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影と黒 〜愛されし者達の対峙〜

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 誰かの啜り泣く声が聞こえる。
 
 周囲を見渡せば、風に靡いていた新緑の森も輝いていた泉も何もない。
 空間・・・口にするなら、ただの空間と言わざる得ない場所にイオリはいた。

「・・・ゼン?」

 相棒を呼ぶも返事がなく、自分1人だけだと実感させられた。

「ここは何処だろう。」

 辺りを伺うイオリの耳に再び、誰かの啜り泣く声が聞こえてくる。
 その悲壮的な声に引き寄せられる様にイオリの足が1つの方向に向かった。

ーーー暗いよ。怖いよ。

ーーーどうして、いつも一人ぼっちなの。

ーーー痛いよ。やめてよ。

ーーー何で、僕ばかり。

 イオリの辿り着いた場所に小さな魂がドロドロとした闇に包まれていた。
  
『お前に、アレが救えるのか?』

 感情の読み取れない声にイオリは振り返った。

 長く美しい真っ白な髪。その間から尖った耳がチラリと見えた。
 整った顔は顰められ金色の瞳が、イオリを捉えて離さない。
 逞しい両の腕には黒く描かれた幾何学模様の刺青がある。
 それは正しく、美麗なまでのエルフの男だった。 

「ルミエール。」

 イオリは、この小さな魂こそがルミエールが守っていた物なのだと知った。

『お前に、アレが救えるのか?』

 薄気味悪かった影は今はない。
 射殺す様な視線のルミエールが再びイオリに問いかけた。

『望んで生まれた訳ではない。
 不必要なまでに邪魔だと除け者にされ、ついぞ売り飛ばされた。
 大人達に利用され、何も知らぬ間に責任を負わされた。
 生贄とは名ばかりに廃棄され、ゴミのように処分された。
 人の都合によって振り回された小さき魂だ。
 お前に、アレが救えるのか?』

「・・・無理でしょうね。」

 今も尚、闇に覆われて苦しそうな小さな魂を見つめ、イオリは呟いた。

「彼が受けた苦しみを取り除くなど、他人ができる事ではありません。」

『・・・。』

 ルミエールはイオリを黙って見つめている。

「それと同時に、彼に苦しみを与えた人達の罪は別の誰かが償うものでもない。」

 そう言うとイオリは真っ直ぐとルミエールを見つめた。

『どういう事だ?』

 自分の行いに絶対の自信を持っている男が青と黒のオッドアイの目に見つめられて金色の瞳を揺らした。

「リュオン様が許すはずがないからです。」

『・・・奴が?』

「君も見たでしょう。
 無限に広がる草原に並ぶ沢山の扉を。
 リュオン様は死者を誘う管理者だ。
 彼を・・・小さな魂を苦しませた人達を天国なんて所に送るはずがない。」

 言い切るイオリにルミエールが弱々しく首を横に振った。

『しかし、神とは・・・奴は何もしない。何もしてくれない。』

「生きてる間はね。」

 微笑むイオリにルミエールが驚き戸惑いを見せた。

『・・・っ!』

「《世界は生きている者の物。
 神は見守り、見届ける者。》
 リュオン様の言葉です。
 それ故に、死んだ後の事は神の采配です。
 俺も君もリュオン様に導かれたじゃないか。」

『だとしたら・・・。』

「そう。
 リュオン様は小さな魂・・・君を苦しめた人達に罰を与えた筈です。
 単純に地獄に落としたのか、それとも別の世界に送り苦労を与えたのか・・・それは分かりません。
 だから、“別の世界に生まれた君”が“君に苦しみを与えた人達”の代わりに、“君の苦労と関係のない人達”を罰するなんてしてはいけないんだ。
 だって、この世界に産まれた時、君は愛に包まれていたんだから。」
 
 ルミエールの金色の瞳が大きく見開かれた。
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