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己の価値を知る男は好かれる

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「好きにやれとは言ったけど、これは一体何なんだい?」

 ダチュラの街の入り口でマダム・マリエッタは呆れた様に扇で顔を隠した。

「道が無くなっているね。」

 隣では椅子に座っているペイン・プロキオンがニコニコとしていた。

 2人が見つめていたのは街へ入る一本道が崩れ所々が海に沈んでいる姿だった。

「フフフ。主にニックの仕掛けた爆薬のせいです。」

「ちょっ!ちょっと!!
 俺だけじゃ無いでしょ?
 リトゥルだって、馬鹿力で岩をぶん投げてたじゃないか!」

 エドの報告に慌てるニックは直様すぐさまにリトゥル・バーニーを指さした。

「いやいやいや!
 俺が合流した時には、既にボロボロでしたよ?
 だから岩を投げただけで、俺の所為じゃ無いです。」

 首をブンブンと振るリトゥル・バーニーを鋭い目で睨みつけるマダム・マリエッタに、スッとコーヒーの入ったマグカップが差し出された。

「まぁ、今は誰も怪我しなかった事を喜ぼう。
 補修費用だって兄さん達が国王からせしめてくるさ。」

 ゆったりとした所作で瓦礫をテーブルにコーヒーを淹れるマスターは、次の一杯をペインに差し出した。

「ん~。
 外で堪能するコーヒーも素晴らしいね。
 普段は屋敷から出ないから、殊更に楽しいよ。」

 ブラックの芳ばしい香りを楽しむペインにマリエッタは呆れた顔をした。

「何をピクニック気分で楽しんでいるのさ?
 道がないって言ってんの!
 金?
 そんなもん、たんまりと奪い取って来なってクロスに言っておきな!
 本当に、能天気な奴ばかりで困ったもんだよ。
 こちとら、他領の馬鹿が来ないんじゃ商売上がったりだよ!」

 ガミガミとキレているマダム・マリエッタに男達はクスクスと笑った。

 ダチュラの街は攻撃に耐えるも混乱は続いていた。
 一般の領民達は日常に戻っているも、問題は犯罪者達だった。

 中にはアルデバラン侯爵の追跡からも逃げ、隠れていた犯罪者が今回の騒ぎで湧いて出て来た事で街のバランスが崩れていた。
 ジャン・ドゥをはじめとした老舗のマフィア達が敏感に対処を始めると、新生の犯罪集団達も騒ぎがチャンスとみて抗争が始まっていた。

 そんな彼らの勝手を許すダチュラではない。
 既に、マスターの目に留まったマフィアがされ始めた。

 マダム・マリエッタのイライラも、そこから来ているのかもしれない。


______

 その頃、王都では予想通りに国王陛下相手にクロス・アルデバラン侯爵の代理であるチェイス・リゲル伯爵が賠償金の請求の交渉をしていた。
 国王としてはグルーバー侯爵家の財産を没収して捻出しようとしていたが、チェイスは王都の貴族の管理が出来ていないと、国王へも賠償金の請求をしているのだ。
 国王とチェイスの間を宰相オランド公爵がオタオタとしていた。
 チェイスの鋭い視線は国王の後ろに立っていたピート・リゲルにも向けられていた。
 大きな体を丸めたピートは、何とか弟から隠れられないかとソワソワしている姿を同席していたカルロとナディアのポルックス子爵夫婦に笑われていた。

「いつでも、愚兄達を返していただいて良いんですよ。」

 チェイスの脅し・・・交渉は上手くいきそうだ。
_______


 薄暗く、湿度が高く決して衛生的で無い地下牢にグルーバー侯爵は詰め込まれていた。
 一緒に捕まった騎士ヤン・ノヘルは、今日の取り調べから帰って来ていない。

 初めこそ反抗していた彼も、今や抵抗する気すら起こらないようだ。
 自分の牢に帰って行く時にグルーバー侯爵を見ることすら出来ずに瞳に力がなくなっていた。

ガシャンッ!

 目を瞑っていたグルーバー侯爵の耳に誰かが衛兵に連れて来られる音がした。

 ヤンが帰ってきた様だ。
 自動的に顔を上げたグルーバー侯爵の前に現れたのはダチュラへの攻撃の総指揮を任せたドナルド・スミスだった。

 足を止めたドナルド・スミスはグルーバー侯爵を見ると、顔を青ざめガクガクと震え始めた。

「教えてくれなかったじゃないか・・・。
 英雄がいた。
 が・・・あの人が生きているなんて!!
 聞いてなかったですぞ!」

 騒ぐドナルド・スミスを衛兵が殴ると奥の牢屋に引きずって行った。

「何を言っている?」

 グルーバー侯爵は呟くと興味も無く再び瞳を閉じた時だった。

「かつて厄災と呼ばれた男がいた。
 国は男を英雄ともて囃したが、男には意味のない称賛だった。
 男にとって国に尽くす事は愛する故郷を守る為にすぎないからだ。
 そんな中、男は国王を襲う敵から守った。
 大怪我を負いながらも自分を守った男を国王は解放した。
 しかし、英雄を手放すなど他の貪欲な貴族達が許すはずがない。
 だから、国王は男を殺す事にした。
 代わりに男は自分が作り上げた人材を国王に預けた。

 サムエル・アルデバランは生きている。」

 グルーバーが驚き瞳を見開くと、そこにはクロス・アルデバランが無表情で立っていた。

「英雄サムエル・アルデバランが生きている?」

 鉄格子を掴んだグルーバーにクロスは背を向けた。

「さあな。
 これも、また与太話かも知れんぞ。
 英雄の死には、いつの時代も奇跡や伝説が付き纏う。
 何が正しいかなど、己の目で見た者しか分かるまいよ。
 お前が知る時が来るとは思えんがな。

 英雄だか、厄災だか知らんがアレは私の弟だ。
 それだけが真実だ。」

カツカツカツ

 音をたて踵を返したクロスの後ろ姿をグルーバーは呻きながら見つめていた。

「サムエル・アルデバランが生きている?
 そんなわけがない!
 アイツは死んだ!死んだんだ!!
 じゃなければ、私は・・・最初から勝てるわけがなかったのか・・・。

 いや、そんな訳がない・・・
 なんだ・・・何が正しい?
 もう、何が何だか分からない・・・・。」




「今の良いの?」

 廊下で待っていたソフィアが心配そうに首を傾げた。

「大丈夫さ。
 奴には何が真実が分かっていないだろう。
 大体、英雄がいたから勝てないと考えている方が間違っている。
 国の礎は英雄の有無ではないからな。
 だから、奴らは阿呆だと言うんだ。」

 エステルからマントを受け取るとクロスは羽織った。

「今や、誰もグルーバーの声に耳を傾けないだろうね。」

 そう言いい、肩をすくめたウィリアムの肩をロウが組むとニコニコとした。

「それに、サムエルは生きているじゃないか。
 出来の良い息子がね。」

 ロウのウィンクにエステルはクスクスとした。

「尊敬する彼の名前を貰って喜んでいますよ。
 今も領主のいない穴を埋めるために奮闘しているでしょう。
 そろそろ帰ってやらなくては。」

「そうだな。帰るか。
 我が家に。」

「「「「我が家に。」」」」

 二度と会う事もないだろう相手の事を振り返る事もなくクロス・アルデバランは帰郷に入った。
 
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