上 下
35 / 67
外伝 一年死竜クラス

第三話「闇夜の死竜誕生」

しおりを挟む
「はあっ、はあっ……」
「アルバート、俺の勝ちでいいね?」

 もう何度やられただろうか。
 俺は稽古場で渡された木剣を床に立てて、かろうじて立ち上がった。
 ここまで実力に開きがあるとは思わなかった。
 剣術学院の教師を舐めていた。

「はあっ、まだですっ! ……俺はまだやれるッ!」
「きみも一年生にしては腕が立つほうだから、いまのでわかったんじゃないのかい? 圧倒的な実力差ってやつをね」

 図星だった。
 俺の体は木剣で打ちつけられた痣ができている。
 恐らく、いや間違いなく手加減されている。
 それでもこのザマだ。

 何より魔眼を使って追い切れない動き。
 ブランドン先生の剣術は俺の想像をはるかに凌駕していた。

「その流派……何て言うんですか? 初めて……見ましたよ」
「そこまで見抜くかい。なるほど、いい目をしている。まあ、俺もここでは出し惜しみする気はない。次の技で終わりにしよう」

 剣術学院における剣術の授業は担任が行う。
 生徒は生まれや育ちも様々なので、使う流派も同じではない。
 その生徒に教えるのだから、複数の流派をある程度使いこなせていないと教師は務まらない。
 とはいっても良くて中級ぐらいまでの範囲だ。
 ウルズ剣術学院の卒業までの目標が初級を取得することにあるから、それ以上はあるに越したことはないが必須ではなかった。

 ブランドン先生の実力もその程度だろうと思っていたのだ。
 ここで戦うまでは。

 しかし、蓋を開けてみれば見たこともない剣術を使うし、俺はその動きに翻弄され続けた。
 なかなかやるじゃないか、と言われてもちっとも嬉しくない。
 俺は剣が一本しかなくても勝つつもりだったのだから。

「では、――いくよ!」
「くっ……!」

 ブランドン先生の動きがさらに速くなった。
 俺は全神経を集中して躱すのがやっとだ。
 だが、避けても避けてもブランドン先生の攻撃が続く。
 しかも、この連続攻撃が終わらない。
 体力が先に尽きたのは俺のほうだった。

「勝負あり、だね」
「はあっ、はあっ……! くそっ!」

 完敗。
 俺は疲れてもう立てない。
 双剣を使えない俺はせいぜい中級に届くかどうかの腕だ。
 ブランドン先生は、驚くことに上級以上の剣捌きだった。
 双剣が使えたなら、あるいは……とも思ったが、約束は約束だ。
 父さんからは約束を守れない男はクズだと言われていたので、ブランドン先生の要求を素直に飲むことにする。
 どうせ飛び級して卒業するまでの辛抱だ。

 そう軽く考えていた俺だったが、思いのほかその手伝いとやらはしんどかった。
 まず気に入らないのが、変な仮面を着けさせられたことだ。
 ドラゴンを模した仮面。
 ブランドン先生曰く、死竜らしい。

「きみは闇夜の死竜って聞いたことがあるかい?」
「知りません。何ですか、それ?」

 ブランドン先生の話では、このウルズの町を悪党から守っている正義の味方らしい。
 ウルズの町では有名な存在のようだが、引っ越してきて一ヶ月の俺はまったく知らなかった。
 手に持った死竜の仮面に顔を近づけると、

「臭い……」

 臭かった。
 染みついた汗の臭い……それと血か?

「それは由緒正しい仮面だよ。くれぐれも失わないようにね」
「随分古いけど、誰かが使ってたんですか?」
「ああ、俺だよ」
「ブランドン先生が?」
「今日からきみがそれを受け継ぐんだ。二代目、闇夜の死竜を頼んだよ」
「俺が……?」

 こうして、俺は二代目闇夜の死竜となった。
 時々、ブランドン先生に呼び出されては、夜中に学院寮を抜け出して町へと繰り出す。
 ウルズの町はアステリア王国の首都だけあって、かなり広い。
 当然、良からぬ輩も多いわけで……。
 いくら軍や警察が取り締まっても、抜け道は存在するのだ。

 俺はブランドン先生の相棒として、そんな悪党を懲らしめるのが仕事だ。
 これを卒業まで続けないといけないと思うと、ちょっと憂鬱になる。



 ◆ ◆ ◆



 サイーダ森林の禁止区域でイアンと戦ったからかもしれないが、ふと一年の時のことを思い出していた。
 学院寮で簡単な夕食を済ませると、俺は部屋に戻ろうとした。
 その途中で、隣の部屋の後輩と合流する。
 二つ下の三年生だ。

「あー、腹減ったなぁ……」
「どうした? いま一緒に夕食食べたところだろ?」
「あ、アル兄ちゃん。うん、そうなんだけどさ。昼食休憩の時間、クラスの子たちと遊ぶのに夢中になっちゃって食べ損ねたんだよ。だから夕食だけじゃ足りなくて……」
「なるほどな。わかった、ちょっと俺の部屋に来いよ」

 首を傾げる後輩の肩を叩き、俺は自分の部屋へ向かった。
 戸惑う後輩を部屋に招き入れると、俺は机の上に置いていた包みを広げた。

「ほら、これ食べな」
「わっ、パンだ! これ、どうしたの!?」

 俺はパンを差し出した。
 爺さんから送られてきた土産の魔鉱石をミリアムにあげたら、帰りにお礼をすると言われてミリアムの家に寄ったのだ。
 そこで焼きたてのパンを三つもらっていた。

「寮母のおばさんには内緒だぞ。あとで叱られるからな」
「ありがと、でもホントに食べていいの?」
「二つ食べてもいいぞ。俺は一つでいいから」

 夜の仕事前に夜食として食べようと思っていたパンだが、お腹を空かした後輩を目の前にして無視はできない。

「おいしい! 食堂のパンよりおいしいよ!」
「ああ、それは食堂のパンじゃないからな」
「えっ、じゃあ……このパンどうしたの?」
「俺のクラスに家がパン屋の子がいるんだ。ミリアム・マーキアっていうんだけど知ってるか?」
「知らない……でも、マーキアってあのマーキアパンのかな?」
「そうだ。マーキアパンのパンだ」

 マーキアパンは値段の割においしいと評判で、町の人から人気があった。
 隠れて買いに行く貴族もいるとブレンダが言っていた。
 セシリアやブレンダは堂々と買うが、庶民の店で買い物をすることに普通の貴族は抵抗があるらしい。
 俺は後輩の喜びように、自分のことみたいに嬉しくなった。
 あした、ミリアムにも伝えてやろう。
 きっと喜ぶはずだ。

「うん、うまい」
「アル兄ちゃんを尊敬する!」
「この野郎、こういう時だけ調子のいいこと言いやがって」

 俺は後輩と一緒にパンを食べた。
 それから、パンを食べ終えた後輩が出ていくと、俺はベッドに横になった。
 仕事までにはまだ時間がある。
 少しでも仮眠を取るためだ。
 目を瞑ろうとした時、帰宅後に寮母のおばさんから受け取った手紙を思い出した。

「あ、そういや親父から手紙が来ていたな。どうせ、大した話じゃないと思うけど目を通しておくか」

 親父からの手紙は、今日の昼間に学院寮に届いたそうだ。
 俺は手紙の封を破って、中から便箋を取り出した。
 便箋は一枚だけで、字は少し読みにくい。
 親父は海の向こうの大陸出身なので、この国の字は苦手なのだ。
 だったら母さんに書いてもらえばいいのにと思うが、きっと俺が書くと固持したに違いない。
 その光景が目に浮かぶ。

 手紙の内容は簡潔だった。
 近々、親父と母さん、そして爺さんまでもがウルズの町にやってくるらしい。
 久し振りに俺に会いたいそうだ。

「ったく、何年も放っておいて勝手だよな」

 そう漏らしつつも、心のどこかでは少し嬉しかったりするものだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

処理中です...