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とあるキャロルの涙

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 王都の貴族子女の誘拐事件の報告が入ってから数日、未だに解決の目処が立たないまま時間だけが経っていた。
 クロス率いるアルデバラン家に助けを求めたハンス・オルコット子爵も疲れを隠す事なく憔悴していた。
 彼もまた、娘との最後の会話を思い出し後悔をしていた。
 
「何故、あんな事を言わせてしまったのだ・・・。」

 自分を責める彼をクルト家の親子が眉を下げて諌めていた。

「子爵・・・私達にも責任がある。
 どうか許して下さい。」

 そんな会話をクロス・アルデバランはジッと観察をしていた。

「娘は何を言った?」

 オルコット子爵は情けない顔をした。

「『勝手にすればいい。お父様なんて大嫌い。』
 娘に言わせてはいけない事を私はしようとしていた・・・。」

「何をした?」

 目を細めて睨みるつけるクロスにオルコット子爵はポツポツと話し始めたのだった。


___________

 同じ時間、ダチュラのとある場所で男達が不満をあらわにしていた。

「おい!王都からの連絡はまだなのか?」

「この街は、俺らみたなもんには楽園だって教えただろう?」

「それにしても、ずっと引きこもってなきゃ駄目だなんて気が狂うぞ!」

「クライアントが屋敷から出ずに大人しくしてろって言うんだ。
 仕方がないだろう?
 その代わりに毎日、食い物と酒には事欠かないだろうが。」

「あの貴族のガキも可愛げがない。
 泣いて許しを乞えば、面白いものを・・・
 涙1つ見せやしない。」

「フンッ。
 貴族のプライドって奴だろう?
 ガキでも植えつけられてるんだよ。」

 男達は文句や愚痴を言いながらビールの瓶を開けた。

「この街って“犯罪の街”って言われているんだろう?
 どんな悪党がいるんだい?」

 一番気の弱そうな男が口を開いた。

「俺が前に来た時は、“銀盤の雫”や“フランスコ”って言う組織が幅を利かせていたな。」

「どっちも聞いたことがあるぞ!
 “銀盤の雫”ってのは地方貴族を相手を相手取った詐欺集団だろう?
 “フランスコ”ってのは確か、元軍人や元警察上がりの武装集団のことだ。
 でもよ・・・確か両方とも・・・。」

「あぁ、ダチュラに来て壊滅しちまった。
 鳴り物入りで街に来ても、すぐに壊滅してしまう。
 老舗の組織はしぶといが“犯罪の街”で生き残るのは難しい。
 その代わり、生き残れば絶大な富が手に入る!
 だから、この街で多くの悪党が名乗りを上げんだよ。」

「・・・へぇ。
 俺達、ヤバイ所に来ちまったな。」

 怯えた様子の仲間に男は笑ってみせた。

「大勢でいるより、この街は少人数でつるんでいた方が目立たねーんだよ。
 それに、俺たちの後にはクライアントがいるからな。」

「あぁ。
 その分、今回は安心だぜ。」

「そんな事より
 そろそろ、ガキに飯でも持って行け。」

「あいよ。」

 男の1人が面倒臭そうに立ち上がると紙袋を持って奥の部屋に向かって行った。

 

________

 窓には鉄格子がはめられ、その上から木箱で覆われていた。

 出入り口のドアも重く閉ざされている。

 逃げ道のない環境で少女・・・キャロル・オルコットはベットの上で膝を抱えて丸まっていた。

ガチャン

 前触れもなく開かれる扉は鉄の重さを感じさせた。

「飯だ。」

 少女の目線に紙袋を置くと男は用事が済んだというように、さっさと出ていった。
 食欲などある筈もない少女であるが、男達と対峙する為には力が必要な為に恐る恐るベットから起き出した。
 
 決して上級貴族ではなかったが、キャロルの生家は裕福だった。
 食べる物にも困る事がなく、楽しく暮らしていた。
 父も母も優しく、お互いを思い合っていてキャロルにとって自慢の両親だった。                                                           

 狂い出したのは母が倒れた事だった。

 キャロルは紙袋に入っている食べ物と飲み物を取り出した。
 
 中に入っていた紙に包まれた食べ物はサンドイッチのような物だった。
 パンに薄いハンバーグと野菜、それに赤いソースと黄色いソースがかかっている。
 
「何これ?」

 紙袋の中を見ても切り分けるフォークやナイフがない。

「手で食べるのかしら?
 切り分けないのかしら?」

 思い切って齧り付くとキャロルは驚いた。

「サラダもお肉もパンも一緒に食べるなんて、市民はせっかちなのね。」

 そう言いながらも冷えたサンドイッチを食べ進めているとキャロルは指についた赤いソースを見つめた。

「そうだわ・・・何もしないよりもマシだもの。」

 サンドイッチを包んでいた紙に自分の名前と“Help  Me”と書き、乾かすと丁寧に折り畳んで紙袋に入れた。
 飲み物もコーヒーのように黒くシュワシュワして痛かったが甘くて美味しかった。
 飲み終わると同じように紙袋に入れ、再びベットに戻った。

 数時間してやってきた男は、食べた形跡を見て鼻で笑うと紙袋をグシャグシャにして持って行った。

「無駄かもしれないけれど・・・誰かに気づいて貰えたら良いのに。」

 少女の呟きは誰にも届かない。

________


「・・・ここ変だな。」

 少年と少女の2人が民家を見上げていた。
 少女は恐々と少年の腕を握っていた。

「あっ!誰か来る!」

 2人は急いで民家の前を走り去った。


ガチャ

 少年少女がいなくなった民家の玄関を男の1人が大きな袋を持って開けて出てきた。
 無造作にゴミ捨て場に捨てると足早に去っていく。

「見た?」

 物陰に隠れていた少女が怯えながら言うと少年は無言で頷いた。

「・・・行こう。」

 少年が少女の手を取ると徐に走り出し男が捨てたゴミ袋を掴んで逃げた。

「走るのをやめるなよ。
 Hopeに行けば安全だから。」

 少年の言葉に少女は頷き一生懸命に走った。
 

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