上 下
33 / 67
外伝 一年死竜クラス

第一話「死竜クラスの問題児たち」

しおりを挟む
 俺はアルバート・サビア十二歳。
 今日からこのウルズ剣術学院に通うことになった。
 冒険者をしている父さんや母さん、そして爺さんの言いつけでだ。
 長らく一緒に暮らしていた爺さんの元から離れ、今日からは学院寮で生活する。

「剣術学院がどれほどのものかわからないけど、飛び級で卒業してやろう。ふふ、爺さんの驚く顔が目に浮かぶ」

 俺の両腰には家から持ってきた剣がぶら下がっている。
 左右一対の双剣で、爺さんが昔使っていたお下がりだ。
 そう、俺の流派はアレクサンドリート流剣術。
 七百年もの間、一度も負けたことのない不敗の流派だ。
 もちろん、先祖代々そうしてきたように、俺も負ける気はない。

 爺さんとの過酷な稽古から解放されて、俺は自分の剣術を早く試したくて仕方がなかった。
 楽しみだ。
 学院内の掲示板を見ると、俺は死竜クラスに配属されたようだ。

「死竜クラスか……ちょっと待てよ。死竜クラスって一番下のクラスじゃないか。どうして俺がそんなクラスに……」

 入学試験ではかなり手応えを感じていたのだが、他に優秀な生徒が多いのだろうか。
 一年死竜クラスの教室に入って、始業の鐘が鳴った。

「入学おめでとう。今日からきみたちはウルズ剣術学院の生徒になった。俺はこの一年死竜クラスの担任でブランドン・ダフニーだ。気軽にブランドン先生と呼んでくれると嬉しいね」

 ブランドンと名乗ったこの笑顔の男が、俺たち一年死竜クラスの担任らしい。
 しかし、ブランドン先生の歓迎とは裏腹に、迎えられた生徒たちの反応は芳しくない。
 笑みを見せるどころか、舌打ちや露骨に悪態をつく生徒までいた。
 ブランドン先生は半ば強引に二十名の生徒に順番に自己紹介をさせる。
 そうして、俺の順番がやってきた。

「え~、アルバート・サビア。剣には結構自信がある。みんな、よろしくな」

 俺以外の生徒が挨拶した時もそうだったが、当然俺の時にも舌打ちやへらへらした笑い声が聞こえた。
 何なんだよこいつら。
 俺は表情には出さず、不満を押し殺して着席する。

「よろしくね」

 左隣の席に座っていた俺と同じ茶髪の女の子が笑顔で言った。
 確か、さっき自己紹介した子だ。
 名前はセシリア・シンフォニーだったかな。
 シンフォニー……貴族か。
 俺みたいな平民に気安く話しかけてくるなんて、どうせたいした貴族でもないのだろう。
 大貴族なんてのはもっと威張っている印象がある。

「わたしは、セシリアっていうの。アルバートくんって呼んでもいいかな?」
「別にいいけど」
「ありがとう。わたしのことはセシリアって気軽に呼んでね」

 微笑みかけてくるセシリアからはいい匂いがした。
 ほとんどの生徒は幼年学校を卒業し、このウルズ剣術学院へと進学してくる。
 しかし俺の場合は住んでいたところが田舎だったため、近くに幼年学校がなく、爺さんから読み書きや計算、そして歴史や一般教養などを教えられた。
 そのため、同年代の女の子と接する機会が少なかった俺は、セシリアに話しかけられたことが素直に嬉しかった。
 自然と笑みが零れる。
 そんな空気をぶち壊すかのように、俺の机が蹴られたと同時に反対側から声がした。

「馬鹿じゃないの? 何、鼻の下を伸ばしてんだか」

 すると、右隣に座っていた女の子が俺をあざ笑うように言った。

「……なんで蹴るんだよ。おまえは?」
「は? おまえ? さっき自己紹介しただろ、聞いてなかったの?」
「スカーレットだった、か」
「何だ、ちゃんと聞いてたんだ。ふん、何が剣に自信があるだ。私も剣じゃ負けないからな」

 スカーレットは男の子のような口調で話す。
 しかし、容姿は女の子らしく銀色の髪を長く伸ばしていた。
 そして自慢げに高価そうな剣を見せてくる。
 俺はその剣に一瞥くれてから、スカーレットによろしくなと言おうとした。
 その時、教室の後ろのほうで机同士がぶつかる音が聞こえた。

「おい、おまえどけよ」
「おまえがどけ」

 二人の生徒が言い争っているようだ。
 後ろの席で喧嘩していたのはロイドとかいう背の高いやつだ。
 喧嘩相手は同じサイマスとか言ったな。
 兄弟?
 いや、顔が似ていない。
 まあ、平民じゃ一般的な家名だしな。

 それを横目で見ていると、近くにいた胸の大きな女と目が合った。
 この女、本当に俺と同じ十二歳?
 対照的なのは一緒にいる小柄な女の子だ。
 こっちも逆に同じ歳なのか疑いたくなるほどだ。
 確かミリアムだったな……家がパン屋だと言ってたな。

「ブレンダちゃん、楽しみだね~」

 そうそう、ミリアムと話している胸の大きな子はブレンダとさっき名乗っていた。
 こいつも貴族だったな。

「知り合いなのか……」

 俺が漏らした声が聞こえたのか、ミリアムは俺に振り返った。

「えっ、私たちのこと? 私とブレンダちゃんはお友達だよ。って言っても、ついさっきお友達になったばかりだけどねっ」
「そうなのか?」
「うん。学院に向かう途中で財布を盗まれて、その犯人をブレンダちゃんが投げ飛ばしてくれたの。すっごいんだよ、ブレンダちゃん。だって相手は大人の男の人だったのに」
「何だ、ゴリラか」

 直後、ブレンダの平手打ちが飛んできて乾いた音が鳴った。
 俺の左頬がじんじんと痛む。
 しまった……つい思ったことを口にしてしまった。

「って~……」
「初対面でそれは失礼じゃないかしら?」
「そ、そうだよ~。アルバートくん、ブレンダちゃんに謝って」
「ごめん、顔のことじゃないから……」
「あたりまえでしょう。もしそういうつもりで言ってるのなら、投げ飛ばしていたわよ」
「ブレンダ、もうそのへんで許してあげて、ね?」

 セシリアが割って入る。
 俺は左頬を押さえながらセシリアを見た。

「セシリアの知り合いなのか?」
「わたしとブレンダは友達よ」
「そうだったんだ……」

 貴族同士で親交があるようだ。
 それにしても、セシリアとミリアム以外は好戦的なやつが多いな。
 これが死竜クラスか。
 逆に優等生が集まる樹竜クラスも見てみたいところだ。
 そう考えていると、ブランドン先生がパンと手を叩いた。

「こらこら、まだ自己紹介の途中だよ。邪魔するのなら、罰として剣の素振り百回させるよ」



 ◇ ◇ ◇



 何事もなく十日が過ぎた。
 相変わらず教室内は騒がしかったが、死竜クラスでは普通のことだろう。
 俺ももう慣れた。

 担任のブランドン先生は、こんな生徒たちを相手にいつもニコニコ授業をしていた。
 それが不思議だった。
 強そうにも見えないのに、注意するべきところはする。
 しかも、爽やかにだ。
 反論されても笑顔で返す。
 これは不思議を通り越して不気味にさえ思えた。

 そんな中、クラスメイトのイアンが問題を起こした。
 六年生四人と喧嘩になり半殺しにしたらしい。
 幸い診療所の回復術士に治療してもらい命を取り留めたらしいが、ひどい怪我だったという。
 六年生といえば、俺たちより五つも年上だ。
 剣術の強さに年齢は関係ないといっても、体の大きさや腕力には明確な差が出るはずだ。
 イアンの底知れない強さに、俺は警戒することにした。

 結局、相手が平民だったため、子爵家のイアン側が治療費を出すことで穏便に済ませたようだ。
 もしイアンが平民なら、退学は免れなかっただろうと誰かが言っていた。
 この一件以降、イアンは死竜クラスで一目置かれることになった。
 イアンには手を出すな、と。
 それでも、問題は起こる。

「ちょっと、謝りなさい!」

 教室内に透きとおるような声が響いた。
 何があったのかと、俺は振り返った。
 イアンの前にミリアムを背にしたブレンダが立ちはだかっている。

「あなたがよそ見していてミリアムにぶつかったのを見ていたわ」
「小さすぎて見えなかった。邪魔だ、どけ」

 倒れているミリアムを蹴飛ばそうとしたイアンだったが、寸前でブレンダがその足を手で払った。

「やめなさい!」
「ほう、私の蹴りを払うとは、武術の心得でもあるのか?」
「多少は、ね!」

 ブレンダがイアンの手を取って仕掛けた。
 だが、イアンはびくともしない。
 恐らくブレンダは投げ飛ばすつもりだったに違いない。
 しかし、いかんせん体格差がありすぎる。

「私に――触るなッ!」

 逆にイアンはブレンダの頭を掴んで壁に叩きつけた。

「きゃああああっ! ブレンダちゃん!」

 教室内にミリアムの悲鳴がこだまする。
 そこへセシリアも駆けつけた。
 他の生徒もただ事ではないと、続々と集まってくる。
 倒れたブレンダの髪を掴み、起き上がらせようとするイアンに、セシリアが止めに入った。

「それ以上は駄目よっ! 騒ぎになれば先生たちだって来るわ!」
「どけ、おまえも同じ目に遭いたいのか?」
「やめて! ブレンダは怪我しているわ!」
「関係ない。私に逆らえばどうなるのか、思い知らせてやる」

 イアンの手がセシリアに伸びる――
 その手を俺が抜いた剣の柄で受け止めた。
 一瞬、教室内がしんと静まりかえる。

「イアン、女の子相手に何してんだ」
「おまえも邪魔するのか? 剣を抜いたな。ならば私もそうするが構わんな?」
「ああ、いいぞ」
「ほう、私に歯向かうのか? いい度胸だ」
「表へ出ろ。相手をしてやる」

 こうして、俺とイアンは戦うことになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。 その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。 16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。 後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

処理中です...