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第二章 死竜の砦

第二十五話「我流VSアレクサンドリート流剣術」

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「そうか。おまえが剣を抜いたなら、俺も剣を抜かないと太刀打ちできそうもないな。おまえになら見せてもいいだろう。オレの我流の剣術、オレ流をな」

 ジェラルドは余裕のある目つきで言った。

「オレ流ですか」
「ああ、そうだ」

 ジェラルドは腰の剣を緩慢な動作で抜いて、ゆっくりと構えた。
 しかし、その動作には隙らしい隙が見当たらない。
 そして我流と言うだけあって、俺が見たこともない構えをしている。
 攻守のバランスが取れたグラナート流剣術に少し似ているが、重心は前足に置き前傾姿勢を取っている。

 お互いに相手の出方を窺っている状態だ。
 ジェラルドは戦いが長引いても損することはないが、俺はやつを倒してバリスタを止めなければならない。
 ジェラルドが動かないなら俺が先手を打つべきだろう。
 そんな気配を察したのか、意外なことに先に動いたのはジェラルドのほうだった。

 剣の切っ先を床に向けたまま俺に向かって走ってくる。
 さっきの部屋でも感じていたが、やはり見た目以上に素早い動きだ。
 背は俺とほとんど変わらないが、はだけた制服から見える胸板の厚さや腕周りの太さは俺より一回りは大きいだろう。
 相当鍛えていることがわかる。
 それなのにこの早さかよ。

 俺は力に逆らわずに受け流すことに成功する。
 気付いたのは、一撃の重さも結構あったことだ。
 剛の剣ザルドーニュクス流剣術にはさすがに及ばないが、他の流派では難しいぐらいの威力を備えている。
 生身の体に直撃すれば、大怪我は必至だ。

「これを躱せるやつはそういない。やっぱり、おまえは見どころがある。四年前、オレの誘いを受けていれば良かったものを。ふっ、今ごろはオレの右腕として大活躍してたかもしれないぜ」
「わけのわからない企みを手伝わされるのはごめんですよ。その剣、我流の割に完成度が高いですが、もしそこまでなら俺には勝てません」
「まだ本気を出してないとでも言うのか? 奇遇だな、オレもだ」

 ジェラルドがさらに速度を上げて斬り込んでくる。
 さらに複雑なフェイントを織り交ぜてだ。
 魔眼を発動していなければ、すべてを見切ることは無理だっただろう。
 しかし俺はジェラルドの攻撃をすべて捌ききった。

「全部防いだ……!?」

 ジェラルドが一瞬目を丸くした。
 だが、すぐに表情を戻すと防御姿勢に入る。
 俺が反撃の機会を得たからだ。
 ジェラルドの連続攻撃の繋ぎにできたわずかな隙を見逃さない。
 これがブランドン先生の使うエーデルシュタイン流剣術の連続斬り剣技〈ワルツ〉ならそんな隙など存在しないが、普通の連続攻撃には必ず隙がある。

 アレクサンドリート流剣術、斜め斬り技〈トルスティ〉!!

「はああああああああっ!」

 俺は左下から右上へ向かって剣を振り上げた。
 ジェラルドは俺の剣を弾けない。
 なぜならこれは普通の斬り上げ攻撃ではない。
 俺は双剣を使っている。片方を防げば、もう片方の攻撃をまともに食らう。

 だが、ジェラルドは迫りくる俺の右の初撃を受け止め、二撃目に合わせて右足を突き出した。
 ジェラルドの右足が俺の左手に直撃する。
 それでも俺の二撃目の斬り上げはジェラルドの右脚を掠めた。
 革のブーツが裂け血飛沫が舞う。

「くっ……!」

 ジェラルドは苦痛に顔を顰めながらも、全力で俺の左手を蹴って後方へと跳んだ。
 〈トルスティ〉の直撃を避けるため、防御から後退を選択したのだ。
 その瞬時の判断力に恐れ入る。
 ジェラルドは受け身も取れずに背中から床に叩きつけられたが、〈トルスティ〉の本来のダメージから考えれば大幅に軽減していた。

 俺はすぐさま反応し、ジェラルドに向かって剣を繰り出す。
 しかしジェラルドはすぐに立ち上がると、背後のテーブルに足をかけて跳躍した。
 振り下ろしの攻撃がくるが、俺はそれを受け流す。
 着地したジェラルドの顔に悲壮感はない。

「これは驚いた。正直、これほどとは思わなかったぞ」
「俺もですよ」

 これは正直な感想だ。
 剣術の腕なら、ジェラルドはイアンより上だろう。
 ゲルート帝国のスパイとして特殊な訓練を受けていたイアンを上回ると考えれば、剣術学院の一生徒の域をはるかに超えている。
 俺がいまと違った環境で育ち、魔眼やアレクサンドリート流剣術がなければ、勝負の行方は別のものになっていただろう。

 俺の放つ攻撃をジェラルドは後退しながら受け続ける。
 剣で受けるだけではなく、周りにあるテーブルや椅子までも盾代わりに利用している。
 辺りには俺が真っ二つにしたテーブルや椅子やらの残骸が増えていった。

 まるで右脚の痛みがないかのように、ジェラルドは忙しなく動く。
 床には右脚から滴った血が点々と続いている。
 その血に足を滑らせたのは俺だった。

「なっ……!?」

 ジェラルドがニヤリと笑う。
 これを狙っていた?
 劣勢と思わせておいて、自らの負傷まで利用するジェラルド。
 ここまで計算していたのなら、本当にたいした男だ。
 間違いなくウルズ剣術学院で最強の生徒だろう。
 大人の冒険者相手にも十分通用するだろうし、並の教師じゃ到底敵わないのも納得だ。
 そして――俺の鼻先をジェラルドの振るった剣が掠める。

「これも躱すのか……!?」

 ああ、躱す。
 確かにジェラルドは強い。
 だけど、両手に剣を握った俺は誰にも負けられない。
 七百年続いたアレクサンドリート流剣術に敗北はない!

 ジェラルドを壁際まで追い詰めた。
 もう後ろに跳んで避けることはできない。
 テーブルを掴んだが構いやしない。
 俺はテーブルごとジェラルドに強烈な一撃を叩き込んだ。

 アレクサンドリート流剣術、横薙ぎ技〈スレヴィ〉!!

「うっ……! がはっ……!」

 テーブルが壊れた破砕音と、ジェラルドの呻きが重なる。
 俺はテーブルの破片を剣で払いのけ、ジェラルドの首筋に剣を突きつけた。

「俺の勝ちです。バリスタのところへ案内してください。俺はあれを止めなきゃならない」

 ジェラルドは壁を背にしてずるずると膝を落としていく。
 もう立つこともままならないはずだ。
 テーブルで衝撃を軽減したとはいえ、ジェラルドの制服は大きく破れ、元々あった傷痕をなぞるように新たな傷が浮かんでいる。
 胸部の骨も何本か折れているだろう。
 それでも意識を保っているのはジェラルドの執念か意地か。
 それからジェラルドは尻を床に着けると、俺を見上げて大きなため息を吐いた。

「後輩……剣術ではおまえの勝ちだ。これがおまえの剣術か……」

 直後、俺の後頭部に衝撃が走った。

「――っ!?」

 目の前に折れた椅子の脚や木片が舞っている。
 背後から頭を殴られたのだと気付く。
 振り返るまでもない、すぐに声がしたからだ。

「残念だったな。おれがいるのを忘れていたか?」

 声の主はトラヴィスだ。
 いつの間にか目を覚まして俺に忍び寄っていたらしい。
 頭から流れた血が首筋を伝って、制服の中にまで染みこんでくる。
 俺はかろうじて意識を保っていたが、まさに不意の一撃だった。
 たまらず膝をつく。

「ちっ、やりすぎだ。クソ兄貴」
「へっ、助けてやったのに何だその言い草は」

 俺はすぐに立ち上がれそうもない。
 ズキンズキンと頭に痛みが響く。
 ジェラルドは不満げな顔だったが、俺の前に回ったトラヴィスは狡猾な笑みを浮かべていた。

「へぇ、まだ落ちないのか。本気でぶん殴ったんだけどなぁ。しかしまあ、リチャードのおっさんに勝ったっつーのも本当かもしれねぇな。たいしたやつだぜ。おまえ、卒業したらミリカ団に来いよ。おれが親父に口利いてやるからよ」
「呑気なことを言ってる場合か、本当にやりすぎだ。兄貴、治癒魔法は使え……るわけないな」
「おれが魔法を使ったこと一度でも見たことあるか? おまえの舎弟どもの中に使えるやつはいねぇのかよ?」

 どうやら俺の傷の具合は相当酷いらしい。
 取りあえずの応急手当をしようとしてくれているみたいだが、生憎この二人は治癒魔法は使えないようだ。
 俺は意識を保つので精一杯だ。
 それもいつまで保つかわからない。
 魔眼を維持する余裕もなく、俺は体力回復に専念する。

「……いるにはいるが、この上だ」
「ああ、そういうことか」

 ジェラルドは天井を見上げて言う。
 トラヴィスは納得したように頷いた。
 ジェラルドが校舎破壊宣言をする前、校庭に大きな窪みができていた。
 あれは魔法の仕業だったはずだ。
 死竜クラスにあれほどの攻撃魔法を使えた生徒がいたことも驚きだが、その生徒が上階にいるとはどういうことだ。
 この上にはバリスタがあるぐらいだ……。

 二人の会話に耳を傾けていたが、そろそろ俺の意識も飛びそうだ。
 視界が暗くなる直前聞こえたのは、ジェラルドの言葉だった。

「ひとまず上に連れていく。このままじゃマズいだろう」
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