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第1章 「俺の【四大元素】編」(俺が中一で妹が小三編)
第23話 俺は妹とクリスマス会をする
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御伽原探偵事務所に着くと、葛葉さんは俺たちを降ろしてどこかへ走り去ってしまった。
マイちゃんは家まで送り届けてくれるらしい。
車内で訊いた話では、表向きの仮の姿である探偵業の仕事で、人妻の浮気調査の途中だそうだ。
二足のわらじ……大変そう。
時刻は午後三時半を過ぎた頃だった。
俺がそろそろ帰り支度を始めようとソファから立つと、PCで作業中の椎名先輩が気づいて顔を上げた。
「隼人くん。今日の夜何か予定ある?」
「え? 予定……ですか?」
来た来た来た――――!
俺の予想以上に椎名先輩の好感度は上がっていたようだ。
しかも今日は何の日だ。これはワンチャンあるか。
虚しくなるので口に出さなかったが、今日は十二月二十四日のクリスマスだ。
ハーレム第一章来ましたな。むふふ。
「あ、でも……急には無理よね。ごめんなさい。昨日にでも言っておけばよかったわね」
椎名先輩は俺が返事をする前に、勝手に無理だと決めつけて遠慮しようとしている。
無理なもんですか。例え予定があっても何とかしてみせますよ!
「今日の夜ですか……? 全然大丈夫ですよ!」
「本当に!? ありがとう!」
椎名先輩は嬉しそうに胸の前で手を叩いた。
ふっ、そんなに俺との夜のデートを待ち焦がれていましたか。
いいでしょう付き合いましょうか。朝まででも!
「ねぇ、クリスマス会をしない?」
「あ、そう言えば今日はクリスマスでしたっけ……? いやぁ、すっかり忘れてました。ははは」
俺は今言われてクリスマスに気づいた風に装う。椎名先輩も気づいてはいない。
クリスマス会か。どこか小洒落た店で先輩とディナーでも行くか。
俺はジーンズの尻ポケットにある財布に手をやった。
お金はあるのだ。
昨日クリスマスイブに俺は、父さんからクリスマスプレゼントとして現金で一万円をもらっていた。
まさかこんなにすぐに使う機会があるとは……お父さんサンタありがとう! 俺は心の底から父さんに感謝した。
ちなみに未だにサンタクロースを信じている菜月は、今朝起きた時に枕元にプレゼントが置いてあるのに喜んでいた。
せっかく菜月が「サンタさんからプレゼントだぁ! わーい!」と喜んでいたのに、今朝出かけるときに俺が昨日のインターホンでのやり取りを思い出させたために、テンションを下げさせてしまっていたのだ。反省。
「もちろんオッケーですよ! 一旦帰ってから待ち合わせでもしますか?」
「うーん。現地集合でいいんじゃないかしら? 蘭子さんもそうですよね?」
椎名先輩は同意を求めるように、所長机で難しそうな顔をして作業をしていた蘭子さんに問いかけた。
ん……? どうして蘭子さんに訊くの?
話の雲行きが怪しくなって、俺は首を傾げながら蘭子さんに視線を移す。
蘭子さんはPC作業を中断しタバコに手を伸ばす。
「直接ここでいいだろう。隼人も参加と」
え? ここに集合? 何そのクリスマス会? 何が始まるの?
と言うか、この時点でもう椎名先輩と二人きりでのクリスマス会の線は消えた……。
儚い夢だったな……。
椎名先輩がクリスマス会の説明をしてくれる。
今日の夜この御伽原探偵事務所で、ささやかながらクリスマス会を催そうと椎名先輩が企画したらしい。
俺の組織入会祝いも兼ねているそうだ。
昨日の時点では俺は組織に入会していなかったが、今日蘭子さんが俺の許可なく組織に入会申請した上に、さっき廃工場で俺が堂々と入会宣言的なことをやらかしたためだ。
でも先輩と蘭子さんと三人か……悪くはない。悪くはないぞ。
「マイも来るんだろう?」
「はい。昨日のイブは家族でクリスマス会をしたんですが、今日は蘭子さんや隼人くんも一緒にやりたいなと思って」
「え!? マイちゃんも来るんですか?」
「ええ。だからってマイのお尻を触ったりしないでね」
「へ……!?」
「マイが言うのよ。隼人くんにお尻を触られたって……。あの子ああいう性格だから、多分冗談で言ってるだけだと思うんだけど……そうよね?」
マイちゃん昨日階段ですれ違った時にお尻が当たっただけなのに……。大袈裟に椎名先輩に言ったようだ。
幸い椎名先輩は冗談だとわかってくれているからいいものの……。
あとでマイちゃんにちゃんと言っておこう。
「あ、当たり前ですよ! 俺は紳士ですよ……! いくら小学生とはいえ女性にそんな……ははは」
「お尻好きの隼人が小学生のお尻に興味を持っても何ら不思議はない」
蘭子さん余計なこと言い過ぎです……。
この人完全に俺のことをお尻好きで通したいらしい……。
椎名先輩はせっかくだから菜月も連れてきたらどうかと提案してくれ、午後五時にここに集合ということになった。
小学生も参加するので余り遅くならないように、五時から始めて七時にお開きにしようと蘭子さんが気にかけてくれる。
何でも食事や飲み物は蘭子さんが奢ってくれるそうだ。
俺はひとまず家に帰ることにした。
◇ ◇ ◇
家に帰って菜月にクリスマス会のことを話したら、「うーん。どうしようかなぁ」と言っていたが、マイちゃんも来ると教えると二つ返事で頷いた。
母さんは夜に子どもだけで出かけることを渋っていたが、俺が椎名先輩の家でクリスマス会をして午後八時までに帰って来ると約束して何とか許可を得た。
母さんはマイちゃんを菜月の友達だと知っているし実際に顔を合わせたこともあるので、そのマイちゃんの姉で俺の中学の先輩も一緒でそこの家にお世話になると多少嘘を交えた。
「じゃあ、母さん行ってくるね」
「本当にあちらのお宅に電話しなくて大丈夫なのかしら……」
「大丈夫だって。気を遣わないでくれって言われたからさ」
「そう……」
「お母さん、行ってきまーす」
「いってらっしゃい。ちゃんとお兄ちゃんの言うこと聞くのよ?」
「うん!」
俺ひとりなら自転車で行くのだが、今は菜月が一緒だ。
だから自転車は使わずに電車で行く。御伽原探偵事務所は一駅だから、電車待ちの時間を加味しても三十分あれば着くだろう。
「お、菜月! そのスニーカー可愛いなぁ!」
「サンタさんがプレゼントしてくれたの! いいでしょー!」
「きっと菜月がいい子にしてたからだな。大好きな色のスニーカーで良かったじゃないか」
「うん! 見てぇピンク!」
菜月は父さんがこっそり枕元に忍ばせたピンクのスニーカーを自慢げに見せてくれた。
で、父さんがサンタと知っている俺は臨時収入を得たわけだ。
「あれー? お兄ちゃん、マイちゃんのお家そっちじゃないよ?」
「実はクリスマス会は別の場所でやりまーす! 母さんには内緒だぞ。もし訊かれてもマイちゃんの家だと言えばいい」
「えー!」
菜月は驚いた顔をしていた。
駅は会社帰りのサラリーマンやOLでごった返していた。
菜月を迷子にするわけにはいかない。
「人が多いから迷子にならないように、ちゃんと俺の手を握っておくんだぞ?」
「うん、わかった!」
俺は隣駅までの切符を買い、菜月と手を繋いで改札を通った。
手が汗ばんでいる……。
菜月の手ではない。汗ばんでいたのは俺だった……。手汗が凄い。
◇ ◇ ◇
俺と菜月が御伽原探偵事務所に着いたのは、クリスマス会予定時刻の十分前だった。
蘭子さんや椎名先輩とマイちゃん、みんな揃っているようだ。
ソファに挟まれたローテーブルには、定番のチキンやクリスマスらしい食事が並んでいる。
端のほうには可愛らしい手のひらサイズのクリスマスツリーがちょこんと置かれていた。
菜月とは初対面の先輩と蘭子さんが互いに自己紹介をしている。
「こんばんは。初めまして、櫛木菜月です。ええと、小学三年生です」
「初めまして。マイの姉の千尋よ。いつもマイと仲良くしてくれてありがとう。私ともお友達になってくれる?」
「千尋とマイの友達で御伽原蘭子だ。よろしくな。まさか隼人の妹がこんなに可愛らしい子だったとわ驚きだ」
菜月は二人のお姉さんに囲まれて、もじもじしながら照れていた。
そこに割って入ったのはマイちゃんだ。
「私も自己紹介するのー! むふー!」
マイちゃんの自己紹介は得意の変顔で完結した。実に簡潔な自己紹介だ。
しばらく談笑してから、みんなで席につく。
ソファには俺、菜月、マイちゃんの順に座り、マイちゃんの対面に蘭子さんその隣に椎名先輩が座った。
だから俺の目の前には先輩がいた。微笑んでいる。だがその微笑みは俺に向けられたものではなく、菜月とマイちゃんに対してだった。
「なっちゃんはグレープジュースでいいかな? あ、炭酸は大丈夫?」
「はい。ありがとうございます。炭酸大丈夫です……ちぃ姉」
「はい どうぞ」
いつの間にか菜月と椎名先輩の互いの呼び名が変わっていた。凄く自然な流れだ。俺も見習いたいものだ。
「菜月。チキンにも種類があるからな、特別に最初に好きなの選んでいいぞ」
「わあ! 鶏さん大好き! いいんですか? ……ランちゃん」
な、なんと菜月と蘭子さんの互いの呼び名も変わっていた。凄く自然な流れだ。俺も見習いたいものだ。本当に!
「にゃははは! なっちゃん見て!」
「マイちゃん凄いね! 面白いよぉ!」
マイちゃんがチキンをむさぼり食う様子を菜月に披露していた。
グレープジュースの入ったグラスを手に持って、菜月がけらけらと笑っている。
クリスマス会っていいなぁ。俺はしみじみ思った。
蘭子さんはチキンをつまみに白ワインを飲んでいた。ひとりで一本空けそうな勢いだ。
椎名先輩と目が合う。
取り皿にサラダをよそっていた先輩はにっこり笑って、
「隼人くんどうしたの? さっきからニヤニヤして全然食べてないじゃない。もしかして鶏嫌いだった?」
「いや、大好物ですよ! ははは」
俺の皿に一際デカいチキンを入れてくれた。
ある意味お腹いっぱいです。もうこのお皿ごと持って帰って宝物にしていいですか?
一時間ほど楽しく会話をしながら食事をしたあと、蘭子さんがケーキもあると言うのでデザートタイムに入った。
椎名先輩が蘭子さんにはコーヒーを、俺たちにはレモンティーを淹れてくれて、ホールケーキを切り分けてくれる。
ケーキに乗っかっているチョコレートのプレートには【メリークリスマス】と英語で書かれていて、読めない菜月とマイちゃんは先輩に「これ何て書いてあるの?」と訊いていた。
菜月のケーキにはチョコレートのプレートが、マイちゃんのケーキにはサンタクロースの砂糖菓子が乗っていた。
二人の小学生がきゃっきゃして、それを微笑ましく見守る先輩と蘭子さんがいる。
そしてそれをニヤニヤと笑みを浮かべながら、眺める俺がいた。
目ざとく俺に気づいたのはマイちゃんだ。
「あー! また笑ってるー! 見てちぃ姉! たまにこういう顔で私となっちゃんを見るんだよー」
「もうっ。隼人くんたら」
「違いますよ先輩。こらこらマイちゃん、誤解するような発言はダメだぞー」
「え? お兄ちゃん私と遊ぶ時はいつもこんな顔だよ?」
「「「シスコン」」」
まるで息を合わせたかのように、椎名先輩とマイちゃんそして蘭子さんが俺を指さした。
「だ、か、らっ! 違いますってぇー!」
こうして俺たちのクリスマス会の楽しい時間は過ぎていった。
午後七時前になり予定どおりクリスマス会はお開きとなって、片付けをする椎名先輩には申し訳ないが母さんと約束した門限がある俺と菜月は帰路に就いた。
◇ ◇ ◇
家に帰りリビングでTVのバラエティー番組を見ていたら、風呂上がりの菜月が髪をわしゃわしゃと拭きながら寄ってきた。
そのままちょこんと俺が座っていたソファの隣に腰を下ろす。
「今日は楽しかったねお兄ちゃん。ちぃ姉やランちゃんもとっても優しかったし」
「ああ、そうだな。また来年もクリスマス会やるって約束したもんな」
「うん! もう今から楽しみだよ!」
「……それはそうと、明日は本当に大丈夫なのか?」
「……うん。頑張る」
「そうか……」
帰り際、蘭子さんに呼び止められた俺は、明日の朝菜月を連れて御伽原探偵事務所に来るように言われていたのだ。
明日組織のある場所へ連れて行ってくれるらしい。
不安な気持ちは多少ある。
だけどそれ以上に興味もあるのだ。
組織か……。
「もう九時だから寝ろよー?」
「うん、おやすみぃ」
「グッナイ!」
二階の部屋に向かう菜月の足音を聞きながら、俺はTVに視線を戻したのだった。
マイちゃんは家まで送り届けてくれるらしい。
車内で訊いた話では、表向きの仮の姿である探偵業の仕事で、人妻の浮気調査の途中だそうだ。
二足のわらじ……大変そう。
時刻は午後三時半を過ぎた頃だった。
俺がそろそろ帰り支度を始めようとソファから立つと、PCで作業中の椎名先輩が気づいて顔を上げた。
「隼人くん。今日の夜何か予定ある?」
「え? 予定……ですか?」
来た来た来た――――!
俺の予想以上に椎名先輩の好感度は上がっていたようだ。
しかも今日は何の日だ。これはワンチャンあるか。
虚しくなるので口に出さなかったが、今日は十二月二十四日のクリスマスだ。
ハーレム第一章来ましたな。むふふ。
「あ、でも……急には無理よね。ごめんなさい。昨日にでも言っておけばよかったわね」
椎名先輩は俺が返事をする前に、勝手に無理だと決めつけて遠慮しようとしている。
無理なもんですか。例え予定があっても何とかしてみせますよ!
「今日の夜ですか……? 全然大丈夫ですよ!」
「本当に!? ありがとう!」
椎名先輩は嬉しそうに胸の前で手を叩いた。
ふっ、そんなに俺との夜のデートを待ち焦がれていましたか。
いいでしょう付き合いましょうか。朝まででも!
「ねぇ、クリスマス会をしない?」
「あ、そう言えば今日はクリスマスでしたっけ……? いやぁ、すっかり忘れてました。ははは」
俺は今言われてクリスマスに気づいた風に装う。椎名先輩も気づいてはいない。
クリスマス会か。どこか小洒落た店で先輩とディナーでも行くか。
俺はジーンズの尻ポケットにある財布に手をやった。
お金はあるのだ。
昨日クリスマスイブに俺は、父さんからクリスマスプレゼントとして現金で一万円をもらっていた。
まさかこんなにすぐに使う機会があるとは……お父さんサンタありがとう! 俺は心の底から父さんに感謝した。
ちなみに未だにサンタクロースを信じている菜月は、今朝起きた時に枕元にプレゼントが置いてあるのに喜んでいた。
せっかく菜月が「サンタさんからプレゼントだぁ! わーい!」と喜んでいたのに、今朝出かけるときに俺が昨日のインターホンでのやり取りを思い出させたために、テンションを下げさせてしまっていたのだ。反省。
「もちろんオッケーですよ! 一旦帰ってから待ち合わせでもしますか?」
「うーん。現地集合でいいんじゃないかしら? 蘭子さんもそうですよね?」
椎名先輩は同意を求めるように、所長机で難しそうな顔をして作業をしていた蘭子さんに問いかけた。
ん……? どうして蘭子さんに訊くの?
話の雲行きが怪しくなって、俺は首を傾げながら蘭子さんに視線を移す。
蘭子さんはPC作業を中断しタバコに手を伸ばす。
「直接ここでいいだろう。隼人も参加と」
え? ここに集合? 何そのクリスマス会? 何が始まるの?
と言うか、この時点でもう椎名先輩と二人きりでのクリスマス会の線は消えた……。
儚い夢だったな……。
椎名先輩がクリスマス会の説明をしてくれる。
今日の夜この御伽原探偵事務所で、ささやかながらクリスマス会を催そうと椎名先輩が企画したらしい。
俺の組織入会祝いも兼ねているそうだ。
昨日の時点では俺は組織に入会していなかったが、今日蘭子さんが俺の許可なく組織に入会申請した上に、さっき廃工場で俺が堂々と入会宣言的なことをやらかしたためだ。
でも先輩と蘭子さんと三人か……悪くはない。悪くはないぞ。
「マイも来るんだろう?」
「はい。昨日のイブは家族でクリスマス会をしたんですが、今日は蘭子さんや隼人くんも一緒にやりたいなと思って」
「え!? マイちゃんも来るんですか?」
「ええ。だからってマイのお尻を触ったりしないでね」
「へ……!?」
「マイが言うのよ。隼人くんにお尻を触られたって……。あの子ああいう性格だから、多分冗談で言ってるだけだと思うんだけど……そうよね?」
マイちゃん昨日階段ですれ違った時にお尻が当たっただけなのに……。大袈裟に椎名先輩に言ったようだ。
幸い椎名先輩は冗談だとわかってくれているからいいものの……。
あとでマイちゃんにちゃんと言っておこう。
「あ、当たり前ですよ! 俺は紳士ですよ……! いくら小学生とはいえ女性にそんな……ははは」
「お尻好きの隼人が小学生のお尻に興味を持っても何ら不思議はない」
蘭子さん余計なこと言い過ぎです……。
この人完全に俺のことをお尻好きで通したいらしい……。
椎名先輩はせっかくだから菜月も連れてきたらどうかと提案してくれ、午後五時にここに集合ということになった。
小学生も参加するので余り遅くならないように、五時から始めて七時にお開きにしようと蘭子さんが気にかけてくれる。
何でも食事や飲み物は蘭子さんが奢ってくれるそうだ。
俺はひとまず家に帰ることにした。
◇ ◇ ◇
家に帰って菜月にクリスマス会のことを話したら、「うーん。どうしようかなぁ」と言っていたが、マイちゃんも来ると教えると二つ返事で頷いた。
母さんは夜に子どもだけで出かけることを渋っていたが、俺が椎名先輩の家でクリスマス会をして午後八時までに帰って来ると約束して何とか許可を得た。
母さんはマイちゃんを菜月の友達だと知っているし実際に顔を合わせたこともあるので、そのマイちゃんの姉で俺の中学の先輩も一緒でそこの家にお世話になると多少嘘を交えた。
「じゃあ、母さん行ってくるね」
「本当にあちらのお宅に電話しなくて大丈夫なのかしら……」
「大丈夫だって。気を遣わないでくれって言われたからさ」
「そう……」
「お母さん、行ってきまーす」
「いってらっしゃい。ちゃんとお兄ちゃんの言うこと聞くのよ?」
「うん!」
俺ひとりなら自転車で行くのだが、今は菜月が一緒だ。
だから自転車は使わずに電車で行く。御伽原探偵事務所は一駅だから、電車待ちの時間を加味しても三十分あれば着くだろう。
「お、菜月! そのスニーカー可愛いなぁ!」
「サンタさんがプレゼントしてくれたの! いいでしょー!」
「きっと菜月がいい子にしてたからだな。大好きな色のスニーカーで良かったじゃないか」
「うん! 見てぇピンク!」
菜月は父さんがこっそり枕元に忍ばせたピンクのスニーカーを自慢げに見せてくれた。
で、父さんがサンタと知っている俺は臨時収入を得たわけだ。
「あれー? お兄ちゃん、マイちゃんのお家そっちじゃないよ?」
「実はクリスマス会は別の場所でやりまーす! 母さんには内緒だぞ。もし訊かれてもマイちゃんの家だと言えばいい」
「えー!」
菜月は驚いた顔をしていた。
駅は会社帰りのサラリーマンやOLでごった返していた。
菜月を迷子にするわけにはいかない。
「人が多いから迷子にならないように、ちゃんと俺の手を握っておくんだぞ?」
「うん、わかった!」
俺は隣駅までの切符を買い、菜月と手を繋いで改札を通った。
手が汗ばんでいる……。
菜月の手ではない。汗ばんでいたのは俺だった……。手汗が凄い。
◇ ◇ ◇
俺と菜月が御伽原探偵事務所に着いたのは、クリスマス会予定時刻の十分前だった。
蘭子さんや椎名先輩とマイちゃん、みんな揃っているようだ。
ソファに挟まれたローテーブルには、定番のチキンやクリスマスらしい食事が並んでいる。
端のほうには可愛らしい手のひらサイズのクリスマスツリーがちょこんと置かれていた。
菜月とは初対面の先輩と蘭子さんが互いに自己紹介をしている。
「こんばんは。初めまして、櫛木菜月です。ええと、小学三年生です」
「初めまして。マイの姉の千尋よ。いつもマイと仲良くしてくれてありがとう。私ともお友達になってくれる?」
「千尋とマイの友達で御伽原蘭子だ。よろしくな。まさか隼人の妹がこんなに可愛らしい子だったとわ驚きだ」
菜月は二人のお姉さんに囲まれて、もじもじしながら照れていた。
そこに割って入ったのはマイちゃんだ。
「私も自己紹介するのー! むふー!」
マイちゃんの自己紹介は得意の変顔で完結した。実に簡潔な自己紹介だ。
しばらく談笑してから、みんなで席につく。
ソファには俺、菜月、マイちゃんの順に座り、マイちゃんの対面に蘭子さんその隣に椎名先輩が座った。
だから俺の目の前には先輩がいた。微笑んでいる。だがその微笑みは俺に向けられたものではなく、菜月とマイちゃんに対してだった。
「なっちゃんはグレープジュースでいいかな? あ、炭酸は大丈夫?」
「はい。ありがとうございます。炭酸大丈夫です……ちぃ姉」
「はい どうぞ」
いつの間にか菜月と椎名先輩の互いの呼び名が変わっていた。凄く自然な流れだ。俺も見習いたいものだ。
「菜月。チキンにも種類があるからな、特別に最初に好きなの選んでいいぞ」
「わあ! 鶏さん大好き! いいんですか? ……ランちゃん」
な、なんと菜月と蘭子さんの互いの呼び名も変わっていた。凄く自然な流れだ。俺も見習いたいものだ。本当に!
「にゃははは! なっちゃん見て!」
「マイちゃん凄いね! 面白いよぉ!」
マイちゃんがチキンをむさぼり食う様子を菜月に披露していた。
グレープジュースの入ったグラスを手に持って、菜月がけらけらと笑っている。
クリスマス会っていいなぁ。俺はしみじみ思った。
蘭子さんはチキンをつまみに白ワインを飲んでいた。ひとりで一本空けそうな勢いだ。
椎名先輩と目が合う。
取り皿にサラダをよそっていた先輩はにっこり笑って、
「隼人くんどうしたの? さっきからニヤニヤして全然食べてないじゃない。もしかして鶏嫌いだった?」
「いや、大好物ですよ! ははは」
俺の皿に一際デカいチキンを入れてくれた。
ある意味お腹いっぱいです。もうこのお皿ごと持って帰って宝物にしていいですか?
一時間ほど楽しく会話をしながら食事をしたあと、蘭子さんがケーキもあると言うのでデザートタイムに入った。
椎名先輩が蘭子さんにはコーヒーを、俺たちにはレモンティーを淹れてくれて、ホールケーキを切り分けてくれる。
ケーキに乗っかっているチョコレートのプレートには【メリークリスマス】と英語で書かれていて、読めない菜月とマイちゃんは先輩に「これ何て書いてあるの?」と訊いていた。
菜月のケーキにはチョコレートのプレートが、マイちゃんのケーキにはサンタクロースの砂糖菓子が乗っていた。
二人の小学生がきゃっきゃして、それを微笑ましく見守る先輩と蘭子さんがいる。
そしてそれをニヤニヤと笑みを浮かべながら、眺める俺がいた。
目ざとく俺に気づいたのはマイちゃんだ。
「あー! また笑ってるー! 見てちぃ姉! たまにこういう顔で私となっちゃんを見るんだよー」
「もうっ。隼人くんたら」
「違いますよ先輩。こらこらマイちゃん、誤解するような発言はダメだぞー」
「え? お兄ちゃん私と遊ぶ時はいつもこんな顔だよ?」
「「「シスコン」」」
まるで息を合わせたかのように、椎名先輩とマイちゃんそして蘭子さんが俺を指さした。
「だ、か、らっ! 違いますってぇー!」
こうして俺たちのクリスマス会の楽しい時間は過ぎていった。
午後七時前になり予定どおりクリスマス会はお開きとなって、片付けをする椎名先輩には申し訳ないが母さんと約束した門限がある俺と菜月は帰路に就いた。
◇ ◇ ◇
家に帰りリビングでTVのバラエティー番組を見ていたら、風呂上がりの菜月が髪をわしゃわしゃと拭きながら寄ってきた。
そのままちょこんと俺が座っていたソファの隣に腰を下ろす。
「今日は楽しかったねお兄ちゃん。ちぃ姉やランちゃんもとっても優しかったし」
「ああ、そうだな。また来年もクリスマス会やるって約束したもんな」
「うん! もう今から楽しみだよ!」
「……それはそうと、明日は本当に大丈夫なのか?」
「……うん。頑張る」
「そうか……」
帰り際、蘭子さんに呼び止められた俺は、明日の朝菜月を連れて御伽原探偵事務所に来るように言われていたのだ。
明日組織のある場所へ連れて行ってくれるらしい。
不安な気持ちは多少ある。
だけどそれ以上に興味もあるのだ。
組織か……。
「もう九時だから寝ろよー?」
「うん、おやすみぃ」
「グッナイ!」
二階の部屋に向かう菜月の足音を聞きながら、俺はTVに視線を戻したのだった。
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