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未来への決着
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皇帝ハイゴール・ウィリの第一側室だったマドレーヌは震える手を押さえつけて桃の木を見つめていた。
いついかなる時も咲き誇る桃の木が彼女の心を支えてきた事は間違いない。
しかし、この日ばかりは難しそうだった。
ーーー半時前の事。
「ルカを皇帝にっ?」
驚くマドレーヌに、議会の様子を伝える侍従のギモーブが頷いた。
「満場一致で推挙されたそうです。」
ファヴィリエ・ルカの出自の秘密を知るギモーブも複雑そうな顔をしていた。
「・・・ハクヤ様にお会いしなければなりません。
取次をお願いします。」
「・・・承知しました。」
あの日、ジャンヴィエ・リーンがマドレーヌに剣を向けた日。
何の隔たりもなく再会したディミトリオ・ハクヤとマドレーヌであったが、多くの言葉を交わしたわけではない。
それ程に、2人が袂を分かってから時間が経っていた。
不安を押し殺す様に手を握りしめるマドレーヌの背後に一筋の影が映る。
「寒くはありませんか?」
振り返る事なく桃の木を見上げるマドレーヌの肩に外掛けが優しく羽織られた。
「どんな事が起ころうとも、この桃の木は美しいままでした。」
「ええ。」
マドレーヌの呟きにディミトリオ・ハクヤは短く返事をした。
マドレーヌは意を決して振り向いた。
こんなにも近しい距離で見つめ合うのは別れを告げた日以来だった。
愛おしい恋人だった男は随分と疲れている様子だった。
自分だって、昔と違い多少は老けているだろう。
感情が追いつかず心苦しくて目をそらした。
「お話があるとか?」
前と変わらずに、優しく声をかけるディミトリオ・ハクヤにマドレーヌは頷いた。
「ルカが・・・我が息子ファヴィリエ・ルカが皇帝に推挙されたと聞きました。
間違いありませんか?」
「はい。
間違いありません。」
「・・・なりません。
あの子は・・・正当な後継者ではありません。」
マドレーヌの絞り出す様な声にもディミトリオ・ハクヤは聞き耳を立てているだけだった。
「あの子は・・・ファヴィリエ・ルカはウィリ様の・・・皇帝ハイゴール・ウィリ様の子ではないのです。
あの子は・・・あの子は・・・貴方の・・・。」
マドレーヌが必死に言葉を紡ぎ顔を上げると、彼女は目を見開いた。
ディミトリオ・ハクヤが微笑みながら涙を流していたのだ。
それは、今聞かされて驚愕したのではなく、慈愛に満ちた顔だった。
「・・・知ってたの?」
震える声で問いかけるマドレーヌにディミトリオ・ハクヤは首を横に振った。
「いいや。
議会でファヴィリエ・ルカ様が申告なさったんだ。
自分の父はハイゴール・ウィリではなく私だと。」
声も出せぬマドレーヌは自分の知らぬ息子の覚悟を知る事となった。
いついかなる時も咲き誇る桃の木が彼女の心を支えてきた事は間違いない。
しかし、この日ばかりは難しそうだった。
ーーー半時前の事。
「ルカを皇帝にっ?」
驚くマドレーヌに、議会の様子を伝える侍従のギモーブが頷いた。
「満場一致で推挙されたそうです。」
ファヴィリエ・ルカの出自の秘密を知るギモーブも複雑そうな顔をしていた。
「・・・ハクヤ様にお会いしなければなりません。
取次をお願いします。」
「・・・承知しました。」
あの日、ジャンヴィエ・リーンがマドレーヌに剣を向けた日。
何の隔たりもなく再会したディミトリオ・ハクヤとマドレーヌであったが、多くの言葉を交わしたわけではない。
それ程に、2人が袂を分かってから時間が経っていた。
不安を押し殺す様に手を握りしめるマドレーヌの背後に一筋の影が映る。
「寒くはありませんか?」
振り返る事なく桃の木を見上げるマドレーヌの肩に外掛けが優しく羽織られた。
「どんな事が起ころうとも、この桃の木は美しいままでした。」
「ええ。」
マドレーヌの呟きにディミトリオ・ハクヤは短く返事をした。
マドレーヌは意を決して振り向いた。
こんなにも近しい距離で見つめ合うのは別れを告げた日以来だった。
愛おしい恋人だった男は随分と疲れている様子だった。
自分だって、昔と違い多少は老けているだろう。
感情が追いつかず心苦しくて目をそらした。
「お話があるとか?」
前と変わらずに、優しく声をかけるディミトリオ・ハクヤにマドレーヌは頷いた。
「ルカが・・・我が息子ファヴィリエ・ルカが皇帝に推挙されたと聞きました。
間違いありませんか?」
「はい。
間違いありません。」
「・・・なりません。
あの子は・・・正当な後継者ではありません。」
マドレーヌの絞り出す様な声にもディミトリオ・ハクヤは聞き耳を立てているだけだった。
「あの子は・・・ファヴィリエ・ルカはウィリ様の・・・皇帝ハイゴール・ウィリ様の子ではないのです。
あの子は・・・あの子は・・・貴方の・・・。」
マドレーヌが必死に言葉を紡ぎ顔を上げると、彼女は目を見開いた。
ディミトリオ・ハクヤが微笑みながら涙を流していたのだ。
それは、今聞かされて驚愕したのではなく、慈愛に満ちた顔だった。
「・・・知ってたの?」
震える声で問いかけるマドレーヌにディミトリオ・ハクヤは首を横に振った。
「いいや。
議会でファヴィリエ・ルカ様が申告なさったんだ。
自分の父はハイゴール・ウィリではなく私だと。」
声も出せぬマドレーヌは自分の知らぬ息子の覚悟を知る事となった。
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