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第二章 死竜の砦
第十三話「ミリカ団の情報」
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昨晩の仕事で走り回ったせいで俺は疲れていた。
人の魔眼を何だと思ってるんだ、とブランドン先生の顔を思い浮かべ悪態をつく。
剣術学院から学院寮に帰宅した俺は、着替えもせずにベッドで眠っていたようだ。
その貴重な睡眠時間をあざ笑うかのように、部屋のドアがノックされた。
「ん……誰だよ。俺にも休息の権利はあるだろう……無視だ」
睡眠は一時的に邪魔されたが、どうせ寮生の誰かだろうと無視して布団を頭から被った。
しかしノックは止まない。
それどころか、拳を叩きつけるような激しい音に変化する。
「あー! うるさいって!」
仕方なくベッドから起き上がり、ドアに近づいていく。
「俺だ。開けてくれるかい」
今一番聞きたくない声を聞いて、俺は渋々ドアを解錠しノブをひねった。
そこにいたのは、声の主ブランドン先生の他に寮生が二人。
両隣の部屋の二年生と三年生の少年だった。
あまりに激しいノックの音だったので何事かと思い、部屋から出てきたらしい。
二年生の少年がブランドン先生に尋ねる。
「先生、どうしたんですか? わざわざ学院寮まで訪ねて来られるなんて。何かあったんですか?」
まだ十三歳の少年だ。
不思議そうにブランドン先生を見上げて首を傾げている。
「ああ、大きな音を立ててすまないね。きみたちの先輩である五年生アルバート・サビアくんが、忘れ物をしたのでわざわざ届けに来たんだよ」
「そうなんですね。わかりましたー」
「アル兄ちゃん、忘れ物だって。もう、しっかりしろよなー」
二人の少年は頷くと、それぞれの部屋に戻っていった。
そして、にこやかに手を振って少年たちを見送っていたブランドン先生の表情が真顔になり、視線だけを俺に向けた。
「部屋に入れてくれるかな。きみに頼まれていた件、調べてきたよ」
「本当か!? 仕事が早くて助かる」
「取りあえず、中で話そう」
有無を言わせない勢いで俺を部屋の中へと押し戻しながら、ブランドン先生は後ろ手でドアを閉めた。
ブランドン先生は壁に目をやると、目を細めて訊いてきた。
「ここでの会話、隣に筒抜けじゃないだろうね? 俺が学院寮に住んでた頃は、それはもう薄い壁だったからさ」
学院寮は年季の入った建物だ。
俺はベッド脇の壁をちょっと強めにノックする。
それほど間を置かずに、壁の向こうから声がした。
「アル兄ちゃん、何ー?」
さっきの三年生の声だ。
俺は心持ち大きな声で返答する。
「ごめん、何でもないぞー。ちょっと足伸ばしたら当たっただけだから気にするなー」
「うんー、わかったー」
俺は視線を壁からブランドン先生に戻すと、口調を変えて言う。
「ブランドン先生が住んでた頃と変わってないみたいだな。でも、大きな声を出さなければ大丈夫だろ。それで、何かわかったのか?」
ブランドン先生は、困ったような顔でうなずいた。
「授業が終わってから声をかけようと思っていたのに、きみは俺に目もくれずにそそくさと帰ってしまうんだからまいったよ」
「……悪かったな。昨晩、誰かさんにこき使われたおかげで、眠くて仕方がなかったんだ。だから、みんなとの話し合いもできなかったんだぞ。それで、情報は?」
「まさか、闇ギルドを調べてくれなんて言われると思わなかったよ。まず左目の下に傷のある男だけど、こいつはミリカ団の一員だね。入って五年ほどだが一応幹部らしい」
「そいつ、剣術学院の卒業生か?」
「……よくわかったね。ひょっとして知り合いかい?」
「いや、何となくそう思っただけだ」
「そうかい。続けるよ、名はトラヴィス・ミリカ」
「ミリカ?」
「団長のジム・ミリカの息子だね」
トラヴィス・ミリカ二十三歳。
団長ジム・ミリカの七男で、ミリカ団の幹部。
六人の兄は他の闇ギルドとの抗争で全員亡くなっている。
ウルズ剣術学院死竜クラスの卒業生だ。
剣術はグラナート流の初級。
「団長の息子か。もう一人は?」
「そっちは幹部でも団長のジムに次ぐ副団長という地位だね。リチャード・フィークス」
リチャード・フィークス四十三歳。
この男もウルズ剣術学院の出身で、死竜クラスだったようだ。
ただし四年で中退している。
その後、冒険者になったが三年で廃業し、様々な職を転々とする。
金に困って食い詰めていたところをミリカ団のボス、ジムに拾われた。
リチャードは持ち前の腕っ節からメキメキ頭角を現わし、ジムの右腕にまで成り上がった。
ちなみに剣術の腕前はグラナート流の中級。
しかし、これは二十年以上前の冒険者だった頃の話なので、いまは当てにならない。
「最後に一つ、母親は違うが、ジェラルドもジムの末の息子だよ。ジェラルドは母方の家名を名乗っているようだけどね」
「ジェラルドが……!? じゃあ、腹違いの兄と会ってたってことか?」
「目撃情報が確かなら、そうなるね。兄弟が会うことは別におかしなことじゃない。単に仲良く話していただけかもしれないよ」
「…………ちょっと整理させてくれ」
死竜の砦の一階には様々な店がある。
その店で売られている商品の仕入れ先は、すべてこのウルズ剣術学院の卒業生でいずれも死竜クラス出身者だ。
そして、ジェラルドが密会していた相手は、腹違いの兄であるトラヴィス。
そのトラヴィスはミリカ団の団長ジムの息子で、ジェラルドもそうだという。
「集めた情報では少なすぎる。これでは、ジェラルドの目的はわからない」
「死竜の砦内部の構造はどこまでわかったんだい?」
「そっちは全然だ。職人は足がつかないように他の町から集めたらしい。設計図は複数存在しているということしか……」
明日にでもみんなの持っている情報をまとめる必要があるな。
「まさか、ミリカ団に忍び込もうなんて考えていないよね?」
「ロイドにも同じこと言われたよ。いくら俺でもそんな無茶はしないさ」
俺が欲しいのはジェラルドが何を企んでいるのかと、死竜の砦二階以上の内部構造の情報だ。
ミリカ団の屋敷にその答えがあると確定じゃない以上、忍び込むメリットはない。
仮に俺がミリカ団の屋敷で大立ち回りを演じても勝つ自信はあるが、他の闇ギルドや警察、軍に目を付けられるといったデメリットが大きすぎる。
「それを聞いて安心したよ」
「……というと?」
「そんなこと教師として許可できるわけないからね。きみは大丈夫でも、彼らの報復は尋常じゃないよ。きみは仲間全員を守りきることができるかい? 下手をすれば殺される。一応、念のため忠告しておくよ」
そうだな、狙われるのは俺だけじゃない。
ミリカ団に近づくのは、やめておいたほうがいいだろう。
「ところで、エドガーの様子はどうだい? ダリア先生も心配していたよ」
「ああ、今日も食堂ですれ違ったけど変化はない。学院長への話はどうなってる?」
「……ふむ。エドガーに変化はなかったかい? 今朝の段階で、学院長からエドガーのほうに死竜の砦の話はされているはずなんだけどね」
「そうか。昼に見た時は、エドガーはいつもどおりだったな。やっぱり、そう簡単にはいかないか」
ブランドン先生が帰った後、俺は今後の動きをまとめるために机に向かった。
さて、明日からどうするか……。
平穏を望む俺に、どうも周りはそっとしといてくれないようだ。
人の魔眼を何だと思ってるんだ、とブランドン先生の顔を思い浮かべ悪態をつく。
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睡眠は一時的に邪魔されたが、どうせ寮生の誰かだろうと無視して布団を頭から被った。
しかしノックは止まない。
それどころか、拳を叩きつけるような激しい音に変化する。
「あー! うるさいって!」
仕方なくベッドから起き上がり、ドアに近づいていく。
「俺だ。開けてくれるかい」
今一番聞きたくない声を聞いて、俺は渋々ドアを解錠しノブをひねった。
そこにいたのは、声の主ブランドン先生の他に寮生が二人。
両隣の部屋の二年生と三年生の少年だった。
あまりに激しいノックの音だったので何事かと思い、部屋から出てきたらしい。
二年生の少年がブランドン先生に尋ねる。
「先生、どうしたんですか? わざわざ学院寮まで訪ねて来られるなんて。何かあったんですか?」
まだ十三歳の少年だ。
不思議そうにブランドン先生を見上げて首を傾げている。
「ああ、大きな音を立ててすまないね。きみたちの先輩である五年生アルバート・サビアくんが、忘れ物をしたのでわざわざ届けに来たんだよ」
「そうなんですね。わかりましたー」
「アル兄ちゃん、忘れ物だって。もう、しっかりしろよなー」
二人の少年は頷くと、それぞれの部屋に戻っていった。
そして、にこやかに手を振って少年たちを見送っていたブランドン先生の表情が真顔になり、視線だけを俺に向けた。
「部屋に入れてくれるかな。きみに頼まれていた件、調べてきたよ」
「本当か!? 仕事が早くて助かる」
「取りあえず、中で話そう」
有無を言わせない勢いで俺を部屋の中へと押し戻しながら、ブランドン先生は後ろ手でドアを閉めた。
ブランドン先生は壁に目をやると、目を細めて訊いてきた。
「ここでの会話、隣に筒抜けじゃないだろうね? 俺が学院寮に住んでた頃は、それはもう薄い壁だったからさ」
学院寮は年季の入った建物だ。
俺はベッド脇の壁をちょっと強めにノックする。
それほど間を置かずに、壁の向こうから声がした。
「アル兄ちゃん、何ー?」
さっきの三年生の声だ。
俺は心持ち大きな声で返答する。
「ごめん、何でもないぞー。ちょっと足伸ばしたら当たっただけだから気にするなー」
「うんー、わかったー」
俺は視線を壁からブランドン先生に戻すと、口調を変えて言う。
「ブランドン先生が住んでた頃と変わってないみたいだな。でも、大きな声を出さなければ大丈夫だろ。それで、何かわかったのか?」
ブランドン先生は、困ったような顔でうなずいた。
「授業が終わってから声をかけようと思っていたのに、きみは俺に目もくれずにそそくさと帰ってしまうんだからまいったよ」
「……悪かったな。昨晩、誰かさんにこき使われたおかげで、眠くて仕方がなかったんだ。だから、みんなとの話し合いもできなかったんだぞ。それで、情報は?」
「まさか、闇ギルドを調べてくれなんて言われると思わなかったよ。まず左目の下に傷のある男だけど、こいつはミリカ団の一員だね。入って五年ほどだが一応幹部らしい」
「そいつ、剣術学院の卒業生か?」
「……よくわかったね。ひょっとして知り合いかい?」
「いや、何となくそう思っただけだ」
「そうかい。続けるよ、名はトラヴィス・ミリカ」
「ミリカ?」
「団長のジム・ミリカの息子だね」
トラヴィス・ミリカ二十三歳。
団長ジム・ミリカの七男で、ミリカ団の幹部。
六人の兄は他の闇ギルドとの抗争で全員亡くなっている。
ウルズ剣術学院死竜クラスの卒業生だ。
剣術はグラナート流の初級。
「団長の息子か。もう一人は?」
「そっちは幹部でも団長のジムに次ぐ副団長という地位だね。リチャード・フィークス」
リチャード・フィークス四十三歳。
この男もウルズ剣術学院の出身で、死竜クラスだったようだ。
ただし四年で中退している。
その後、冒険者になったが三年で廃業し、様々な職を転々とする。
金に困って食い詰めていたところをミリカ団のボス、ジムに拾われた。
リチャードは持ち前の腕っ節からメキメキ頭角を現わし、ジムの右腕にまで成り上がった。
ちなみに剣術の腕前はグラナート流の中級。
しかし、これは二十年以上前の冒険者だった頃の話なので、いまは当てにならない。
「最後に一つ、母親は違うが、ジェラルドもジムの末の息子だよ。ジェラルドは母方の家名を名乗っているようだけどね」
「ジェラルドが……!? じゃあ、腹違いの兄と会ってたってことか?」
「目撃情報が確かなら、そうなるね。兄弟が会うことは別におかしなことじゃない。単に仲良く話していただけかもしれないよ」
「…………ちょっと整理させてくれ」
死竜の砦の一階には様々な店がある。
その店で売られている商品の仕入れ先は、すべてこのウルズ剣術学院の卒業生でいずれも死竜クラス出身者だ。
そして、ジェラルドが密会していた相手は、腹違いの兄であるトラヴィス。
そのトラヴィスはミリカ団の団長ジムの息子で、ジェラルドもそうだという。
「集めた情報では少なすぎる。これでは、ジェラルドの目的はわからない」
「死竜の砦内部の構造はどこまでわかったんだい?」
「そっちは全然だ。職人は足がつかないように他の町から集めたらしい。設計図は複数存在しているということしか……」
明日にでもみんなの持っている情報をまとめる必要があるな。
「まさか、ミリカ団に忍び込もうなんて考えていないよね?」
「ロイドにも同じこと言われたよ。いくら俺でもそんな無茶はしないさ」
俺が欲しいのはジェラルドが何を企んでいるのかと、死竜の砦二階以上の内部構造の情報だ。
ミリカ団の屋敷にその答えがあると確定じゃない以上、忍び込むメリットはない。
仮に俺がミリカ団の屋敷で大立ち回りを演じても勝つ自信はあるが、他の闇ギルドや警察、軍に目を付けられるといったデメリットが大きすぎる。
「それを聞いて安心したよ」
「……というと?」
「そんなこと教師として許可できるわけないからね。きみは大丈夫でも、彼らの報復は尋常じゃないよ。きみは仲間全員を守りきることができるかい? 下手をすれば殺される。一応、念のため忠告しておくよ」
そうだな、狙われるのは俺だけじゃない。
ミリカ団に近づくのは、やめておいたほうがいいだろう。
「ところで、エドガーの様子はどうだい? ダリア先生も心配していたよ」
「ああ、今日も食堂ですれ違ったけど変化はない。学院長への話はどうなってる?」
「……ふむ。エドガーに変化はなかったかい? 今朝の段階で、学院長からエドガーのほうに死竜の砦の話はされているはずなんだけどね」
「そうか。昼に見た時は、エドガーはいつもどおりだったな。やっぱり、そう簡単にはいかないか」
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