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桃の涙と覚悟

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 皇帝ハイゴール・ウィリ・ロンサンティエの第1側妃マドレーヌ・・・。
 いや、かつてマドレーヌ・ヴァロア公爵令嬢と呼ばれていた女性には愛する人がいた。
 その人は、誰よりも可哀想な人だった。
 皇室において彼の立場が悪かろうが、マドレーヌ嬢にとって、如何なる苦労しようとも、彼と共に生きていく覚悟があった。

 誰よりも優しい人だった。
 誰よりも賢い人だった。
 誰よりもマドレーヌを愛してくれた人だった。
 彼女は彼と共に人生を歩むと信じていた。

 彼と出会ったのは12の歳。
 共に初めての王宮での茶会での事だった。

 同世代の貴族の子供達が一同に会し、交流を深める為に催された茶会だった。

 それまで、それぞれの屋敷内で蝶よ花よと育てられていた貴族の子供達も、この茶会を通じて序列を学んでいく。
 この時代が特別だったのは皇帝の息子であり、第1継承権を持つハイゴール・ウィリが存在していた事だろう。

 絶対的上位者が存在すれば、子供といえど、自ずと自分のいるべき場所を考えていくものだ。

 誰もがハイゴール・ウィリに微笑み、褒め称え、言葉巧みに懐に入ろうと躍起になっていた。

 幼いマドレーヌは、その異様な雰囲気に嫌気がさしていた。
 周囲を確認して誰も自分を見ていない隙にコソッと抜け出し、美しいと評判の王宮の庭園に逃げ込んだのだ。

 生垣を抜け、色取り取りの花が咲き誇る光景に思わず声が漏れた。

「綺麗・・・。」

 マドレーヌの住む屋敷にも自慢の庭があるが、帝国一番の王宮には見た事もない華やかな庭園が広がっていた。
 
 あまりの美しさに見惚れていた時だった。

「そうでもないよ。」

 突然の声にマドレーヌはキョロキョロと辺りを見渡した。
 すると木陰に本に目を落とす少年の姿があった。
 
 少年は綺麗な衣装を着ているのも構わずに地べたに座り、木に背を預けていた。
 陶器のような色の白い顔に綺麗な黒髪が優しい風で靡いている。
 
 突然の出会いに驚きながらもマドレーヌは慌てて返事をした。

「どうして?
 お庭、とっても綺麗じゃない。」

 マドレーヌがそう言っても、少年は顔を此方に向けてはくれない。

「表面的な美しさなんて、枯れたら終わりじゃないか。
 あの下には土があって、無数の虫や蛇やモグラが生活しているんだ。
 それでも君、綺麗な庭って言える?
 まぁ、誰の目にも留まらないけれど、彼らがいてこそ花が綺麗なんだけどね。
 それなのに、花が自分の美しさを自慢気で争うなんて・・・なんだか変だよ。」

 少年が誰に言うでもなくポツポツと語るのをマドレーヌは訳も分からずに聞いていた。






 
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