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第二章 死竜の砦

第三話「これが俺の家族」

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 岩竜の月一日。
 ようやく定期試験が終わった。
 一番不安だったロイドが、本当に気合いだけで学科を乗り切ったのは奇跡だろう。
 定期試験は無事終えたが、俺は二日後に迫ったセシリアの誕生日プレゼントをまだ準備していなかった。

 帰り道でみんなと別れた俺は、学院寮とは反対の方向に足を向けた。
 親父たちと待ち合わせしていたからだ。
 隣には同じ方角に家があるセシリアが並んで歩いている。

「この後、親父たちと約束があるんだ。もちろん母親と爺さんも一緒だけどな」
「え、アルのご家族が集まるの!? 珍しいわね」
「まあね。二年くらい放置されてる……かな」
「そっか、アルのご両親って冒険者で旅をしているんだものね」

 そう息子の俺をほったらかして。
 まあ、うちの場合、爺さんが俺を鍛える気満々だったのもあるから、一概に両親を責めることはできない。
 何より俺はあんまり気にしていなかった。
 そう考えていると、町の喧噪に紛れて声が聞こえてくる。

「何か聞こえない? アル~って叫んでるみたいよ」
「ん……。ああ……セシリアの空耳ではないよ、うん」

 甲高い声が徐々に大きくなっていく。
 俺はその姿を視認していた。
 ……うん、相変わらずだな。


「アァァァァァァァァァァァァー」


 やめてくれ、恥ずかしい。


「ルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」


 聞き覚えのある声だった。

「ねえ、やっぱりアルって聞こえるわ!」

 セシリアがきょとんとして言う。
 いや、そのとおりだよ。
 俺の名前を呼ばれている。

「アルーっ!」
「おわっ!」

 俺の右側から体当たりをかましたその人は、そのまま俺に手を回すと、ぎゅううううっと抱きしめた。
 そして顔を近づけて、俺の頬に唇を押しつける。

「ちゅう~」

 頬に触れる柔らかな感触とは別に、俺の左脇腹を鈍い痛みが襲う。
 セシリアにつままれたのだ。
 い、痛い。
 もちろんその笑顔の奥の瞳は笑っていない。

「アル? ど、う、い、う、ことなの?」
「いや……誤解だ。……というか、これ俺の母さん」

 俺は母さんの体を引き剥がして指差した。

「えっ……えええええぇっ!」

 セシリアは人目もはばからずに大きな声で驚いていた。

「初めましてぇ、アルバートの母リネットですっ! あなたはどなた?」
「あ、セシリアです! セシリア・シンフォニー、アル……アルバートくんのクラスメイトです」
「母さん、セシリアは何かと俺の世話を焼いてくれる大事な仲間だよ。セシリアも緊張しなくていいぞ。俺の母さん、ちょっと変わってるから」
「何よ、変わってるってぇ」

 母さんが頬を膨らませる。今年で四十二になるのだが、その容姿は俺が子どものころから少しも変わらない。
 実年齢よりもかなり若く見えるのではないだろうか。
 冒険者らしい出で立ちに、両腰には剣を携えている。

「可愛らしいお嬢さんだな。お前の彼女か?」

 母さんの後ろから歩いてきたのは、背中に大斧を背負った左頬に大きな傷のある赤毛の冒険者だ。

「かっ……彼女!?」
「親父まで、変なこと言い出すんじゃないよ。セシリア、この人は俺の親父だ」
「俺はこのバカ息子の父、ミディールだ。うん、セシリアちゃんか。アルが世話になっているみたいだな」

 親父は手を伸ばして、セシリアと握手した。
 母さんは俺にまとわりつくし、親父はそんな俺たちを見てニヤけている。
 セシリアは完全に飲まれていた。
 ごめん、セシリア。
 こんなところで、親父たちと出くわすなんて思わなかったんだ。
 約束の時間と場所も違うし……。

 すると、親父の後ろから年配の冒険者が顔を出した。
 体格のゴツい親父の影に隠れて見えなかったのだ。

「いつになったら俺の紹介をしてくれるんだ。久し振りだのう、アル」
「爺さん!」

 紹介が遅れて若干拗ねているのは剣の師でもある、オーガスト・サビア。
 俺の爺さんだ。
 七十近い歳だが、まだ現役の冒険者を続ける猛者だ。
 ちなみに、爺さんは親父たちとは違うパーティーに所属していて、その仲間は爺さん婆さんばかりらしい。それも凄いな。
 爺さんは腰にぶら下げていた革袋を、土産だと言ってそのまま寄越した。

「全部やる。換金して小遣いにしろ」
「ありがと」

 中には色とりどりの魔鉱石が入っている。
 明日にでもミリアムにいくつか選ばせてあげよう。

「ところで剣術はどうだ? もう上級くらいは取ったか?」
「上級て、そんなの無理だよ。だいたい剣術学院が掲げてる指針が卒業までに初級取得なんだぞ。四年生で初級試験に合格した俺を褒めて欲しいよ」
「初級ぅ? かぁ~っ、情けない」

 爺さんが目を細めた。
 そして俺の肩に手を回すと、通りの端まで連行された。
 周りに聞こえないように声をひそめて尋ねてくる。

「ところで、アルよ。負けておらんだろうな?」
「ああ、いまのところはね。でも片手は駄目だ。グラナート流だと何回か負けてる」
「…………本当に情けないのう。ご先祖様にどう顔向けするんだ。言っておくが、お前の母さんは卒業時には上級に手をかけておったからな」

 爺さんはため息をついた。
 母さんも剣術学院出身だ。ただし、ウルズのではない。
 この話も何度聞かされたことか……。

「でも、いまなら母さんには勝てる自信あるんだけどな」
「馬鹿もん。そんなこと何の自慢にもならんわ。継承者の自覚を持て、俺もそろそろ引退を考えておるのに……」

 アレクサンドリート流剣術七百年の歴史に敗北はない。
 このプレッシャーはキツすぎる。
 ただ、七十近い爺さんに現役を続けさせるのには良心の呵責がある。
 いずれにせよ、卒業まではじっくり考えたい。
 それまで元気でいてくれよ、爺さん。

「もう、お父さんったら。立ち話もなんだから近くのお店でお茶でも飲みましょ~。セシリアちゃんも一緒よ」

 そう言った母さんは、戸惑っているセシリアの腕に手を回していた。

「母さん、セシリアは侯爵家のお嬢さんなんだ。そんな強引に誘ったらいけないよ。ちゃんと彼女に訊いたのか?」
「えぇっ、そんな大貴族のお嬢さんなんだっ!?」
「あの、お気遣いなく。わたしは大丈夫です。用事もなく家に帰るところだったので……、でもせっかくご家族が集まれたんですからゆっくり過ごしてください」
「邪魔なわけないわ。じゃあ、セシリアちゃん行きましょ」
「えっ、あの……!」

 セシリアは母さんに確保された。
 俺は呆れつつ、心の中でセシリアに謝る。
 母さんは空いているほうの手を俺の腕に絡ませた。

「ほら、アルも行くわよ~」

 セシリア、母さん、俺という順に横並びに歩くことになった。
 その後ろでは親父と爺さんが肩を並べて進む。



 近くの店でお茶をして他愛ない会話をした俺たち。
 それから、なぜか買い物にいくことになった。

「セシリアちゃん、これなんかどうかしら? 可愛くて似合うと思うのよねぇ」
「母さん、それ冒険者の装備じゃないか。セシリアも嫌なら断っていいんだぞ」
「わたし、試着してみたい……かも」
「本当かよ!?」

 セシリアが試着を終えて姿を見せる。
 凜々しくもその女性っぽさは失われていない女剣士スタイルだ。
 いや、凄い似合うんだけどさ……。

「これも似合うわ~! やっぱり、公爵令嬢だけあって綺麗な顔立ちしてるのねっ! わあ、凄い爆裂魔法放ちそう!」
「わ、わたし魔法は全然……!」

 三角帽子を被らされ魔術師のローブを着せられたセシリアは、恥ずかしそうに言った。
 セシリアの目が泳ぐが、俺も母さんの怒濤の勢いに押されて何も言えなかった。
 しばらく、セシリアは母さんの着せ替え人形と化した。
 しかし、まあ……母さんはセシリアのことをとても気に入ったようだ。

 あ、そうだ!
 二日後はセシリアの誕生日だ。
 先月の俺の誕生日にはベルトをもらったし、何か考えなきゃと思っていたのだ。
 これはいい機会だ。
 セシリアの欲しそうなものを、母さんにそれとなく探らせるか。
 俺はセシリアがちょっと離れた隙に、母さんに耳打ちした。

「うん、わかったわ~。わたしに任せてっ!」

 母さんが満面の笑みで張り切っている。
 ウインクを寄越すが、苦笑いで返した。



 作戦は成功したようで、俺は見事にセシリアへの誕生日プレゼントを手に入れた。
 一通り買い物を済ませて、セシリアとはそこで別れた。
 俺たちは親父たちが宿泊予定の宿へと移動する。
 ウルズの町でも豪華な宿だ。
 金額は聞かないでおこう。

「親父たちはしばらくゆっくりできるのか?」
「まあな。俺の知り合いがウルズの剣術学院に用事があるってんで、会いにきたんだ」
「親父の知り合いが?」
「そうだ。お前も驚くぞ。なんせお前がその人と会うのは十七年振りだからな」
「えっ、十七って……。俺が生まれてすぐってことか? いったい誰だよ」
「ふふん、俺の生涯の友にして、かの大陸では英雄と呼ばれた男――」

 親父はためを作ってから口角を吊り上げた。


「――剣聖だ」
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