上 下
65 / 67
第二章 死竜の砦

第二十九話「最強の盾」

しおりを挟む
 木剣を構えた俺だったが、

「うあああっ!」

 矢が発射される際の風圧だけで、木剣は中程から折れたあとバラバラになった。
 背中に冷たい汗が流れる。
 十分な距離を取っておいて良かった。
 接近していたなら俺まで吹き飛ばされていただろう。

 もう武器はない。
 このまま何もしなければ俺は矢に貫かれて死ぬ。
 かといって避けることはできるが、そうすれば俺のはるか後方に建つ校舎に被害が出てしまう。

(そうだ……!)

 俺は懐からブランドン先生から預かったものを取りだした。
 それはアステリア王国の〈神器〉である〈樹竜の鱗〉だ。
 ブランドン先生がまだこれを持っていたとは驚きだが、いまはこれに頼るしかなさそうだ。

 並のドラゴンの鱗なら矢は貫通してしまうだろう。
 しかしこれが本物なら十二神竜に連なる樹竜のものだ。
 この小ささで不安は大いにあるが、これに賭けるしかない。
 俺は〈樹竜の鱗〉を握った右手を前方に突き出した。

「――!?」

 その瞬間、俺の右目が熱を帯びる。

「魔眼と共鳴しているのか!?」

 俺の右目〈風竜の魔眼〉と右手に握った〈樹竜の鱗〉との間に、小さな稲妻のようなものが迸った。
 どんどん魔眼から魔力が抜けていく。
 代わりにその魔力は〈樹竜の鱗〉に送られているようだった。

「おわっ……! こ、これは……!?」

 そして驚くことに〈樹竜の鱗〉は次第に巨大化していき、一呼吸もするとドラゴンの鱗のように変化した。
 完成したのは俺の体全体を隠せるぐらいに大きくなった〈樹竜の鱗〉だった。
 見た目も石みたいな状態から、先日見たワイバーンの鱗みたいに変化している。

「間違いない! これはドラゴンの……〈樹竜の鱗〉だ!」

 特大の矢が俺に肉薄していた。
 いまからではもう避けることさえ間に合わない。

「これで矢を受け止めるッ!」


 ――ドドンッ!


 矢の先端が〈樹竜の鱗〉に直撃した。
 俺は両手でそれをしっかり握っていたが、〈樹竜の鱗〉の重量と矢の衝撃で身動きが取れない。
 いまの体勢を維持するので限界だった。

「うおあああああああああっ!」

 矢を受け止めることに成功はした。
 だが、完全に防ぐことができるのかはまだわからない。
 力では押し負けている。
 俺の体はもの凄い勢いで後方に吹っ飛ばされている。
 矢の先端に俺が張りついている形だ。

「このっ……! くそっ……! 止まれえええええええええぇっ!」

 俺の思いとは裏腹に、目の前の〈樹竜の鱗〉裏側から矢の先端が突き出してきた。

「くっ……!」

 〈樹竜の鱗〉の耐久力は俺の右目の〈風竜の魔眼〉から供給されているとみて間違いない。
 魔眼が激しく消耗していってるのがわかる。
 魔力が尽きれば、俺は〈樹竜の鱗〉ともども矢に貫かれるだろう。
 そんな時、彼女の言葉が脳裏をよぎった。
 剣聖の従者、いや仲間だというティアカパンさんの言葉だ。

『魔眼の制御に苦労しておるようじゃの。十七年も経てば、その魔眼は完全におぬしの体の一部になっていると言っても過言はなかろう。だったら、完全に制御できるはずじゃ。そう、おぬしが手足を動かすように簡単にな』

 簡単に言ってくれたが、アドバイスを聞いてから魔眼の消費が緩やかになったのは事実だ。
 いまはその言葉を信じるしかない。

「うおおおおおおっ! 止まれぇぇぇぇっ!」

 その瞬間、魔眼が焼け付くような熱を帯び稲妻が迸った。
 そしてその稲妻に見える魔力は〈樹竜の鱗〉に厚みを持たせた。
 目の前に迫っていた矢の先端が〈樹竜の鱗〉に埋もれていく。

 手応えはあった。
 いま〈樹竜の鱗〉の強度がバリスタから放たれた矢の貫通力を完全に上回った。
 このままいけば矢は次第に失速し、地面に落ちるだろう。
 幸い地面には草地が広がっているだけで人の影も見えない。
 バリスタの近くには予備の矢は見当たらなかったし、ジェラルドもこの一発に賭けていたはずだ。
 勝利を確信した俺だったが、

「なっ……!?」

 厚みが増えた分〈樹竜の鱗〉の重量は随分と増していた。
 〈樹竜の鱗〉の縁を掴んでいた俺の両手に、ズシンと重みが加わる。
 同時に〈樹竜の鱗〉がわずかに下がった。
 そして〈樹竜の鱗〉の中心部に感じていた衝撃が、上半分へとズレたのがわかる。

「くっ……! うおおおおおおおっ!」

 俺は歯を食いしばりながら〈樹竜の鱗〉を持ち上げようとするが、矢の力が強くうまくいかない。
 このままだと〈樹竜の鱗〉が完全にズレて、俺に矢が直撃してしまうだろう。

「――だったら……!」

 俺は両膝をぐっと胸に引きつけた。
 そして、一気に伸ばして〈樹竜の鱗〉思いっきり蹴った。
 〈樹竜の鱗〉は矢が接している点を中心にしてグルッと回転する。
 そうして〈樹竜の鱗〉の下半分が、狙いどおり矢の軸に命中した。

 破砕音が耳をつんざく。
 矢の軸が折れたのだ。
 砕けた軸が空中でバラバラになりながら地面に落下していく。
 矢の先端は完全に力を失って一緒に地面に落ちていった。

「やった……!」

 しかし、俺が後方に吹っ飛ばされている勢いは止まらない。
 すでに背中の翼は消失しているが、高度を保ったまま俺は為す術もなく勢いに身を任せる。
 首を動かして肩越しに後方を確認すると、すぐそこまで校舎が迫っていた。
 死竜の砦から学院の校舎までの距離を吹っ飛ばされていたわけだ。

「このままだと、矢の代わりに俺が校舎に突っ込むことになるな……!」

 高さから目測すると、このままいけば校舎の天辺にある鐘塔の壁に激突することになる。
 勢いは徐々に弱まっているとはいえ、壁に激突なんてことになれば大怪我は必至だ。
 打ち所が悪ければ命を落とす可能性もある。

 どうするか思案していると、校舎の屋上に人影が見えた。
 近づくにつれ、その人影が誰であるかハッキリとしてくる。
 俺の良く知っている人物だった。

「――ブランドン先生……!?」

 校舎の屋上、鐘塔の前に立っていたのは風竜クラスの担任ブランドン先生だった。
 もうすぐ近くまで迫っている。
 その時、破砕音とともに俺の右足に強烈な痛みが走った。

「うっ……! うああああっ!」

 校舎の屋上の縁に俺の右足が当たったようだ。
 縁の石は少し欠けていた。
 俺は激痛に顔をしかめる。
 右足は恐らくいまので折れてしまっただろう。

「アルバート! 何もしなくていい! そのまま動くんじゃない!」

 ブランドン先生が叫ぶ。
 次の瞬間、背中に衝撃が走る。
 俺の両脇の下から、ブランドン先生の腕が伸びた。
 ブランドン先生が俺を受け止めたのだ。

 言葉になってない呻きを上げながら、俺とブランドン先生は後方に飛ばされる。
 ブランドン先生の両足と地面との摩擦音が耳に響く。
 俺は左足を地面に伸ばして、少しでも勢いを殺そうと試みた。

「とっ……まれぇぇぇぇっ!」

 足を伸ばした拍子に腕の力が緩んだのか、〈樹竜の鱗〉が俺に向かって倒れてきた。
 咄嗟に避けることもままならず、俺とブランドン先生は〈樹竜の鱗〉の下敷きになった。
 幸運にもこれで壁に激突するのだけは免れたみたいだ。

「ア、アルバート! 重いっ……!」
「あっ、ごめん!」

 俺は横に転がるようにしてブランドン先生の上から降りた。
 そのまま〈樹竜の鱗〉をその辺に放りだす。
 俺は上半身だけ起こして、ブランドン先生に目をやった。
 ブランドン先生はすぐに立ち上がって、埃を払っていた。

「ブランドン先生、どうしてここに……?」
「きみならバリスタを何とかしてくれると思ってね。しばらく前からここで待機していたんだ」

 そう言っていつもの飄々とした笑みで、ブランドン先生は俺を眺めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

妹しか愛していない母親への仕返しに「わたくしはお母様が男に無理矢理に犯されてできた子」だと言ってやった。

ラララキヲ
ファンタジー
「貴女は次期当主なのだから」  そう言われて長女のアリーチェは育った。どれだけ寂しくてもどれだけツラくても、自分がこのエルカダ侯爵家を継がなければいけないのだからと我慢して頑張った。  長女と違って次女のルナリアは自由に育てられた。両親に愛され、勉強だって無理してしなくてもいいと甘やかされていた。  アリーチェはそれを羨ましいと思ったが、自分が長女で次期当主だから仕方がないと納得していて我慢した。  しかしアリーチェが18歳の時。  アリーチェの婚約者と恋仲になったルナリアを、両親は許し、二人を祝福しながら『次期当主をルナリアにする』と言い出したのだ。  それにはもうアリーチェは我慢ができなかった。  父は元々自分たち(子供)には無関心で、アリーチェに厳し過ぎる教育をしてきたのは母親だった。『次期当主だから』とあんなに言ってきた癖に、それを簡単に覆した母親をアリーチェは許せなかった。  そして両親はアリーチェを次期当主から下ろしておいて、アリーチェをルナリアの補佐に付けようとした。  そのどこまてもアリーチェの人格を否定する考え方にアリーチェの心は死んだ。  ──自分を愛してくれないならこちらもあなたたちを愛さない──  アリーチェは行動を起こした。  もうあなたたちに情はない。   ───── ◇これは『ざまぁ』の話です。 ◇テンプレ [妹贔屓母] ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング〔2位〕(4/19)☆ファンタジーランキング〔1位〕☆入り、ありがとうございます!!

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

処理中です...