溜息だって吐きたくなるわっ！〜100賢人仕込みの龍姫は万年反抗期〜

桃の涙と覚悟

94

「皇帝陛下とマドレーヌ様は一度も契りを交わしておりません。」

　侍従の発する衝撃的な事実にリリィやファヴィリエ・ルカだけでなく、当の本人であるマドレーヌまでもが唖然とし、すぐに声を上げる事が出来ずにいた。

「え・・・。でも、私は・・・え？」

　戸惑うマドレーヌに侍従と侍女は膝をついて首を垂れた。

「皇帝陛下がマドレーヌ様の元を訪れる時は、何故だかいつも泥酔された状態で起こしになりました。
　此方にいらした後にも怯えるマドレーヌ様に腹を立て、大量に酒を召し上がる事もしばしばでした。」

　侍従の話にリリィは溜息を吐いた。

「薬か何かを盛っていたいたのね？
　酒を飲んだ人間なら、少量の眠り薬でグッスリです。
　使い方によっては命を脅かすけれど、コントロールしていたのなら貴方達は相当に薬に長けているのね。」

「恐れ入ります。」

　震える手をギュッと握りしめた侍従と侍女を信じられない思いで見つめていたマドレーヌが縋るように抱き付いた。

「どうして！！
　どうして、そんな事を！
　皇帝陛下に薬を盛るなど・・・。
　なんて危険な事をしたのです！」

「姫様は、いつも恐怖で気を失ってしまわれていました。
　姫様は知らなくて良い事でございますよ。」

　この侍従と侍女はマドレーヌがヴァロア公爵家から連れてきた、幼い頃より共にいた2人だった。
　2人にとっても誕生した頃より見守ってきたマドレーヌを不幸を目にする事が耐え難い想いをしてきたのだろう。
　１度も皇帝陛下とマドレーヌが契っていないにも関わらず、誕生したファヴィリエ・ルカ。

　2人は大層驚いた事だろう。
　そして、瞬時に気付いた筈だ。
　お腹の子供がディミトリオ・ハクヤの子であり、誕生すれば再びマドレーヌに地獄が待っていると言う事を・・・。

　誕生した子がピンクの髪を持って産まれた事に、どれほど侍従と侍女は安堵した事だろう。
　
　そして、2人は一層にマドレーヌと、その息子を守る事に命を掛けた。
　誰にも気づかれずに、ひっそりと目立つ事なく・・・。
　もしかしたら、我が物顔で自分達の主人の幸せを壊した皇帝陛下への復讐もあったかもしれない。

　皇帝ハイゴール・ウィリは、目にも入らぬ一介の老人と老婆にしてやられたのである。

「皇族を相手に犯してはならない罪を犯しました。
　いつか、気づく者が現れる事は分かっておりました。
　全ては我らのなした事。
　罰するのなら我らのみにお与えください。」

　露見したらば、己達の命を経ってでもマドレーヌと赤子を守ろうとした。
　震えているにも関わらず、何処となく達成感を感じさせる2人を見下ろしリリィは溜息を吐いた。

「皇帝は力づくで人から物を奪うのでしょう？
　それが人間の道理なら、この件に関しては奪われた皇帝が間抜けなのよ。
　貴方達の勝ちね。」

　驚いた様に見上げた侍従と侍女、そしてマドレーヌにリリィは優しく微笑んでいた。