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第1章 「俺の【四大元素】編」(俺が中一で妹が小三編)

第16話 お姉さんの胸は凶器だった

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「……何です? 突然……」
「能力だよ。の、う、りょ、く」
「いや、言葉はわかりますよ。能力ってアレですか? 身体能力とか……ですか?」
「違う。常人が持ち得ない特殊な能力のことだ。あたしらの界隈じゃ【異能】なんて呼んでるが、心当たりがあるだろう?」

 間違いない。蘭子さんは俺が【四大元素】を使えると知ってて訊いているのだ。
 俺に【四大元素】の力がなかったら、信じないと断言できたのだが、俺があの力を使える以上、信じないわけにはいかない。
 というか、俺は【四大元素】と命名したけど……あれは【異能】というのか……。
 心当たりがないと言って、訝しがられるのも嫌だし。わからないと答えるのが無難なのか?
 蘭子さんは俺の答えを待っている。
 一体、どう答えればいいんだ?

 俺は心の迷いを隠すように、冷え切ったココアを一気に飲み干した。「おかわりする?」とトレイを持った椎名先輩が訊いてくるが、俺は首を横に振る。
 先輩はそのまま俺の隣に座った。隣といってもさっきと違い、俺と先輩の間には微妙な空間がある。お尻の件で警戒されてるようだ。

「答えに迷うか? まず、あたしの言うことを素直にきいてくれ。【異能】はこの世に存在する。実際に専門の組織というものがあるくらいだからな」
「組織……ですか? それって非合法な組織とか?」
「違う。その組織とは【異能】に関係する者が集まり研究をしている機関だ。まあ、表向きは医薬品メーカーや企業の研究施設を装ってはいるがな。かくゆうあたしもそういう組織に所属していたりする。つまり【異能】の関係者ってことだ」

 何を言ってるんだ、この人は。
 話が荒唐無稽すぎる。
 【四大元素】を研究している機関だって? バカバカしい。

「関係者って、蘭子さんはその【異能】を使えるんですか?」
「そうだな。あたしにも【異能】はある」
「へー」

 俺は白々しく相槌を打った。

「【異能】を体得するためには、二通りの方法があってな。ひとつは【異能】の家系に生まれた場合だ。先天的に【異能】の素質を持っている可能性が極めて高い。だからそういう家は親は子に【異能】の使い方を教える。二つ目は、【異能】の家系ではないが、素質を持って生まれた場合だ。大抵の場合は【異能】に気づくことなく一生を終える。だが同類に見いだされて、手ほどきを受ける場合がある。【異能】を身につけるための訓練は並大抵のものではないが、訓練次第で体得することができる。あたしは前者のほうだ」
「……はぁ」

 俺はマルチ商法の勧誘でもされているんだろうか。
 だが、蘭子さんが発した次の言葉が、俺に強烈な衝撃を与えた。

「千尋も前者で、きみは後者だ」

 ……は?
 椎名先輩は前者? え!? 先輩も【四大元素】使えるの!? ダメだ理解が追いつかない。

「きみには【異能】の素質がある。訓練しなければ、普通の人として一生を過ごすことになるだろう。だけど、訓練の成果によっては【異能】を体得できるかもしれない」
「そんなわけ、あるわけないでしょう。俺は普通の中学生ですよ?」
「自覚はないか?」
「……何か根拠でもあるんですか?」
「ある。この事務所には安全上の観点から、特殊な【結界】を張ってある。だからここには【異能】を持つものしか入れない」
「しまった!? そうだったのかっ!?」
「当たりか。そんな【結界】ここにはない」

 蘭子さんはカマをかけたのか!?
 だ、騙されたあああっ!

「……は、嵌められた!?」
「あたしは、きみに【異能】を見せたことがあるんだが憶えていないか?」

 俺に【四大元素】を見せた? 蘭子さんと会ったのは最初はプールの時で、今日でたった二回目だぞ!? まさかプールでのナイスバディは【四大元素】を使ってた? それか俺を魅了したとか? それとも、この会話中に何らかの【四大元素】を使っているってのか?
 くそ……! 頭に引っかかっていたものが気になりだす。
 俺は悩みながら、蘭子さんを注視した。

「あたしと会ったのは、今日で二回目だと思っているか? あたしの顔をよく見てみろ」
 
 蘭子さんはローテーブルに手をついて、大きく身を乗り出した。
 間近に蘭子さんの顔がっ! 吐く息が顔にかかる! 近いっ……近すぎる! 十センチほどの距離だ!
 それに耐えられなくなり視線を下へ移動すると、蘭子さんの豊満な胸が視界に飛び込んだ。
 うわっ!? 谷間が見えちゃってるんですがっ!

「あんっ! ス、ケ、ベ」
「いやっ……!? これは違うんです! 胸なんて見てませんからっ!」
「そうだった。失敬、きみはお尻派だったな」
「……櫛木くん、蘭子さんの胸見てたんだ? 蘭子さんもシャツのボタン留めてください」
 
 椎名先輩が、俺と視線を合わせずに脇腹をつねる。

「いっ、痛いです! 違うんです先輩っ! これは誤解です!」
 
 必死に弁解しようとする俺の顔を、蘭子さんが両手でがしっと掴み自分のほうへ振り向かせた。
 近すぎて蘭子さんの吐息や、香水の匂いが俺を包み込んでいく。

「あ、あのです……ね」
「こんな美人を忘れるなんて、きみの頭の中はどうなっているんだ?」
「もう蘭子さんっ! 真面目にやってください!」

 横から椎名先輩が口を挟む。
 蘭子さんは先輩に笑みを返すと、俺から手を離してソファに背中を預けた。

「そう怒るな、千尋。あたしはいたって真面目だ」

 蘭子さんはタバコを灰皿に押しつけた。
 俺の心臓はまだバクバク音を上げながら鼓動している。鼻先に蘭子さんのタバコと香水の匂いが残っていた。
 何ともいえない、甘ったるい香り。嫌な匂いではなく、むしろ心地いい。
 
 ……待て待て待て!?
 この匂い……どこかで!
 頭の中のもやもやが晴れそうだ……!
 断片的に思いだしかけていたものが繋がろうとしていた。
 ハスキーボイスに――――
 男口調――――
 この香水の匂い――――――
 今度は俺が身を乗り出して、蘭子さんを顔を括目した。

「う、嘘だろ……!?」

 俺の顔の変化を見て、蘭子さんの目つきが変わった。

「どうやら思い出したようだな」

 思い出した。
 たった今、はっきりと思い出した。
 蘭子さんはあの時の女だ。
 五ヶ月前のあの事件。
 夏休みの深夜、高架下で男と戦って目を抉ったあの……女だっ!
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