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049 サングローの海底神殿 4

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 改めて、この部屋には四つの正方形の穴がある。他の階層へと繋がる道だ。
 水面付近にはもうスキュラの影はないが、どれほどの深さがあるかは想像できないし、途中でもスキュラが待ち構えている可能性は十分にある。
 幸い、俺のレベルでも落ち着いて戦えば勝てる相手だ。しかし、同時に複数に囲まれたらと思うと少し不安でもあった。

「タイガ、どうするよ?」
「本当に俺が決めていいのか?」

 確かにこれまでの分岐はすべて俺が決めてきた。だが、このルートが正解かどうかはわからない。これまでの分岐で選択していなかったルートがダンジョン最奥へと繋がっていたかもしれないからだ。
 そろそろこの責任重大な役目を、二人のうちどちらかに代わってもらいたいところなのだけど。

「こんなもん勘でいいんだよ、勘で。間違ってりゃ戻って別のルートを進めばいいんだから」

 穴は正面に二つ、左右に一つずつある。

「じゃあ、正面の左側のやつにする」
「わかったわ」

 俺たちは水中に飛び込んだ。
 真っ直ぐに下に続いている。スキュラの姿は見えない。
 しばらく潜ると底が見えた。

 さっきの場所が地下一階だったから、深さ的には地下四階か五階くらいまで下に来た気がする。
 マップには『<サングローの海底神殿>地下五階』の表示。
 前方に続いているので、道なりに泳いでいく。二十メートルほど進むと、今度は上に行けるようなので浮上する。

 穴から出て部屋を確認する。
 マップの表示では『<サングローの海底神殿>地下三階』となっていた。
 地下一階から地下五階まで下りて少し移動し、地下三階まで上がってきたということか。

「どうやら、地下五階まであるみたいね」

 ダンジョンの構造はランダムに変化する。そして、この<サングローの海底神殿>は地上二階は固定。地下は三階から五階でランダムに変化する仕様だから、俺たちは一番階層が多いパターンのようだ。
 これが吉と出るか凶と出るかはまだわからない。

 部屋を出ると一本の通路が延びていた。リザードマン・Eが四体待ち構えていたが危なげなく倒す。先へ進むと小さな部屋があり、そこは行き止まりだった。

「行き止まりだ。ごめん」
「謝ることないわよ。分岐の選択をタイガくんに任せたのは私たちなんだから」
「そうそう。んじゃ、一旦分岐まで戻って別のルートに進もうぜ」

 来た道を引き返す。
 俺たちはスキュラと戦った部屋に戻ってきた。
 単に時間と労力を浪費しただけじゃない。往復で【空気の実】を二個消費してしまっている。
 【空気の実】の所持数は六個だ。これ以上の無駄遣いは避けたいところだ。

「なぁ、ヒナかシマンが選んでくれないか? これ以上選択を間違えるのは、なんだか申し訳なくてさ」
「誰が選んでも同じだと思うけれど、わかったわ。じゃあ、私が選ぶわね」

 そう言うとヒナは右の穴を指さした。

「あれにしましょ」
「よし、ヒナちゃんの幸運を信じて先へ進もうぜ」

 ダンジョンの分岐先がLUKの値に応じて変化することはないが、シマンが場の雰囲気を盛り上げてくれた。
 今度の穴は地下二階まで下りたあと一階まで上がってきた。

「コカトリスよ!」

 最初に浮上したヒナが叫んで教えてくれる。俺とシマンが水面から顔を出した時には、ヒナは床を蹴ってコカトリスに攻撃を仕掛けていた。

 その隙に俺とシマンは水中から出て、部屋にいた他のコカトリス二体に向かってそれぞれ駆け出した。
 問題なく勝利する。

「浮上した先の部屋にモンスターがいたのには驚いたな」
「今までが運がよかったのかもしれないわね」

 このパターンがあるということは、今後不意打ちを警戒する必要があるだろう。
 まぁ、先頭はヒナなので余程のことがない限り大丈夫だとは思うが。

「一階ね。方角的にはこの壁の向こう側が最初の部屋みたいね」

 ヒナがマップを見ながら言うので、同じように確認する。
 すると、マップが幾分埋められていた。背後の壁とその向こう側がマッピングされているので、ヒナの言うとおりなのだろう。

 ここから先へ進む通路は一つだけだった。
 長い通路をヒナを先頭に歩いていく。途中で二回、ミノタウロスに遭遇し撃破した。
 五百メートルほど進むと穴のある部屋に出た。

「分岐は……ないな。さっきみたいにスキュラが出てくるんじゃないだろうな?」
「私が確認するわ」
「えっ、ちょ……ヒナ!」

 戸惑う俺を余所に、ヒナは【空気の実】を口に入れると穴に飛び込んだ。
 慌てて駆け寄って穴の縁に手をついて水中を覗き込む。真下に向かって潜行するヒナの姿が見えた。

「大丈夫だってタイガ。ここはヒナちゃんに任せておこう」

 シマンはいたって冷静に言い、俺の肩を叩いた。
 ヒナの姿は次第に小さくなっていき右方向に消えた。

「あっ!」
「右に進んだみたいだな」



 三分後、ヒナの姿が再び現れて、こちらに向かって浮上してきた。

「真っ直ぐ下に進んだら右に行けるから、そのまま道なりに行くとさらに下に潜れるようになっていたわ」

 どうやら、下には進まずに引き返してきたようだ。

「スキュラはいなかったのか?」
「二体いたけれど、もう倒したから問題ないわよ」

 ヒナが何事もなかったように言う。
 げ、二体もいたのか。だが、ヒナにかかれば一撃のもと葬られたのだろう。

「じゃあ、先へ進もうぜ」

 シマンが俺の背中を叩いて、勢いよく水中に飛び込んだ。
 俺は頷いてから、【空気の実】を口に含み穴に入った。

 ヒナの言ったとおり真下に進むと、マップの表示は『<サングローの海底神殿>地下三階』となった。そこから右方向に進んで行く。三十メートルほど行くと、下に進めるようになっていた。
 そして、さらに下へと潜っていく。
 今までで一番長い水中の通路だ。どこまで続くのだろう。

 底が見えた。ここは地下五階らしい。今度は左方向に進めたので先へ泳いでいくと、開けた場所に出た。
 縦横十メートル四方の部屋で、正面には大きな扉があった。

 扉は固く閉ざされている。手をかけるところがなく、ヒナが押してもビクともしなかった。見かねた俺とシマンが手を貸すが、扉はウンともスンとも言わない。

 三人で顔を見合わせる。
 そして、ヒナが辺りを見渡してから壁際に沿って泳ぎ始めた。
 俺とシマンは黙ってそれを見守った。

 水中なので口頭での会話ができない。だが、メッセージチャットは可能だ。
 ヒナからのメッセージが届いた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 扉の前に一つ、左右の壁際の床にそれぞれ一つずつスイッチらしき突起があるわ。それを同時に押すんじゃないかしら?


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 なるほど、そういう仕掛けがあったのか!
 シマンにも同様のメッセージが届いているはずだ。顔を向けると得心したように頷いていた。右のほうに行くとジェスチャーしているので、俺は左に行くと伝える。ヒナは扉の前にあるスイッチに向かうことになった。

 左の壁際に向かうと、確かにスイッチらしき出っ張りがあった。床から飛び出すように五十センチ四方の立方体が確認できる。上には何かの模様が刻まれていた。
 俺は振り返ってヒナとシマンの様子を確認すると、二人とも準備はいいようだ。むしろ俺を待っていた感があった。
 俺がサムズアップで応えると、ヒナから『じゃあ、スイッチを押すわよ』とメッセージが届いた。

 スイッチに手を乗せると模様が青白く発光し、石が擦れるような音が響いた。
 扉のほうを見ると変化があった。閉ざされた扉が左右に開いているのだ。
 俺とシマンは同じタイミングで扉前にいるヒナのところまで泳いでいった。
 ヒナが扉の先を指さすので覗いてみると、先へ続く通路が見えた。

 扉をくぐると、透明の膜があった。この<サングローの海底神殿>を覆っていたものと同じだ。
 透明の膜を通過すると、さっきまであった海水はなくなった。だが、周りは水の中だ。

「ここは……?」
「さぁ……何かしら?」
「てっきりまだ水の中が続くと思ったら、もう終わりかよ」

 石畳の床を足の裏で何度も踏みつけながらシマンが言った。
 周りは海の中で、部屋という感じではなかった。右も左も上も透明の膜に覆われているが、海の中だった。
 魚の群れが泳いでいるのが視界に入る。
 正面に長く道が続いているので、それに従って進むことにする。

「地下五階のようだけど、いったいどこまで続くのかな? 【空気の実】も残り四個だし、帰りの分を考えると、そろそろ心配なんだけど」

 今までの経路を考えると帰りに使用する【空気の実】は四個だ。この先で水中に潜るようなことがあれば、その手前で引き返すかどうかを決めなければいけない。

「えっ、一個もドロップしなかったのかよ?」

 シマンが呆気に取られたような表情になった。

「……へ?」
「タイガくん、もしかしてミノタウロスやリザードマン・Eからドロップしなかったの? 私は八個あるけれど、シマンくんはいくつ持っているの?」

「俺は七個だよ。タイガは……ひょっとして一つも……?」
「う……うん」

 そんな馬鹿なことがあるか。
 なんとミノタウロスとリザードマン・Eが【空気の実】をドロップするらしい。
 ここまででヒナが四個、シマンが三個ドロップした計算だ。確かに倒した数は俺のほうが少ないのだが、ゼロはあんまりすぎるだろう。

 もし【空気の実】が足りなくなったら分けてあげるとヒナに言われ、なんだか情けない気分になった。
 頭を掻きながら、ふと視界に入った魚の群れに目がいく。
 すると、魚の群れの中に丸い物体が見えた。魚の大きさからしてサッカーボールくらいの大きさだと判断できる。マリモみたいな物体だ。しかし、そこに目があった。眼球だ。

「うわっ!」
「タイガくん!?」
「どうした! モンスターか!?」

 ヒナとシマンが周囲を警戒する。
 しかし、すぐに俺に振り返って訝しげな顔をした。

「タイガ~! いくら海の底で不気味な静けさだからって、脅かすのはナシだぜ?」
「いや、違うって……! なぁシマン、あの丸いのなんだと思う?」
「はぁ? なんだって?」
「だから、あれだよ。ヒナは知ってる?」
「えっ、どれのことかしら?」

 ……えっ?

 さっきまで魚の群れと一緒に漂っていた丸い物体が消えていた。
 俺の見間違い……なのか?

「タイガ、どれのことだよ? なんも見えねぇぞ?」

 シマンは透明の壁に両手をぴったり触れながら、辺りを見回している。
 ヒナはひとしきり周りを確認したあと首を傾げた。

「何か見えたの?」
「あ、ああ。そうなんだけど……何もないなら俺の見間違いだったのかも」

 俺は魚の群れに交じっていた眼球のような物体のことを説明した。
 だけど、ヒナとシマンは見ていないと横に首を振るのだった。
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