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混沌なる後宮

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 龍の姫巫女への毒殺未遂は一旦消息を見せようとしていた。

 張本人であるアブリエル・エマは何が起こっているのか分からなかった。
 だって毒とは思っていなかったのだ。
 ちょっと変な味のするお薬で少しだけ気分が悪くなると聞いていたのだ。
 侍女だって問題ないと言っていた。
 
 話題の龍の姫巫女とやらに立場というものを教えてやろうとしただけだった。

 生意気な年下の娘が父の関心を買った事が許せなかった。

 父である皇帝は好色である。
 今でさえ、自分とあまり歳の変わらない町娘を愛人として後宮に部屋を与え可愛がっているのだ。
 幼い頃に知った事実にアブリエル・エマは幻滅したが、父から与えられる愛情は本物だった。

 アブリエル・エマが我儘を言えば、父は愛人を放って駆けつけた。
 アブリエル・エマが欲しいと言えば父は何でも与えてくれた。

 子供の頃から自分が特別だと知っていた。
 父には他にも娘達がいるが、そんな事を許されているのはアブリエル・エマだけだった。

 母が大好きだった。

 皇妃として女性の頂点に君臨する母こそが自分の目標だった。
 父に比べて多少は厳しい母であったが、それでもアブリエル・エマには愛情深い母だった。

 いつもアブリエル・エマのなす事を認めてくれた。
 失敗しても、「しょうがない子。」と頭を撫でてくれた。

 この国で1番輝くのは自分であり、そうでなければならなかった。

 目の前で澄ました顔で龍を撫でる小娘が現れるまでは・・・。

「リリィ。
 もはや茶会どころではない。
 離宮へ帰ろう。」

 叔父であるディミトリオ・ハクヤがリリィを促すのをアブリエル・エマはボウっと見つめていた。

「皆様、楽しい茶会でした。
 またお会いしましょう。」

 煌めく白い髪を靡かせて立ち上がったリリィが片付けられていないティーカップにクルクルと指を回すと、たちまちティーカップは直りプカプカと浮きながら
移動するとアブリエル・エマの真ん前に置かれた。

「楽しい会話を有難う。」

 颯爽と去るリリィの後ろ姿を見送り、直ったティーカップに目を落とすと、中には真っ黒に染まった百合の花があった。

「キャー!!」

 思わず立ち上がったアブリエル・エマに皇妃は寄り添うと恐ろしいモノを見るように、今までリリィが座っていた椅子を見つめたのだった。

「・・・龍の姫巫女。」



「何をしたんだ?」

 背後から聞こえる悲鳴に眉を顰めたディミトリオ・ハクヤにリリィはケラケラと笑った。

「珍しい紅茶のお返し♪」

「・・・そうか。」

 2人が楽しそうに皇妃の離宮を後にしようとした時だった。

「リリィ様。」

 そこには何かを問いた気なマドレーヌ側妃が立っていた。

 ディミトリオ・ハクヤにではなく、真っ直ぐに自分に視線を送るマドレーヌ側妃にリリィは微笑んだ。
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