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旅路〜イルツク〜

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ガランッ!ガランッ!ガランッ!ガランッ!

 イルツクの街に響き渡ったベルの音に、屋敷の執務室にいたアナスタシア・ギロック伯爵は思わず立ち上がった。
 窓を開け、耳に届いた音を信じられない思いで聞いていた。

「お嬢様!!ベルの音が・・・。」

 普段は伯爵と呼ぶ執事が思わず、昔のように叫びながら入ってきた。

「えぇ・・・聞こえています。
 おそらく広場の大ベルの音でしょう。
 ・・・“深淵のダンジョン”で何か起こったのでしょうか。」

 過去にダンジョンから帰ってきた冒険者が現れたとしても、決して鳴る事のなかったベル。
 イルツクの街の象徴となった大きなベルが突如として鳴り響く事にアナスタシアは“深淵のダンジョン”が関係していると、何故か確信していた。

「参りましょう。
 いつ何時も起こる事がなかった事が起こっている。
 領主である、私が見に行かなければ・・・。」

 主人の考えを汲んだ執事は、即座に使用人達に護衛を呼ぶように指示を出している。
 アナスタシアは1人、夫の無事を祈っていた。

「・・・ディエゴ。
 私を1人にしないで。」

 夫の安否も分からぬまま待つ。
 領主としてではなく、生涯を誓った妻として心が潰れる思いをしていた。
 部屋を飛び出したアナスタシアを慌てて執事が追いかけ、屋敷の前に並んだ騎士が馬車を開けた。

 屋敷にも届いたベルの音だ。
 街中の人間達が、何事かと外に出てきている。
 不穏な日々の中に響き出した音に何とも言えない不安な空気が流れている。

 そんな中、ギロック伯爵家の馬車が通って行く。
 人々は続く様に街の広場に向かっていた。

ガランッ!ガランッ!ガランッ!ガランッ!

 広場の中央に当たり前の様に佇む大きなベルは、今も鳴り響いていた。

 伸びやかでもない。軽やかでもない。
 むしろ重い・・・重厚感のある音にアナスタシアはベルを見上げる事しか出来なかった。

「何が起こっているのでしょう。
 私達は祈ることしか出来ないのでしょうか・・・。」

 すると、何処からともなく歓声が上がり出した。
 アナスタシアは思わず走っていくとイルツクの東門より、歩いてくる男がいた。

 肩から黄色の刺繍が施されベル模様が折り重なった白い騎士服を身に纏った男は真っ直ぐとアナスタシアの元に向かってきている。

「ディエゴ・・・。
 はぁ・・・良かった。」

 観衆が道を開けると、アナスタシアの元にやってきたディエゴ・ギロックは妻の前に跪き頭を下げた。

「領主ギロック伯爵に報告いたします。
 “深淵のダンジョン”に侵入した“エルフの里の戦士”3名の対処を完了いたしました。
 これらは全て、冒険者達の成した事。
 彼らのお陰でイルツクの脅威は去りました。」

 ディエゴ・ギロック騎士団長の声を静かに聞いていた民衆が喜びの声を上げた。

「「「「うおぉぉぉぉ!!!!」」」」

「やったぞ!騎士団長!」

「冒険者だってよ!凄いもんだな!」

「これで安心して街の外にも行けるわね。」

「行商人も来るぞ!商売ができる!」

 活気付く中、アナスタシアは跪く夫の肩に触れた。

「ご苦労様でした。
 無事に帰ってきてくれて、ありがとう。」

 涙を堪える妻にディエゴはニッコリと微笑んだ。
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