感じたジルベールは王子だと気づいてない様子に一安心する。

「あぁ、こいつのついでだから、別に。」

下からは見えない位置に、大きな蒼鷲がいた。初めてみる鷲にソフィアは興味津々である。
 こっちには脇目もふらずレオをじっと見つめる相手に、人間よりも鳥に興味をもつ女は初めてだ、といつのまにかジルベールも警戒を解いていた。

「こっちの方が広い。上まで来ればじっくり見れるぞ。」

好奇心に勝てなかったソフィアは、近くまで行き、ジルベールから受け取った餌をレオと呼ばれる蒼鷲に渡す。
 きっと、ノアの飼い主だからだろう。レオは警戒もしておらず、彼女の手から直接ご飯を食べていた。


「あのフクロウはお前が飼い主なのか?」
「ノアは私の友達です。小さい頃から一緒に遊んできました。」

さっきまでと違い、柔らかい表情になった彼女に一瞬ドキッとしてしまった。

「友達…か。仲が良いんだな。ここによく来ていたんだ」

確かに、2羽は体格差があるにも関わらず、並んでいる様子に違和感がない。


「ここはとても落ち着きます。だからだと。」
「そうか。」

ソフィアは家の裏の森に似た雰囲気のこの場所が気に入った。のほほんとしていたものの、時間がだいぶ経っている事に気付き、慌てて降りる。


「また、来ても良いですか?」
「…構わない。」


 自分だけの憩いの場だと思っていたが、気づいた時には既に応えてしまっていた。
 不思議と嫌な時間じゃなかったなと、振り返るジルベールの表情は柔らかいものだった。



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