43 / 67
第二章 死竜の砦
第七話「子を想う母」
しおりを挟む
母さんの提案で、ウルズの町に滞在している間は俺の仲間に剣の稽古をつけてくれることになった。
Sランク冒険者が稽古をつけてくれるとあって、セシリアたちは喜んでいた。
親父は日が暮れる前から酒場に繰り出し、爺さんは次の冒険へとすでに旅立っている。
「おらああああああああっ!」
ロイドが豪快に剣を振り下ろす。
ここは親父たちのパーティーが宿泊している宿の中庭だ。
高い宿らしく安い宿ならすっぽり収ってしまうくらいの広さがあった。
なので母さんが許可を取って俺の仲間に剣を教えてくれている。
「ロイドくん、力が入りすぎだよ~。それを避けられたら反撃をまともに喰らっちゃうから、次の動きを意識してね」
言いながら母さんは、ロイドの腕や体の向き、そして踏み込む際の足の位置などを事細かに指摘し手本を見せている。
「アルのお母様って教えるの上手ね。比べるのは悪いけれど、ブランドン先生よりわかりやすいわ」
ブレンダが汗を拭いながら言った。
隣で立っていた俺もそう思っていた。
「そうか。俺が褒められてるみたいで嬉しいよ」
「それに見た目も綺麗だし……お肌のお手入れとかどうしているのか気になるわ。あとで訊いてみようかしら」
ブレンダも俺の母さんに興味津々だった。
母さんの指導を受けて三日目。
明日の朝には旅立つらしいので、今日が最後の稽古となる。
たった三日間だったけど、みんな見違えるように上達しているように感じた。
あのハロルドでさえ、家での稽古よりこっちを優先するのだから驚いた。
しばらくして、一通り指導を終えた母さんが俺のところへやってきた。
「ねえ、アル。セシリアちゃんへの誕生日プレゼントうまくいったみたいね」
「まあな」
母さんの視線先にはセシリアがいた。
そのセシリアの左手人差し指には指輪がはめられている。
二日前のセシリアの誕生日に俺が贈ったものだ。
決して高いものではなく、俺がもらったベルトの半分以下の値段だろう。
侯爵令嬢のセシリアならあれより何倍も高いものを買えるはずだ。
それでも、セシリアは満面の笑みで喜んでくれたのだ。
「母さんのおかげだよ。ありがとな」
「ううん。きっとセシリアちゃんはアルからのプレゼントなら何でも喜んでくれたはずだよ」
「そうかな?」
「そうよ」
「ところで母さん、俺の仲間はどうだい?」
「うん、すごくいい子たちで安心したわ。アルに何かと構ってくれるセシリアちゃんに、大人っぽい魅力持つしっかり者のブレンダちゃん、それと守ってあげたくなるような愛らしさのあるミリアムちゃん。アルの本命はどの子なのかしらぁ? あっ、待って! いま当てるから、ちょっとだけ考えさせて~」
母さんはそう言うと、人差し指を顎にあてがいながら考える素振りを見せた。
「い、いや……そうじゃなくて。剣術のほうだって!」
「…………な~んだ、つまらない」
母さんは拗ねたように唇を尖らせた。
「そうねぇ、ロイドくんは……」
それから母さんはロイドから順番に現状の問題点を指摘していった。
中には俺も気付かなかったことも含まれていて、母さんの見る目に改めて驚かされる。
「あとアルはねぇ……」
「俺もか。何ですか大先生。俺に足りないものをご教授お願いできますかね?」
「剣術に関してはわたしが教えられることはないわ。わたしが勝手に口を出すと、お父さんが怒るんだもの」
確かにな。
俺は母さんはおろか親父にさえ剣を習ったことはない。
まあ、親父の場合は武器が大斧ってのもあるが。
あくまで俺の師匠は爺さんなのだ。
そして爺さんも親父や母さんが口出しするのを良しとはしないだろう。
アレクサンドリート流剣術。
それはサビア家の直系男子にのみ継承される秘伝だ。
たとえば子が二人いたなら、長男にしか継承されない。
したがって、母さん自身も爺さんからは何一つ教わっていないのだ。
その母さんの剣術はアレクサンドリート流剣術に似ているが、あくまで我流。
教えてくれない爺さんの技を盗み見て稽古に励んだらしい。
「わたしが言いたいのは、アルの進む道についてよ」
「俺の……進む道?」
「アルはいずれアレクサンドリート流を継承するつもり?」
「まあな。俺が継がなきゃ爺さんがいつまで経っても冒険者を引退できないし、絶対に負けられないという重圧を年寄りにずっと背負わせるというのも酷な話だ」
「それはそうなんだけど、わたしが訊きたいのはアル自身の気持ちよ」
「俺の気持ちか……正直な話、継がなくていいのならそのほうが気が楽だよ。生涯を剣に捧げる覚悟なんてまだないし、これから先そんな気持ちが芽生えるかもわからない」
本当にそう思う。
剣聖へ挑戦する約束は取り付けたが、彼を倒して世界最強を目指そうなんてこれっぽっちも考えちゃいない。
俺は平穏に暮らしたい。いい感じに歳を取って、穏やかな生活を送りたいと、このごろ特にそう思う。
「わたしはアルの好きにしたらいいと思うの。アレクサンドリート流を継がなくてもいいし、もし継いでも無敗に拘らなくてもいいと思ってる」
「それはどちらに転んでも爺さんが怒るだろ」
「うん、間違いなくね。お父さんは七百年の伝統に縛られすぎているから」
「……だよな」
「でもね、アルが決めたことならわたしも、あなたのお父さんも絶対に応援するわよ。そして、いまここにいるあの子たちもきっと力になってくれるわ」
母さんは嬉しそうにセシリアたちを眺める。
「もしそうなったら心強いな」
「うん。……さてと、あんまりアルに構ってばかりだとミディールが拗ねるから、わたしもお酒飲みに行こっかな~」
そう言って母さんは立ち上がった。
「あんまり飲み過ぎるなよ。明日からまた冒険に出るんだろ?」
「そうよ、だからしっかりと英気を養わないよねっ」
母さんは笑いながら酒を飲む仕草を見せた。
こうして俺は、久し振りの母との会話に少し癒やされた。
Sランク冒険者が稽古をつけてくれるとあって、セシリアたちは喜んでいた。
親父は日が暮れる前から酒場に繰り出し、爺さんは次の冒険へとすでに旅立っている。
「おらああああああああっ!」
ロイドが豪快に剣を振り下ろす。
ここは親父たちのパーティーが宿泊している宿の中庭だ。
高い宿らしく安い宿ならすっぽり収ってしまうくらいの広さがあった。
なので母さんが許可を取って俺の仲間に剣を教えてくれている。
「ロイドくん、力が入りすぎだよ~。それを避けられたら反撃をまともに喰らっちゃうから、次の動きを意識してね」
言いながら母さんは、ロイドの腕や体の向き、そして踏み込む際の足の位置などを事細かに指摘し手本を見せている。
「アルのお母様って教えるの上手ね。比べるのは悪いけれど、ブランドン先生よりわかりやすいわ」
ブレンダが汗を拭いながら言った。
隣で立っていた俺もそう思っていた。
「そうか。俺が褒められてるみたいで嬉しいよ」
「それに見た目も綺麗だし……お肌のお手入れとかどうしているのか気になるわ。あとで訊いてみようかしら」
ブレンダも俺の母さんに興味津々だった。
母さんの指導を受けて三日目。
明日の朝には旅立つらしいので、今日が最後の稽古となる。
たった三日間だったけど、みんな見違えるように上達しているように感じた。
あのハロルドでさえ、家での稽古よりこっちを優先するのだから驚いた。
しばらくして、一通り指導を終えた母さんが俺のところへやってきた。
「ねえ、アル。セシリアちゃんへの誕生日プレゼントうまくいったみたいね」
「まあな」
母さんの視線先にはセシリアがいた。
そのセシリアの左手人差し指には指輪がはめられている。
二日前のセシリアの誕生日に俺が贈ったものだ。
決して高いものではなく、俺がもらったベルトの半分以下の値段だろう。
侯爵令嬢のセシリアならあれより何倍も高いものを買えるはずだ。
それでも、セシリアは満面の笑みで喜んでくれたのだ。
「母さんのおかげだよ。ありがとな」
「ううん。きっとセシリアちゃんはアルからのプレゼントなら何でも喜んでくれたはずだよ」
「そうかな?」
「そうよ」
「ところで母さん、俺の仲間はどうだい?」
「うん、すごくいい子たちで安心したわ。アルに何かと構ってくれるセシリアちゃんに、大人っぽい魅力持つしっかり者のブレンダちゃん、それと守ってあげたくなるような愛らしさのあるミリアムちゃん。アルの本命はどの子なのかしらぁ? あっ、待って! いま当てるから、ちょっとだけ考えさせて~」
母さんはそう言うと、人差し指を顎にあてがいながら考える素振りを見せた。
「い、いや……そうじゃなくて。剣術のほうだって!」
「…………な~んだ、つまらない」
母さんは拗ねたように唇を尖らせた。
「そうねぇ、ロイドくんは……」
それから母さんはロイドから順番に現状の問題点を指摘していった。
中には俺も気付かなかったことも含まれていて、母さんの見る目に改めて驚かされる。
「あとアルはねぇ……」
「俺もか。何ですか大先生。俺に足りないものをご教授お願いできますかね?」
「剣術に関してはわたしが教えられることはないわ。わたしが勝手に口を出すと、お父さんが怒るんだもの」
確かにな。
俺は母さんはおろか親父にさえ剣を習ったことはない。
まあ、親父の場合は武器が大斧ってのもあるが。
あくまで俺の師匠は爺さんなのだ。
そして爺さんも親父や母さんが口出しするのを良しとはしないだろう。
アレクサンドリート流剣術。
それはサビア家の直系男子にのみ継承される秘伝だ。
たとえば子が二人いたなら、長男にしか継承されない。
したがって、母さん自身も爺さんからは何一つ教わっていないのだ。
その母さんの剣術はアレクサンドリート流剣術に似ているが、あくまで我流。
教えてくれない爺さんの技を盗み見て稽古に励んだらしい。
「わたしが言いたいのは、アルの進む道についてよ」
「俺の……進む道?」
「アルはいずれアレクサンドリート流を継承するつもり?」
「まあな。俺が継がなきゃ爺さんがいつまで経っても冒険者を引退できないし、絶対に負けられないという重圧を年寄りにずっと背負わせるというのも酷な話だ」
「それはそうなんだけど、わたしが訊きたいのはアル自身の気持ちよ」
「俺の気持ちか……正直な話、継がなくていいのならそのほうが気が楽だよ。生涯を剣に捧げる覚悟なんてまだないし、これから先そんな気持ちが芽生えるかもわからない」
本当にそう思う。
剣聖へ挑戦する約束は取り付けたが、彼を倒して世界最強を目指そうなんてこれっぽっちも考えちゃいない。
俺は平穏に暮らしたい。いい感じに歳を取って、穏やかな生活を送りたいと、このごろ特にそう思う。
「わたしはアルの好きにしたらいいと思うの。アレクサンドリート流を継がなくてもいいし、もし継いでも無敗に拘らなくてもいいと思ってる」
「それはどちらに転んでも爺さんが怒るだろ」
「うん、間違いなくね。お父さんは七百年の伝統に縛られすぎているから」
「……だよな」
「でもね、アルが決めたことならわたしも、あなたのお父さんも絶対に応援するわよ。そして、いまここにいるあの子たちもきっと力になってくれるわ」
母さんは嬉しそうにセシリアたちを眺める。
「もしそうなったら心強いな」
「うん。……さてと、あんまりアルに構ってばかりだとミディールが拗ねるから、わたしもお酒飲みに行こっかな~」
そう言って母さんは立ち上がった。
「あんまり飲み過ぎるなよ。明日からまた冒険に出るんだろ?」
「そうよ、だからしっかりと英気を養わないよねっ」
母さんは笑いながら酒を飲む仕草を見せた。
こうして俺は、久し振りの母との会話に少し癒やされた。
0
お気に入りに追加
230
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
婚約破棄騒動に巻き込まれたモブですが……
こうじ
ファンタジー
『あ、終わった……』王太子の取り巻きの1人であるシューラは人生が詰んだのを感じた。王太子と公爵令嬢の婚約破棄騒動に巻き込まれた結果、全てを失う事になってしまったシューラ、これは元貴族令息のやり直しの物語である。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)
いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。
---------
掲載は不定期になります。
追記
「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。
お知らせ
カクヨム様でも掲載中です。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草
ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)
10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。
親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。
同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……──
※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました!
※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!
ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。
なのに突然のパーティークビ宣言!!
確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。
補助魔法師だ。
俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。
足手まといだから今日でパーティーはクビ??
そんな理由認められない!!!
俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな??
分かってるのか?
俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!!
ファンタジー初心者です。
温かい目で見てください(*'▽'*)
一万文字以下の短編の予定です!
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
八百長試合を引き受けていたが、もう必要ないと言われたので圧勝させてもらいます
海夏世もみじ
ファンタジー
月一に開催されるリーヴェ王国最強決定大会。そこに毎回登場するアッシュという少年は、金をもらう代わりに対戦相手にわざと負けるという、いわゆる「八百長試合」をしていた。
だが次の大会が目前となったある日、もうお前は必要ないと言われてしまう。八百長が必要ないなら本気を出してもいい。
彼は手加減をやめ、“本当の力”を解放する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる