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皇帝の弟殿下の大いなる溜息

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 先祖の心構えの前にディミトリオ・ハクヤは己の弱さを恥じた。
 
 兄である皇帝の怒りを躱す様に生きてきた自分には国を憂う事すら資格がないのかもしれない。
 彼の心を支えるのは、かつて愛した唯一の人の言葉

 [ーーー情けなくとも、無様でも私は貴方に生きてほしい・・・。]

 兄に嫌われ、危険な任務を与えられても屈辱を受けても生き抜いてこれたのは、この言葉に縋っていたからだ。 

『人の生とは一瞬よ。
 その気骨があるのならば、最後にもがいてみるもの一興。』
 
 金龍の言葉にディミトリオ・ハクヤの目の奥に光が灯った。

『何歳になっても遅いという事はありませんよ。
 己が生き方を決めた者は何よりも強いものです。
 儚く散る前に戦うと覚悟した其方は尊い。』

 銀龍の言葉はディミトリオ・ハクヤの心を震わせた。
 
『滅びゆく国を憂いてやる義理は我ら龍にはない。
 それでも、ここまで来たロンサンティエの血筋・・・ディミトリオ・ハクヤ・ロンサンティに問おう。
 何故、ここに参った。』

 金龍の重い声がディミトリオ・ハクヤを押しつぶす。
 挫ける事は許されない。
 渾身の力を込めて男は叫んだ。
 
「国の再構の為に宝樹に力を注ぐ龍の姫巫女を頂きたい!」

『何の為に?』

「民の為に!そして・・・私自身の為に。」

 嘘偽りない望みを口にしたディミトリオ・ハクヤに金龍が口元をニヤリとした。
 
『今のロンサンティエ帝国は本気で龍の加護を欲しているのか疑わしいぞ。
 我らが姫巫女を利用するだけで傷つけようものなら、龍の逆鱗に触れると考えよ。
 お前に我らが巫女を守れるのか?』

 父なる金龍の気迫に負ける事なくディミトリオ・ハクヤは顔を見上げた。

「この命に変えてお守り致します。」

 先程と打って変わって、覚悟を持った答えに金龍はバシンッ!と尻尾を床に打ち鳴らした。

『そうまで言うなら仕方ない。
 お前に姫巫女を預けるとしよう。』

 金龍の言葉に銀龍がクスクスと笑った。

『フフフ。まったく、勿体ぶった言い方をして。
 ディミトリオ・ハクヤ・ロンサンティエ。
 どうか、我らが巫女・リリィをよしなに。
 可愛い子なのです。』

 2匹の龍王を交互に見つめたディミトリオ・ハクヤは深く深く頭を下げた。

『もっとも、お前があの子を制御できるかは知らんがな。』

「は?」

 怪しげに笑う金龍にディミトリオ・ハクヤは首を傾げた。

『アレは、歴代の中でも変わっておる。』

 楽しそうに体を揺らす金龍に戸惑い、問いかけるように銀龍を見つめると、当の銀龍もクスクスと笑っている。

『今までの巫女は慈愛に満ち、心優しく皆に慕われました。
 今世の巫女は己が心を隠す事は致しません。
 あの子が学んだ事は彼女を守る大きな力になる。
 貴方は先ほど、巫女の心配をしてくださいましたね。
 しかし、本当に心配なのは王宮にいる者達でしょう。
 怠惰に落ちぶれた人間達を引っ掻きまわす。
 あの子・・・リリィは今の世にこそ必要だと選ばれたのかもしれません。』

 来る時に出会った神々しく可憐な少女を思い出し、ディミトリオ・ハクヤは驚いた様に目を見開くのだった。
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