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第一章 闇夜の死竜

第二十九話「樹竜の鱗」

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「隠れ蓑? どういうことだ?」
「ふっ、おまえもすでに気付いているのだろう? 冒険者区で見られたのは、私の失敗だ」
「そうか。あの時、黒ずくめの男を殺したのはおまえだったのか……イアン! いったい何が目的なんだ?」
「目的……そうだな。これが何だかわかるか?」

 そう言ってイアンは左手に持った石の破片を持ち上げる。
 手のひらほどの大きさの薄い石のようだ。
 イアンはその石の破片が何かを知っているようだが、俺にはまったく見当がつかなかった。
 沈黙する俺をあざ笑うかのように、イアンは低い声で告げる。

「〈樹竜の鱗〉と呼ばれている〈神器〉だ。これがアステリア王国のどこに隠されているか、四年も探していたのだ。まさか、こんなウルズの町から目と鼻の先にあるとは思いもよらなかったがな」
「それが……〈樹竜の鱗〉だと!?」

 〈樹竜の鱗〉――それは暦にもなっている十二神竜のドラゴンに深く関わっていると言われる〈神器〉の一つであり、このアステリア王国の至宝だ。
 この国に住む人は皆、それは王城で厳重に管理されているのだろうとか、あるいはそんな〈神器〉など元から存在しないと思っていた。
 俺自身はとある事情から〈神器〉が実際に存在していると知っていたが、アステリア王国のそれを見るのは初めてだ。
 イアンの言葉を信じるなら、いま俺の目の前にある石が、アステリア王国の〈神器〉〈樹竜の鱗〉らしい。

 そして黒ずくめの男たちと仲間だったのなら、イアンはゲルート帝国側の人間だ。
 これがゲルート帝国の目的か?
 イアンは〈樹竜の鱗〉を腰のポーチにしまった。

「どうして俺に話した。隠し通そうと思わなかったのか?」
「おまえならこの状況でどう誤魔化す?」
「さあ、何も思いつかないな」
「では、こんな筋書きはどうだ? 剣術学院の野外授業中に樹竜クラスの一グループが遭難した。教師二名と数人の生徒が捜索を始めたが、途中で禁止区域に紛れ込んでしまい森の主と戦闘になった。教師の活躍もあり森の主を退けることに成功したが、教師二名と数人の生徒は力尽きて死んでしまった。遭難したイアン・バーレスクただ一人を残して」

 こいつ、この場で全員殺す気か?

 確かにイアンは強い。だけど、負傷しているとはいえブランドン先生とダリア先生、二人も教師がいるんだぞ?
 その自信はどこからくる?

 イアンの戯れ言は、気絶しているエドガーを除いて全員に聞こえているはずだ。
 しかし、誰も声を発することなくしんと静まり返っている。
 当然だ。
 俺やブランドン先生はゲルート帝国のスパイを追っていたから、まだ話をすんなり飲み込めたが、他の皆は違う。
 イアンの言動に困惑しているのは容易に想像がついた。

「それが、おまえの計画か? ウルズ剣術学院に入学したのも、その〈神器〉が狙いだったのか?」

 イアンが肯定の笑みを浮かべる。
 こいつは四年以上前から〈神器〉を奪取するために、ウルズ剣術学院に潜入していたのだ。
 エドガーという侯爵家の息子に忠実な男を振る舞って……。

「もうじき日が暮れる。それまでに俺は森を出たいんだ。そろそろ始めさせてもらおうか」

 イアンはゆっくりと後ろに下がって、俺たち全員を見渡す。
 まるで品定めをしているようだ。
 一方、俺の傍へブランドン先生が一人で近づいてきた。
 ダリア先生は気絶したエドガーに寄り添っている。

「アルバート、すまない。きみを頼ることになる……」
「いつもどおりだろ。何か助言はあるか?」
「イアンの知っている情報をすべて引き出したい。ゲルート帝国との交渉材料に使えそうだからね。だから、生かして拘束して欲しい」
「相棒、それは助言じゃなくて注文と言うんだぞ」
「そうとも言うね」

 相変わらずブランドン先生は、厳しいことを言ってくれる。
 普通に倒すより拘束するほうが難しいのだ。
 しかし俺が知ってるイアンの実力なら、不可能ではない。
 イアンの流派はロイドと同じ剛の剣ザルドーニュクス流剣術だ。
 一撃は重いが、それより先に俺の剣が決まればいいだけの話。
 だが、イアンは俺が双剣使いだと知っているし、その俺と戦ったこともある。
 なのに、その佇まいからは余裕さえ感じられる。
 何か奥の手でも隠しているのだろうか。

「ブランドン先生、下がって。セシリアたちを頼んだぞ」
「わかった。何があっても自分の生徒は守ってみせるよ。それからダリア先生が手を出さないように注意しておくよ」
「そうしてくれ。イアンとの戦いに集中したいからな」

 言うと同時に俺はイアンとの間合いを詰める。
 即座に反応したイアンが俺のほうへ体を向けた。
 そして、双方の剣が交差した。

「おまえからか! アルバート!」
「ああ、俺が相手だ!」

 イアンが剣を振る速度は想像以上に速かった。
 やはり、この四年の間に相当腕を上げている。
 俺はまともに受け止めずに、左右の剣で受け流す。

「懐かしいな。あの時からたいした腕だと思っていたが、私の目に狂いはなかったようだ!」
「そうかよ! 褒めてくれて嬉しいぜ!」

 イアンの激しい攻撃が続くが、俺は落ち着いて対処する。
 なかなか隙らしい隙が見当たらないが、無理やりこじ開けることは可能だ。
 しかし、ブランドン先生からの注文が難しい。
 なぜなら俺はアレクサンドリート流剣術の多くの技を封印して戦わなければならないからだ。
 はるかに格下の相手なら、手加減して調整するのは簡単だが、イアンの実力は先日の黒ずくめの上級を軽く上回っているのだ。

「どうした? 見せてみろ。かつて私をまぐれとはいえ、退けたおまえの剣技を!」
「そう簡単に奥の手を使うかよ。おまえのほうこそ、力任せに剣を振るだけじゃ能がないぞ!」

 イアンがただがむしゃらに剣を振り回しているだけではないと、俺もちゃんとわかっている。
 ザルドーニュクス流剣術の基本の構えから、そこから派生する構えへの移動も速やかだ。
 そして、放たれる剣技の数々。
 どれを取っても、剣術学院の生徒の域を超えている。
 魔眼持ちで幼い頃から爺さんに鍛え上げられた俺ならともかく、同じ歳でここまでの強さを得られるものなのか?

 そう考えていると、イアンがぶつぶつと口を動かし始めた。
 呪文……!?
 だが俺にはその呪文が何の魔法を発動させるものなのか見当もつかない。
 なおもイアンの攻撃が飛んでくる。
 俺はイアンの動向を注視しながら、剣を受け流した。

 次の瞬間、受け流したはずの剣に予想外の衝撃が走り、俺は危うく剣を落としそうになる。
 慌てて強く握り直して、イアンを見上げた。
 イアンは面白そうに言った。

「確か、おまえも魔法を使えたはずだな?」
「……俺は魔術の才能がなくて、しょっぱい魔法しか使えないけどな! それがどうした!」
「魔法にはこんなものもあるんだ。たとえば、肉体を強化する魔法。ほら、こんな具合にな!」

 イアンの腕のと脚の筋肉が少し盛り上がってるように感じられた。
 肉体の強化……冒険者が格上の魔物と戦う時に使う魔法だったはずだ。
 しかしあの魔法は中級の……!

「中級魔法まで使えるのか!?」
「すべてではないがな。だがおまえを血祭りに上げるには十分だ!」
「くっ……! それがおまえの奥の手か!」

 イアンの攻撃は力だけでなく、速くもなっていた。
 恐らく耐久力も増しているだろう。
 しかし逆に考えれば、俺の攻撃にも持ちこたえるかもしれない。

 だったら――

「はああああああああっ!」

 俺は剣を二本の剣を左から右へ薙ぐ。
 アレクサンドリート流剣術の横薙ぎ技〈スレヴィ〉だ。
 俺の剣は咄嗟に防御姿勢を取ったイアンの剣を揺るがし、その脇腹に吸い込まれていく。

「うぐっ……! 何だこの技はッ!?」

 もちろん斬らないように叩きつけた。
 イアンは体勢を崩して左膝をついた。
 そして、素早く顔を上げたイアンは笑っていた。

「油断したぞ。おまえも奥の手を持っているじゃないか。だが私には魔法がある。先に地面に這いつくばるのはおまえだ、アルバート!」

 イアンは立ち上がる。
 俺の〈スレヴィ〉を受けた脇腹は、制服が破れているが腫れは引いていた。
 いや、完全に癒やされていた。

「回復魔法……か!?」
「ふっ、この程度の傷ならすぐに治せるぞ。私の魔力が尽きるのが先か、おまえがくたばるのが先か。本当に楽しみだ」

 イアンがここまで魔法に精通しているとは、正直驚いた。
 俺は面倒なことになったと思った。
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