4 / 443
皇帝の弟殿下の大いなる溜息
3
しおりを挟む
船は白波の飛沫をあげながら、真っ直ぐと未知なる“龍王島”に向かっていた。
皇帝の勅命を受けたディミトリオ・ハクヤ・ロンサンティエは準備も早々に少数の部下を連れて王宮を出発していた。
「主様。危険です。
もう少し奥にいらして下さい。」
「あぁ。わかった。」
船の端に腰掛けていたディミトリオ・ハクヤに焦ったような声を掛けたのは部下であり侍従のクレイだった。
皇帝として即位した兄が行った最初の仕事は人事の見直しだった。
他の兄弟達が小国や領地を貰う中、ディミトリオ・ハクヤだけは王宮に留め置かれ、後宮の管理人としての役目を与えられた。
一国・・・ましてや皇帝の第3王子だった男が宦官となったのはこの時だった。
新皇帝の采配には多くの者が驚き、口さがない者はディミトリオ・ハクヤを能無しとコケ下ろしもした。
大公という大それた地位を与えられたが、後宮の管理人には意味のない無用なものだ。
「島に着く前に何かあったら如何するのです。」
小言を言うクレイにディミトリオ・ハクヤは微笑した。
「クレイ。そんなに心配しなくても大丈夫だよ。」
「しかし、今回の任務はいつもの“陛下の我儘”とは毛色が違います。
よもや、何か罠でも仕掛けているやも・・・。」
クレイは不満を隠そうとせずに文句を言い始めた。
ディミトリオ・ハクヤは、暫く聞き耳を立てた後に部下を嗜めた。
「クレイよ。
ここが海の上だといっても、誰が聞き耳を立てているか知れないよ。
私はお前だけは失いたくないんだ。
申し訳ないが我慢しておくれ。」
「何を申されます。
主様が謝られる必要はないのです。
私は主様が向かわれる場所には共に参る所存。
主様は、ただ命令を下されば良いのです。
余計な事を口にしました。申し訳ございません。」
そう胸を張ったクレイは、最後まで皇帝の事を悪様に言いたいのを主の手前、口を噤む事にしたようだ。
ディミトリオ・ハクヤは、自分の代わりに怒るこの部下を殊の外気に入っていた。
7歳の頃より幼くしてディミトリオ・ハクヤに使えるクレイは今は24歳の若者である。
本来であれば、もっと華々しい生き方があったやも知れぬクレイであったが今も望んでディミトリオ・ハクヤの元にいる。
優秀なクレイは後宮という荒波で暮らすディミトリオ・ハクヤにとって実に心強い部下であった。
例え、主人であろうと目上の者であろうと物怖じしないクレイには随分と助けられている。
「主様っ!!」
クレイの焦った声に振り返れば、さっきまで晴天だったはずの空にどんよりとした雲が広がっている。
その雲も、どうやら“龍王島”からやってきている様だ。
みるみる間に海が荒れ果てていき、風が船体を大きく揺らすと目が開けられない強い雨が襲ってきた。
「急いで島に向かうように伝えて参ります。
主様は、どうか安全を確保なさって下さい。」
クレイが船長の元に向かって行くのを振り向きもせず頷いたディミトリオ・ハクヤは誰にも聞こえもしない祈りを口にした。
「・・・龍王よ。
どうか、拒まないでくれ。
私は帰らねばならぬのだ。
絶対に帰らねば・・・。」
ディミトリオ・ハクヤの願いが届いたのかは定かでないが、その後船は“龍王島”の砂浜に辿り着いたのだった。
皇帝の勅命を受けたディミトリオ・ハクヤ・ロンサンティエは準備も早々に少数の部下を連れて王宮を出発していた。
「主様。危険です。
もう少し奥にいらして下さい。」
「あぁ。わかった。」
船の端に腰掛けていたディミトリオ・ハクヤに焦ったような声を掛けたのは部下であり侍従のクレイだった。
皇帝として即位した兄が行った最初の仕事は人事の見直しだった。
他の兄弟達が小国や領地を貰う中、ディミトリオ・ハクヤだけは王宮に留め置かれ、後宮の管理人としての役目を与えられた。
一国・・・ましてや皇帝の第3王子だった男が宦官となったのはこの時だった。
新皇帝の采配には多くの者が驚き、口さがない者はディミトリオ・ハクヤを能無しとコケ下ろしもした。
大公という大それた地位を与えられたが、後宮の管理人には意味のない無用なものだ。
「島に着く前に何かあったら如何するのです。」
小言を言うクレイにディミトリオ・ハクヤは微笑した。
「クレイ。そんなに心配しなくても大丈夫だよ。」
「しかし、今回の任務はいつもの“陛下の我儘”とは毛色が違います。
よもや、何か罠でも仕掛けているやも・・・。」
クレイは不満を隠そうとせずに文句を言い始めた。
ディミトリオ・ハクヤは、暫く聞き耳を立てた後に部下を嗜めた。
「クレイよ。
ここが海の上だといっても、誰が聞き耳を立てているか知れないよ。
私はお前だけは失いたくないんだ。
申し訳ないが我慢しておくれ。」
「何を申されます。
主様が謝られる必要はないのです。
私は主様が向かわれる場所には共に参る所存。
主様は、ただ命令を下されば良いのです。
余計な事を口にしました。申し訳ございません。」
そう胸を張ったクレイは、最後まで皇帝の事を悪様に言いたいのを主の手前、口を噤む事にしたようだ。
ディミトリオ・ハクヤは、自分の代わりに怒るこの部下を殊の外気に入っていた。
7歳の頃より幼くしてディミトリオ・ハクヤに使えるクレイは今は24歳の若者である。
本来であれば、もっと華々しい生き方があったやも知れぬクレイであったが今も望んでディミトリオ・ハクヤの元にいる。
優秀なクレイは後宮という荒波で暮らすディミトリオ・ハクヤにとって実に心強い部下であった。
例え、主人であろうと目上の者であろうと物怖じしないクレイには随分と助けられている。
「主様っ!!」
クレイの焦った声に振り返れば、さっきまで晴天だったはずの空にどんよりとした雲が広がっている。
その雲も、どうやら“龍王島”からやってきている様だ。
みるみる間に海が荒れ果てていき、風が船体を大きく揺らすと目が開けられない強い雨が襲ってきた。
「急いで島に向かうように伝えて参ります。
主様は、どうか安全を確保なさって下さい。」
クレイが船長の元に向かって行くのを振り向きもせず頷いたディミトリオ・ハクヤは誰にも聞こえもしない祈りを口にした。
「・・・龍王よ。
どうか、拒まないでくれ。
私は帰らねばならぬのだ。
絶対に帰らねば・・・。」
ディミトリオ・ハクヤの願いが届いたのかは定かでないが、その後船は“龍王島”の砂浜に辿り着いたのだった。
108
お気に入りに追加
1,020
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話
島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。
俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。
拾ったものは大切にしましょう~子狼に気に入られた男の転移物語~
ぽん
ファンタジー
⭐︎コミカライズ化決定⭐︎
2024年8月6日より配信開始
コミカライズならではを是非お楽しみ下さい。
⭐︎書籍化決定⭐︎
第1巻:2023年12月〜
第2巻:2024年5月〜
番外編を新たに投稿しております。
そちらの方でも書籍化の情報をお伝えしています。
書籍化に伴い[106話]まで引き下げ、レンタル版と差し替えさせて頂きます。ご了承下さい。
改稿を入れて読みやすくなっております。
可愛い表紙と挿絵はTAPI岡先生が担当して下さいました。
書籍版『拾ったものは大切にしましょう〜子狼に気に入られた男の転移物語〜』を是非ご覧下さい♪
==================
1人ぼっちだった相沢庵は住んでいた村の為に猟師として生きていた。
いつもと同じ山、いつもと同じ仕事。それなのにこの日は違った。
山で出会った真っ白な狼を助けて命を落とした男が、神に愛され転移先の世界で狼と自由に生きるお話。
初めての投稿です。書きたい事がまとまりません。よく見る異世界ものを書きたいと始めました。異世界に行くまでが長いです。
気長なお付き合いを願います。
よろしくお願いします。
※念の為R15をつけました
※本作品は2020年12月3日に完結しておりますが、2021年4月14日より誤字脱字の直し作業をしております。
作品としての変更はございませんが、修正がございます。
ご了承ください。
※修正作業をしておりましたが2021年5月13日に終了致しました。
依然として誤字脱字が存在する場合がございますが、ご愛嬌とお許しいただければ幸いです。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります
古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。
一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。
一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。
どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
※他サイト様でも掲載しております。
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する
土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。
異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。
その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。
心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。
※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。
前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。
主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。
小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。
異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?
夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。
気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。
落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。
彼らはこの世界の神。
キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。
ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。
「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる