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1.魔法学院1年生

(4).ソフィアとノア

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 ソフィアと相棒フクロウの出会いは8年前に遡る。
 兄アルフレッドが魔法学院へと向かうことになり、1人の時間を持て余していたソフィアはその日、屋敷の北側へと向かっていた。

(時間はたっぷりあるし、探しに来る人も今日はいない。)
 兄のいない寂しさを、自由に過ごす有意義な時間でまぎらわせようとしたのである。

 屋敷から離れ、高い木々が増えてきた道をテクテクと歩いていく。そよ風にのって葉が揺れ、小鳥や栗鼠の動きが微かに感じられる小道はソフィアにとって最高の散歩道だった。歩きながら気分がのってくると鼻歌も混じり始める。空の色が木々に阻まれ、薄暗くなってきても彼女には関係なかった。
 本来であれば魔獣の1匹や2匹居そうな空間も、何故かこの日は静かで、奥に進むほど空気が澄んでいく。
 しばらく歩くと目の前に大きな木が見えた。太い幹で足元はしっかりと根を伸ばしている。

(穴はない…か。下がダメなら上に!)
 この日のソフィアは誰に似たのか、無謀な程に好奇心旺盛だった。

「フロート!」

 風魔法で1番下の枝に掴まると、ぎごちない仕草で上へ上へと登っていく。
 ここに兄のアルフレッドがいれば間違いなく説教コースであろう。もちろん、側にはマルクかエマが護衛としているはずなのだが、本人が気づくまで、極力姿を見せないようにしている。

『お主、危ないぞ。』

どこからともなく聞こえた声にソフィアはキョロキョロと辺りを見回す。下に誰か来たのだろうかと、この時初めて登って来た道を見下ろす。

(ひぇ~。高い 泣)
地面との距離を確認してしまうと、あまりの高さに怖くなり、足がすくんでしまい、徐々に震えも増してくる。

(どうしよ……。)
頭の中は既にパニックに陥っていた。

『だから言っておるのに。』
呆れかえった声と共に、ふわっと風が吹く。
 なんとなく温かさを感じたソフィアは、徐々に自分の気持ちが落ち着いていくのを実感していた。

「貴方はだぁれ?」

姿は見えないものの、近くに感じていた存在に対して話しかけてみる。

『わたしゃ名前のないただの番人だ。この世界を見守る神様みたいなもんじゃな』
「番人?…偉い人??」

(はて?どこからが偉いになるのか…)
『偉くはないかな。創造主が1番な訳だし、わたしゃ普通じゃ。』
「普通の人?じゃあ、友達、なれる?」

(ぬっ、なれぬこともないが…こやつは友を探しておるのか。うーん。)
しばらく悩んだ末に、答えた。

『そなた、名は何と言う?』
「 ホスウェイト家の長女、ソフィアと申します。」

貴族らしく、上品に。習ったように丁寧に名乗る。

『ソフィア…ソフィーか、この家の娘なのだな。見た所相当魔力があるな。この木の枝を魔力で染めてくれぬか?それを依代にしようと思う。』
「どの枝でも良いの?」

名乗る以外で言葉が崩れるのは、ソフィアの自由な気持ちを伸ばしたいと兄が願い、家庭教師も見逃してくれているからである。

『あぁ。今はこの木に宿っているのでな、そこの小さな枝で大丈夫だ。力を貸しておくれ。』

 この木に宿るのは番人の1人である。大木の樹齢に伴い、今は大らかな口調となっている。
 創造主の課題【キーワード:契約】が発動しており、現時点では己の力を封印されている。人間と契約し、魔力を与えられることで番人としての力を発揮することができる。
 ソフィアは足元にある枝をパキッと折り、魔力を込める。相変わらず、魔法の扱いだけは一丁前である。
 パァーッとした光が枝に集まり、しばらくして光が収まるとソフィアの手には、ちょこんと灰色フクロウがとまっていた。

(かーわーいーぃっ!)
「どーお?これなら一緒に動けるよ。」

番人はソフィアの年齢に合わせ、彼女好みの動物の形を取った。会話を繰り返す中でノアと名づけてもらい、無事に契約を終えることが出来たのである。

 少女と番人はこうして出会い、共に過ごすようになった。ノアはこの世界の番人。物事の善悪、人々の感情などを読み取り、物語に沿うよう関わっていく。物語全体の流れは番人共通の情報として伝わっているが、創造主から好きに動いていいと許可が出ている分、積極的にソフィアに関わっていくつもりでいる。

 (ソフィーはもっと強く、魅力的になれる。僕が友達になった以上、孤独になんてさせない。)


 物語【コンダルク】の中でのソフィアは、みんなから愛されるヒロインを妬み、嫌がらせをする悪役令嬢だった。周りの令嬢に促されるままエスカレートしていく行為に、彼女自身も怖がっていた所はあったのだが、止めることが出来ず、最終的にはヒロインの婚約者である第1王子に密かに始末されてしまう。
 両親や兄との関係が希薄で、寂しさを拗らせたソフィアは他人からの愛情に敏感だった。王子に惹かれた訳ではないが、ヒロインを見つめる優しい眼差しが自分に向けば、と憧れていた所はある。そんな憧れの人から断罪を受ける彼女はどれだけ辛かったのだろうか…
 ソフィアにはそんな運命似合わないと【契約】後に物語の内容を思い出したノアは、全力で回避することに決めた。番人が関与すれば話の流れは変わる。学院が始まるまでの間にソフィアを鍛える。  

 
 2人が出会った森で今日もソフィアとノアは遊ぶ。元々魔力が多く、父の本から独学で魔法を学んでいたソフィアはノアとの遊びを通して力をつけていった。
 鬼ごっこ1つとっても、フクロウのノアを追いかけるのに浮遊、身体強化など魔法を使う。
 ノアが相手をする中で、
(風魔法で加速するとかさ)
(土魔法で罠しかけるとかさ)
と、ソフィアが魔法で出来ることを伝えてくるので、遊びながら2人であーでもないこーでもないと工夫を凝らすようになっていた。
 1人じゃ思いつかない方法も取るようになり、ソフィアは気づかないうちに魔法の力をメキメキと付けていった。



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