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皇帝が欲しかったもの

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 ハイゴール・ウィリ

 年月が経ち、皇帝に君臨した彼には昔の強烈な記憶がある。

 《何人も皇帝の物を奪う事は出来ない。》

 侍従の熱の籠った言葉だった。

 あの日、弟を抱き上げていた女性の笑顔に見惚れた。

 自分が欲しいのは、毎日山ほど出されるお菓子ではなかったのかもしれない。
 煌めく豪勢な洋服ではなかったのかもしれない。

 あの笑顔の温もりに憧れ欲したのだ。

 黒髪の優しい女性の美しい手で抱きしめて欲しかったのだ。

 しかし・・・心がそれを許さない。
 もう、あの日は過ぎ去り、戻る事は出来ないのだ。

 絶対にあの日の親子の輪の中に自分は入る事は叶わない。

 自分の過ちを受け入れるのを強烈に心が拒否している。
 
「こんな国など滅べば良い。
 お前に言わせれば、私が皇帝として君臨する国に価値はないのだろう。
 どうでも良い。」

 皇帝ハイゴール・ウィリの言葉に宰相であるムク・フランが驚く様に目を見開いた。

 それに気づいてか、気づかずかハイゴール・ウィリは自笑するように口元を歪めた。。

「何よりも、弟が嫌いだ。
 あれの企みが成功する事も腹立たしい。」

 それにはリリィはケラケラと笑った。

「今更、好きになってもらった方が彼は迷惑がるわ。
 それだけ、貴方は彼の物を奪ってきた。
 気づいていないとは言わせないわよ。」

 睨め付けるようなリリィの視線にハイゴール・ウィリは気分良さそうに微笑んだ。

「それだけが生き甲斐だ。
 アレから全ての物を奪う。
 それこそが、私の幸せの器だ。
 力が落ちようとも、今は私が皇帝だ。
 最後にアレを巻き込む事など造作もない。」

 何処か、憑き物が落ちたような穏やかな顔のハイゴール・ウィリに宰相は戸惑っている。

「リリィ。
 これより、国は混乱するだろう。
 お前が私の元にくれば万事問題ないのではないか?」

 ハイゴール・ウィリの言葉にリリィが微笑んだ。

「御免被るわ。
 混乱する国を見るのも一興でしょう。
 精々、自分の国が壊れていくのを見ていのね。
 それに私、誰かと男を共有するのは好きじゃないの。
 龍王は私の番に貴方を選んでいない。」

 スッと立ち上がったリリィに宰相が戸惑う中、皇帝ハイゴール・ウィリは気だるそうに手を振った。

「見送るのも煩わしい。
 ここで失礼しよう。」

「えぇ、そうね。
 御機嫌よう。
 皇帝陛下、宰相閣下。」

 美しく礼をした龍の姫巫女は颯爽と歩き出した。

「へっ陛下!!」

 慌てる宰相に皇帝は微笑んだ。

「今なら、時間もあるだろう。
 お前は逃げなさい。」

 未来を悟ったハイゴール・ウィリの顔を見た宰相ムク・フランは大きな息を吐いてソファーに座り込んだ。

「何処に行こうが、同じでしょう。
 滅ぶのなら一緒に参ります。」

「・・・物好きめ。
 好きにせい。」

 冷めた紅茶を口にした男達は、楽しそうに微笑んだ。


 継承順位第1位ジャンヴィエ・リーンが皇帝の退位を求めて、騎士を率いて狼煙を上げたのは、その日の夜の事だった。



 
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