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桃の涙と覚悟

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 一気に話し終えたマドレーヌは冷めた紅茶をコクリと飲んだ。

「あの方は、今だに過去に囚われています。」

 ポツリと言ったマドレーヌにリリィは小さく微笑んだ。

「それは貴方も同じでしょう。」

 折に触れて外の桃の木を見つめるマドレーヌにリリィは釣られるように視線を向けた。

「永遠に咲き誇る桃の木にはハクヤ様が魔法を施しているのですね?
 貴方の心が少しでも穏やかであるように・・・。」

 マドレーヌはそっと目を閉じた。

「あの時・・・別れを告げた時、激怒した彼の顔が忘れられません。
 いいえ、彼は幻滅したのでしょう。
 最後の絶望は私が突きつけたのです。」

「貴方も選べなかったのでしょう。
 どうせ、あの阿呆な皇帝の事です。
 貴方に周囲の人間の命を天秤に掛けさせたのでしょうね。」
 
 リリィの言葉にマドレーヌは卑下する様に笑った。

「そんな事。あの男が守る筈がなかったのに・・・。
 今なら、あの男の狡猾さが分かります。」

 マドレーヌの目には悲しみと共に怒りが映っていた。

「今も父と母は私への罪悪感に悩まされています。
 彼は・・・宦官に落とされ、危険な任務を引き受ける日々です。
 私の選択は誰も守る事が出来なかった。」

 震えるマドレーヌを見つめていたリリィは溜息を吐いた。

「そんな事はないでしょう。
 貴方は御両親の名誉を守った。
 死に行く大公に生きる道筋を示した。
 そして、何よりも御子息を守り切ったではないですか。」

 リリィの視線の先を追ったマドレーヌの目から涙がポロリと落ちた。

「ルカ・・・。」

 部屋の入り口に立っていた息子は、いつからそこにいたのだろう。
 最初から話を聞いていたのかもしれない。
 母を見つめる顔には表情が見えなかった。

 ファヴィリエ・ルカは小さく頭を下げると部屋に足を踏み入れた。

「母上が龍の姫巫女様を御招待したと聞き及びまして、御挨拶に参りました。」

 涙する母の肩に手を置いたファヴィリエ・ルカにリリィが微笑む。

「リリィです。
 お邪魔しています。」

 ファヴィリエ・ルカはコクンと頷くと母の前に跪いた。

「母上。
 ルカは母に愛されて幸せですよ。」

 マドレーヌは弱々しく微笑むと息子を抱きしめた。

「母も、ルカがいて幸せです。
 貴方だけが生きる糧でした。」

 人生に疲れているのはマドレーヌだけではないだろう。
 マドレーヌの両親・・・そして、愛した男も未だに心安らかな時を手に入れる事は出来ていない。

 それでも、マドレーヌには小さな小さな幸せがあった。
 それこそが息子であるファヴィリエ・ルカの存在である。
 彼女に残された唯一の宝は誰にも引き離す事はできないだろう。

『泣かないで。』

 突然の声に驚いた顔を上げたマドレーヌとファヴィリエ・ルカ親子はリリィを見つめた。
 
 リリィは苦笑をすると、手を掲げた。
 すると、リリィの腕にハマっていた腕輪が首を持ち上げているではないか。
 それが龍である事に気づくのに時間は必要なかった。

「ルーチェ。出てきたの?」

 リリィが頭を撫でてやるとルーチェは気持ち良さそうに目を細めた。

『だってさ。
 皆、分かってないみたいなんだもん?』

「分かってないって何を?」

 リリィが首を傾げると、ルーチェはご機嫌に飛び出した。

『君は呪いにかかっているね。』

 ルーチェはファヴィリエ・ルカの目を覗き込みクスクスと笑うのだった。
 








 
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