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とある男の転換期

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 シオン・ポリティス伯爵は、通された小部屋を一瞥すると、心の中で首を傾げた。

「ここは陛下の執務室であったと思うが?」

 部屋に在中している騎士に話しかけると、彼はコクリと頷いた。

「その通りです。
 こちらは新たに作られた応接室になります。」

 この騎士は、どこぞの伯爵家の3男であったと記憶している。
 この状況で自分を謀る事もないだろうと部屋を見渡したポリティス伯爵は溜息を吐いた。

《これは、どこかの馬鹿者の所為か。》

 部屋が作られた経緯を陛下の時間を裂いてまで押しかける輩がいるのだと推測したポリティス伯爵は、顔を顰めた。

「シオン・ポリティス伯爵。
 どうぞ。お入り下さい。」

 もう1つの扉が開かれ、近衛騎士団長であるセオドア・ローリングが顔を出した。

《・・・近衛の騎士団長が、扉を開く?
 そんな事までするのか?
 これまでの皇族とは大分違うな。》

 ポリティス伯爵が頷き扉の中に入れば皇帝が執務をこなしていた。

「あぁ、呼び出してすまないな。
 もう少しで終わる。
 座って、待っていてくれ。」

 セオドア・ローリング近衛騎士団長に案内され、ソファーに腰を落としたポリティス伯爵は失礼にならない程度に部屋を見た。

 以前のケバケバしさが失われ、シンプルな壁紙や柱に変わっていた。
 派手な装飾は無くなっているが、ウィンドチャームや植物、小さな水瓶がそっと置かれているのは陛下の趣味だろうか?
 それが龍の拠り所だとポリティス伯爵が気づく事もない。

 静かに近寄って来た侍従が紅茶をポリティス伯爵の前に置く。
 紅茶から桃の香りがしてくる事から、皇帝陛下の母君であるマドレーヌ様の“桃華の宮”でとれた桃を利用しているのだろう。

 下がって行った侍従は目を布で隠していた。
 目が悪いのかもしれない。

 紅茶に口をつけていると、若き皇帝が立ち上がったのが分かり、ポリティス伯爵も立ち上がった。

「こちらから呼んでおいて待たせてしまった。
 すまない。」

「シオン・ポリティス。お呼びにより参上致しました。」

 挨拶を交わすと2人は向かい合わせに座った。

「ポリティス伯爵。
 今日呼び立てたのは、貴殿に頼みたい事があったからだ。」

「お役に立てる事なら何なりと御命令下さい。」

 皇帝からの命令を伯爵位如きの男が断れるはずがない。
 
「いやいや、命令ではない。
 頼みだ。」

「・・・はぁ。」

 それは、断る権利を与えていると言っている様に聞こえる。
 ポリティス伯爵は不思議そうに頷いた。

「我が妃となるリリィの元へ行き、彼女の事を手伝ってやってくれないか?」

「・・・はい?」

 皇帝の妃となる女性・・・それは即ち龍の姫巫女であるリリィの事である。
 唐突な願いにポリティス伯爵は思わず間抜けな声を出してしまった。

「フハハ!
 そう、驚かないでくれ。
 リリィがしたい事に貴殿の力が必要だと私は思う。
 国内でも有数の商売を繰り広げるポリティス伯爵家の当主ならば、リリィも納得だろう。
 どうだろうか?
 リリィと仕事をしてみないか?」

 ポリティス伯爵は開いていた口をキュッと引き締め、若き皇帝を見つめ返すのだった。
 
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