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第二章 死竜の砦

第二十一話「あの時の約束」

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「俺が……逃げただと? ノエル……いったい、何の話だ?」

 ノエルの振るう剣を躱して、ロイドが聞き返す。

「とぼけるのはナシだぜ。俺に負けるのが怖かったのか?」
「……ひょっとして、俺が剣術学院に入ったことを言ってるのか?」

 ノエルとロイドの父親同士は兄弟だ。
 二人ともこのウルズの町では名工と名高い鍛冶職人で、同じ親方から学び独立して鍛冶工房を持った。
 当然、その息子であるロイドとノエルも幼い頃より、父親の仕事に興味を持ち工房に出入りしていた。
 ロイドとノエルが鍛冶師の真似事を始めたのは自然な流れだった。

 互いに鍛冶師としての腕を磨き、将来は父の跡を継ぎ鍛冶職人になるんだと切磋琢磨していた。
 二人の父親もそれを自慢に思っていたに違いない。
 しかし、幼年学校の卒業を間近に控えたロイドとノエルの進路が、これまでの状況を大きく変えることになった。

 一般学校に進みながら本格的に父親に弟子入りしようとしていたノエルに対し、ロイドが選択した進路は剣術学院だったのだ。
 しかも剣を打つほうは学んでも、振るうほうは学んだことのないロイドがだ。

「剣術学院に入学することを決めたとおまえに言われた時、俺は頭が真っ白になった。互いに親父の跡を継いで、王都で一番の鍛冶職人を競い合うと思ってたからだ」
「…………」
「なのに、おまえは剣術の心得もないくせに、剣術学院にいくと言った。どうして逃げた!」

 ノエルは積年の不満をぶつけるように言い放つ。

「……逃げたもなにも、うちには兄貴がいるから親父の工房を継ぐのは俺じゃない。それに、剣術学院に興味があったのは本当だ。男なら誰だって冒険者に憧れるだろう? おまえだって、結局は剣術学院に入学したじゃねぇか」
「おまえの兄貴は関係ねぇ。俺はおまえが逃げたから、ここまで追ってきた。俺はこの先もずっとおまえと競い合う。ガキの頃からそうだったようにな」

 ロイドから剣術学院への進学を聞いたノエルは、自らの進路を一般学校から剣術学院へと変更した。

「ああ、だからいまでも張り合ってんだろうが。くだらない争いも増えたけどな」
「それは、おまえが鍛冶職人になる道を捨てたからだ」
「……捨てたって、んなわけねぇだろ? 現に俺はいまでも親父や兄貴の手伝いで――」
「ああ、剣術の片手間にな。鍛冶職人としての腕は、この四年でどれだけ成長した? 剣術の稽古をしている暇があったら、もっと上達していたはずだぜ」

 一般学校のほうが授業時間は短い。
 というのも、家の仕事や他のことをする時間を確保するためだ。
 一方、剣術学院は剣術を専門に学ぶところである。
 そのため午後にも授業があるし、課題も出されるので他のことをする余裕もなくなるのだ。

「いや、それを言われたら返す言葉もないけどよ。剣術だって、ズブの素人だった俺がいまやザルドーニュクス流の初級を取ったんだぜ」
「俺に対する当てつけか。俺も同じザルドーニュクス流でありながら、いまだに初級すら取れていないからな。だが、鍛冶の腕はおまえとは比べものにならないぐらい上達した!」

 剣術の腕ではロイドのほうが上だ。
 そして同じ流派であるがゆえ、その差は明確に現れる。
 しかし、それを武器の差でノエルが互角の状態にまで持っていっていた。
 二人ともかなり息が上がっている。
 互いに決め手を欠いたまま、時間だけが過ぎていく。
 それでも、剣を交えながら会話は続いていった。

「おい、おまえの言い方だと俺が鍛冶職人になることを、諦めたみたいになってるぞ。もし、そうなら完全に誤解だぜ。現に俺は親父や兄貴の手ほどきを、いまでも受けている。だけど、剣術に心血を注いでいるのも事実だ。どっちが大事かなんて、いまはハッキリと答えることはできない。卒業まであと一年半もあるんだ。じっくり考えさせろって」
「五年にもなって迷ってる時点で、おまえは駄目なんだよっ!」

 ノエルの剣がロイドの頬を掠めた。
 ロイドの左頬に薄く血が滲んだ。

「鍛冶も剣術も俺は本気だぜ!」 
「口では何とでも言える! おまえみたいな凡庸な男が二つを極めるのは無理な話だ! 現に剣術でさえ、俺に勝てないでいるだろうが!」
「言葉でわからねぇなら、俺の気合いで示すしかねぇな」
「何が気合いだ! 気合いや根性でどうにかなる問題じゃねぇぇぇっ!」

 ノエルが叫びながら、さっきまでより数段早い斬撃を繰り出した。
 ロイドは避けるのは無理だと判断して、咄嗟に木剣で受けた。
 だが、木剣で剣を受けることはできない。
 あっさりとロイドの木剣に、ノエルの振り下ろした剣が食い込んだ。
 このままだと木剣は真っ二つになるし、ロイドも大怪我するだろう。

「ロイド! おまえの中途半端な戯れ言を、いま俺が打ち砕いてやるっ!」
「くっ……!」

 緊迫した状況の中で、ロイドはアルバートの母リネットから教えられたことを思い返していた。



 ◆ ◆ ◆



「ロイドくんは力に頼りすぎているところがあるわね」

 リネットはロイドの二の腕を叩きながら言った。

「でも、ザルドーニュクス流は力でぶった斬る剛の剣だし……」
「確かにそうだけど、ザルドーニュクス流にも相手の力を利用する技があるわ」
「いや、あれ結構難いんですよ。それに俺に合ってないっていうか」

 ロイドは頭をかいた。
 確かにリネットの言うように、ザルドーニュクス流剣術にもそういった技は存在する。
 しかし、ロイドはあまり熱心に覚えようとしなかった。
 自慢の腕力を活かした剣技を伸ばそうと考えたからだ。

「じゃあ、いま練習しましょうか。わたしが見てあげるわ。その技を習得すれば、岩だって斬れるわよ」
「え、岩は無理でしょ」
「そんなことないわ。冒険者だって熟練すれば、岩より硬いドラゴンの皮膚を斬るんだから」
「は、はあ……」

 リネットは言う。
 力だけでは斬れないものを、別のもので補うことを覚えればもっと強くなれる。
 自分たち風竜クラスの五人もそうじゃないのかと。



 ◆ ◆ ◆



(……よし、やってみるか)

 ロイドは一瞬、力を抜いた。
 意表を突かれたノエルは体勢を崩した。
 その隙に、ロイドは木剣を手元に戻し、ノエルの側面に回る。
 ノエルはすぐにロイドに向き直った。

「ノエル、俺は鍛冶職人になるのを諦めたわけじゃないぜ。おまえには俺が逃げたり、遠回りしているように見えたかもしれないが、俺は俺でいまを精一杯生きてんだよ。誰にも文句は言わせねぇ」
「何をいまさら! 中途半端な志なら、俺がその腕たたき斬ってやるぞッ!」

 突っ込んでくるノエルのタイミングを見計らって、ロイドは剣技を繰り出す。
 少しでもタイミングを間違えれば、ロイドは斬られるだろう。

(向かってくるノエルの力を利用する! リネットさんに付き合ってもらって練習した技だ!)

 ロイドに迷いはなかった。
 完璧なタイミングで、ノエルの動きに合わせた。

「いっけぇぇぇぇぇっ!」

 ザルドーニュクス流剣術の横薙ぎ技が、吸い込まれるようにノエルの腹部に直撃した。
 ノエルは吹っ飛んで床に背中を強打した。
 背中の痛みは大したことではないだろうが、腹部に受けた強烈な一撃は勝負を決めるには十分なものだった。
 まともに食らったノエルは、上半身を起こすことすらできない。

「はあっ、はあっ……どうだ、俺の勝ちだ」

 返事はなかった。
 ノエルは気を失っていたのだ。
 ロイドはそれに気付くと、その場にへたり込んだ。
 握っていた木剣を取り落とす。
 いまの一撃で折れていた。

「ノエル……鍛冶の腕もすぐに追いついてやるぜ。……その時は勝負しようぜ。あの時の約束……王都一の座を賭けて競い合う……俺は忘れてねぇぞ」

 ロイドは倒れているノエルに向かって言った。
 そして自らも膝をつき、そのままうつ伏せに倒れる。

「アル、みんな……あとは頼んだぜ……」

 力を出し尽くしたロイドは、一時の休息を求めた。
 そして、ゆっくりと目を閉じたのだった。
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