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旅路〜グランヌス(渓谷・渓流)〜

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「ハッ!」

 唐突に御帳台から飛び出した姫巫女を周囲の侍女達が驚いたように見上げた。

「如何されました?」

 古参となった侍女であるツユクサが優しい声で伺い立てる。

「・・・問題ない。」

 背中をじんわりした汗が伝う。
 姫巫女の胸は、ざわつき落ち着かなかった。

 恐怖を感じたと悟られないように、静かに外へ歩いて行くと、誰ともなしに開けた扉を潜り空を見上げた。
 見慣れた分厚い雲がいつもの如く山頂で渦を巻いている。

 それでも心のモヤモヤした正体が分からない。

 姫巫女は側に侍るツユクサに声をかけた。

「祈祷する。」

「承知いたしました。準備いたします。」

 ツユクサの指示を受けた侍女達が姿を消していった。

「ツユクサ。
 殿のご様子はどうだ?」

「姫様へのご寵愛は深まるばかりのご様子でした。」

 殿と呼んだ国王トウカ・ノブタカ・ショーグンが変わらずと聞いて姫巫女は安堵した。

「・・・そうか。
 後宮の様子は?」

「王妃様の体調が思わしくないご様子。
 最近では部屋に篭られていると報告が御座いました。」

「気の毒に・・・。
 お見舞いと祈りを捧げたい。」

「姫巫女様のお優しさに、も学ばれれば宜しいのですが・・・。」

 感服とイヤミを忘れる事のないツユクサに目をやる事なく姫巫女は空を見上げ続けていた。

「空が何か?」

「いつも通り荒れておる。」

「“火の国”なれば・・・。」

 微笑むツユクサに返事をするでもなく、姫巫女は手をギュッと握りしめた。

 祈祷の準備が整うと室内に戻った姫巫女は自ら扉に手を掛けた。

「今日は終わるまで誰も入れるな。」
 
「かしこまりました。」

 祈祷部屋へ閉じこもった姫巫女を侍っていた侍女達が頬を赤らめて見つめていた。

 姫巫女を優しげな顔で見送ったツユクサは振り返ると能面のように感情のない顔で侍女達に指示を出す。

「後宮へ使いを・・・。
 へ、姫巫女様からのお見舞いじゃ。
 使いを出せ。」
 
 侍女たちが姫巫女が消えた扉を惚けるように見つめているのを叱咤し蹴散らすとツユクサは己が場所と扉の前に座り込むのだった。

_________

「姫巫女様よりの見舞いじゃ。
 扉を開けよ!」

「王妃様はお休みに御座います。
 こちらで承ります。」

「何と無礼な!」

 後宮の1番奥の寝所の前で騒ぎがあったのは、夕餉の後の事だった。

 怒り狂った離宮の侍女が見えなくなるまで見送ると後宮付き侍女は澄ました顔でに入って行った。

「騒がしかったな。
 ドブネズミが何用あったか?」

 声の主はベットから気怠げな声で問いかけた。

からの見舞いの品だそうです。
 廊下に置き去りにして参りました。」

「捨ておけ。
 どうせ碌なものではない。」
 
 この部屋の主人は侍女達に他の部屋からの贈り物を触る事を一切禁止していた。
 それが訪問者の怒りの理由だろう。
 しかし、そんな事など王妃の部屋に自由に出入りする者達は素知らぬ顔だ。

「お前達もだぞ?」

 王妃ソウビは、自分の寝台から2人の珍客をジロリと睨みつけた。

「はい。
 ソウビ様。」

「分かってるよ。
 ソウビ様。」

 エルフと犬獣人・・・2人の女は先程から遠慮なく山積みにされた団子を頬張り、王妃を呆れさせていた。

「どれだけ食べるのだ?
 全く・・・主人の顔が見てみたい。」

「じきに会えますよ。」

 にっこり微笑むエルフの女に王妃は舌打ちをした。

「これで息子に何かあったら、承知せぬぞ。」

「怖っ。
 エメリー、食べられる内に食べちゃおう。」

「そうね。
 残りも頂きますね。」

 物おじせずに、そそくさと団子を口に運ぶ犬獣人とエルフの女に王妃は悪態とは裏腹に、久しぶりに愉快な気分になったのであった。



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