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第2章 「俺の【成り上がり】編」(俺が中二で妹が小四編)

第42話 俺は葛葉さんと模擬戦をした

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 朝起きると全身が鉛のように重く感じた。完全に筋肉痛だ。部活をしていた時でさえ、これほどの筋肉痛はなかった。
 朝食を食べ支度をして、菜月と一緒に登校する。

「行ってきます……」
「お母さん、行ってきまーす」
「はい、行ってらっしゃい」

 通学カバンを肩に担ぎ、ランドセルを背負った菜月とトボトボと歩いている。中学校までの途中に小学校があるので、そこまでは菜月と一緒だ。
 体が重い。歩くのも億劫だ。放課後までにこの体のダルさが改善するとは、到底思えなかった。菜月がしんどそうに歩く俺に気づいて、心配してくれる。

「お兄ちゃん、体調悪いの?」
「あー、そんなんじゃなくて、昨日は蘭子さんと模擬戦したんだ」
「嘘ー!? 勝った?」
「……負けた」
「ふぅん、そうなんだ。ランちゃん強そうだもんね。それで昨日は遊んでくれなかったんだ?」
「ホントごめん。疲れてて、菜月との貴重な時間を睡眠に充てたんだ」
「あーあ、残念だったな。お兄ちゃんと遊びたかったのになぁ……なんて冗談だよ。お兄ちゃんに無理して欲しくないし、えへへ」
「菜月ぃ!」

 俺はその気遣いが嬉しくなって、菜月の頭をこれでもかと撫で回した。シャンプーのいい香りがする。えへへ。
 菜月は「もう髪が乱れるから止めてってば」と言いつつも、まんざらでもない風に笑っていた。可愛いヤツ。
 今の内に今日は葛葉さんと模擬戦すると伝えておこうと思い、俺は菜月に話した。
 すると菜月は、

「え!? 葛兄と模擬戦するの!?」
「あ、ああ……」

 予想以上に俺の話に食いついてきた。何故?

「ねぇ、お兄ちゃん。私も今日一緒にいってもいい? ねぇ、いいでしょ!」
「……え? どうして?」

 菜月が俺の腕を両手で掴んで懇願してくる。

「だって、見たいんだもん。いいでしょ、ね?」
「昨日みたいに帰りが遅くなるかもしれないから、今日は止めときな。また機会があったら連れて行ってやるから」
「なんでよぉ! お兄ちゃんばっかりズルいよぉ! 私も行きたいのに!」

 あ、菜月が泣きそうになった。ヤバイ……!

「わかったよ。じゃあ、学校終わったら迎えに行くから。それでいいか?」
「うん! ありがと! お兄ちゃん、大好きっ!」

 泣き顔から一転、笑顔で俺の腕に手を回してくる。現金なヤツだ……でも可愛い。
 そうして、小学校の前まで菜月と腕を組んで登校した。


    ◇ ◇ ◇


 放課後、小学校まで菜月を迎えに行った俺は、御伽原探偵事務所に向かった。今日は葛葉さんが車で連れて行ってくれるからだ。電車賃の節約にもなって助かった。
 いつもの葛葉さんの荒々しい運転で目的地に着いたが、俺は少々車酔いしていた。菜月は「ジェットコースターみたいで楽しいです」などと喜ぶもんだから、葛葉さんもサービスしたようだ。おかげで俺は気持ち悪い。到着早々トイレに駆け込んだ。

「菜月はケロッとしとんのに、坊主は軟弱やなぁ」
「お兄ちゃん、はいお水だよ」

 菜月は俺がトイレでゲロゲロしている間に、自販機でミネラルウォーターを買ってくれていた。俺が菜月からそれを受け取ろうとすると、

「葛兄が買ってくれたんだから、ちゃんとお礼言ってね」
「じゃあ、いらない」

 俺は受け取りを拒否した。
 菜月は頬を膨らまし、葛葉さんは大笑いしやがった。
 地下の訓練施設に下りてから着替えを済ませた俺たちは、模擬戦前の準備運動をする。菜月は見学の予定だったが、俺と葛葉さん同様に訓練着に着替えていた。
 そして、いよいよある意味念願の葛葉さんとの模擬戦が始まった。
 丁度、菜月もいる。ここで葛葉さんをボコボコにして菜月からの評価を下げて、俺の格好良さをアピールしておこう。
 俺は床を蹴り全力ダッシュをする。初手から圧倒するつもりだ。

「葛兄! 頑張ってください!」
「なっ……!?」
「おう、任しとき」

 な、菜月が葛葉さんの応援をしているっ!? そんなバカな!?
 ショックを受けた俺の全力ダッシュは急に失速する。そこへ体を菜月のほうへ向けたままの葛葉さんが目線だけ俺のほうへ動かした。

「昨日までの模擬戦の結果は訊いてるでぇ。坊主の本気見せてもらおか」
「くっ……! あんま舐めてもらっちゃ困りますよ、葛葉さんっ!」

 互いの拳が交錯する。しかし、どちらのパンチも空を切った。どちらともなく一旦距離をとって離れる。

「坊主、ありったけの【異能】込めてかかって来いや」
「……え?」
「せやから、【異能】全力で殴ってみぃ言うてんねん」
「いいですけど……自信過剰過ぎません? 怪我しても責任取れませんよ?」

 葛葉さんは挑発とも取れる言葉を放ち、自らは両手をだらんと下げてノーガードの状態で立っている。
 ふん……、いくらなんでも舐めすぎだろ。いいぞ、やってやるよ!
 俺は【四大元素】を纏い、溜めを作ってから一気に飛び出した。彼我の距離は五メートル。そして、二メートルまで接近した時、葛葉さんが両手を動かした。だがもう遅い。例えガードしたところで、俺は渾身の力を込めてブン殴るだけだ。

「うらああああああああっ!」

 葛葉さんが両腕を十字に交差させた。

「【圧縮風盾あっしゅくふうじゅん】!」
「なっ……!?」

 葛葉さんが前触れもなく言葉を放つ。その言葉が葛葉さんの【異能】に作用したのかわからないが、俺のパンチは完全に十字ガードに阻まれた。
 それどころか、弾かれた俺は尻餅をついていた。

「これで終いや。【紫電龍顎衝しでんりゅうがくしょう】!」

 慌てて身を起こそうとする俺に、葛葉さんがまた何かを叫びながら掌底を放った。立ち上がる前にやられると思った俺は、咄嗟に右手を突き出して防いだ。
 だが、俺の右手は葛葉さんの手に触れた瞬間、感電したように痺れた。

「いっ……!」
「お兄ちゃん!?」
「大丈夫や。手加減したからな」

 心配して駆け寄ろうとした菜月を制して、葛葉さんは右手を下ろした。
 俺の右腕は今も痺れている。すぐに治まりそうにない。これは俺の負け……だろう。もし筋肉痛がなくても、結果は同じだった気がする。
 その様子を見て葛葉さんは口元を吊り上げた。

「これが俺の【異能】や。どうや、ビックリしたやろ?」
「葛兄ぃ! 格好いいです!」

 菜月には技名を叫ぶ葛葉さんが戦隊もののヒーローにでも見えたのか、その場でジャンプするほど興奮していた。
 それにしても、中二病的なネーミングセンスの技名だ。これは一体……。

「何ですか、それは?」
「これはやな……」

 葛葉さん曰く、これは【言霊】といって、元々個々の技に名称など存在しない【異能】に、【言霊】を乗せることによって瞬間的に【異能】の力を変化や強化させる手法なのだそうだ。
 俺の知っている【言霊】と言ったら、声に出したことが自分の行動に影響するみたいな現象だと思っていたが、それに似た感じらしい。
 ただし国内外の【異能】研究では、その効果を実証する根拠がないため、その真偽は眉唾とされているようだ。
 ひとつわかったことは、葛葉さんが技名を言う派だってことだ。

「その技名って、葛葉さんが考えたんですか? ちょっとセンスを疑いますよ」
「バカにすんな。これは俺の恩人が使ってはった技や。イチャモンつけんなや」
「恩人……、師匠的な?」
「まぁ、そんなもんや。それより坊主、お前の負けや。これがランクB級の【異能】や。ランクの差いうもんがわかったやろ。さあて、楽しい罰ゲームの始めよか」
「うわっ……! マジかよ……クソッ!」

 例の如く、罰ゲームありだと告げていた。もちろん葛葉さん相手なのでエッチなゲームではなく、俺が買ったら一週間パシリにしてやろうとか考えていた。結果は俺の敗北であったが……。
 葛葉さんが指定した罰ゲームは、葛葉さんの愛車の洗車だった。しかも一緒に手伝ってくれた。意外と優しいのか?
 菜月も泡立てたスポンジを片手にゴシゴシと車を洗っている。何だか凄く楽しそうだ。

「この車、何年か前にランクA級の戦闘系【逆徒】を、ランちゃんと二人でボッコボコにした時の報酬で買うたんや」
「へー、ランクA級を……それで、いくらもらったんですか?」
「ひとり二千万や」
「え……!? マジですか!?」
「嘘言うてどないすんねん。ホンマの話や」

【逆徒】を倒したら報酬がもらえるのか。そういえば、この間二回も【逆徒】と戦ったよな。それって蘭子さんから何も言われてないけど、報酬もらえるのかな? 明日にでも訊いてみよう。
 洗車が終わりピカピカになった高級車で――元々汚れてなかったのに洗車させやがって!――、俺と菜月は家まで送ってもらった。
 
 夜になってベッドに潜り込んでから、俺は敗北のショックを噛みしめていた。
 連敗……だと!? まさか、葛葉さんが蘭子さんと同じランクB級だったとは。悔しい悔しい悔しいクソクソクソッ!
 正直、葛葉さんは強かった。本当に悔しい。でも、届かない強さじゃない気がする。俺はこの悔しさをバネに【四大元素】をトコトン極めてやろうと思った。
 これで模擬戦五勝二敗。
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