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旅路〜ルーシュピケ〜

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 ーーーーミズガルド

 イオリは彼らエルフと獣人にとって、どれほどに辛い思いで、その国の名を口にしているのか知っていた。

「ミズガルドから使者・・・。」

「うむ。
 王弟と言っておった。」

「王弟・・・?
 と言うとイグナート・カレリン公爵ですか?」

 現王の兄弟は最早、彼しかいなかった。
 イオリはかつて出会った、悲しそうな顔をした貴族を思い出した。

「あぁ、そんな名だったな。
 知ってるのかい?」

 エルフのハニエル老だけではない、厳しい顔をしていたのは獣人の代表フェンバインも同じだった。

「はい。
 3年前にお世話になりました。」

 3年前にミズガルドで何があったのか、イオリが何故関わっていたのか知っている2人は神妙な顔で頷いた。

「アースガイルを通じての正式な使者だった。
 オイラ達は断らなかったよ。
 でもな・・・オイラの仲間達はミズガルドに対して良い感情は持っていないからな。
 それはオイラも同じだ。」

 その時を思い出したのか、溜息を吐くフェンバインにイオリは頷く事しかできなかった。

「イオリよ・・・。
 あの人はどんな人だい?
 我らはあの人を知らないんだ。
 そして、ミズガルドの新たな王とやらの事も知らない。
 国が変わったと言われても素直に信頼出来ずにいるのだ。」

 ハニエル老の言葉にイオリは何を話せば良いのか、困った。
 イオリにとって、かの貴族を語る事は楽しい事ではない。
 王の事とてそうだった。
 そして、エルフと獣人の2人の事を考えてもミズガルドについては軽々しい言葉は使えなかった。

「あの人は可哀想な人でした。」

「・・・可哀想な人。」

 イオリの一言をハニエル老は繰り返した。

「何からお話しましょう・・・。
 先程まで話していたアマメの話をしましょうか。
 アマメは言いました。
 《“パライソの森”にいたのに、突如して知らない森にいた。》
 アマメは神獣です。
 神獣を捕まえる事は容易ではありません。
 でも、誰かが何遂げた。」

 2人は神妙に頷いた。

「かつて“悪魔の魔術師”と言われた男がいました。
 その男は生きる物の融合や魂について研究し、ついには人々から生命や魔力を奪い取り、自身の研究に使用していました。
 アマメやアマメの子を捕らえた球体の魔道具も奴の研究結果です。」

「フム。
 その男の悪行の大まかな事は聞いているよ。
 ミズガルドの貴族が、その男に手を貸し国を手に入れようと画策していた事もね。」

「エルフも獣人も、人の争いの道具として巻き込まれたんだ。」

 2人の顔には嫌悪が浮かんでいた。

「奴の手にかかったのが、エルフや獣人が多かったのは事実です。
 しかし、奴は研究の為に多くの人族も利用していました。
 ミズガルドの国中で人々が消える事件が多発していたのです。
 例えば、奴が根城にしていた1つの村の住人は全て消えました。
 そして、カレリン公爵の奥方も犠牲に・・・。」

「なんだと?」

「・・・ぅゔ。」

 フェンバインが声を上げたのとハニエル老が悲痛に呻いた上げたのは同時の事だった。

「イグナート・カレリン公爵は出自から苦労を背負った人でした。
 そして最愛の奥方を、謂れなき失い方をした。
 絶望を抱え込んだ、彼が選んだ生き方は“無関心”でした。」

 イオリは3年前の事件を回顧する事になった。
 
 



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