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男が指輪を手にした時
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しおりを挟むカランッ!
グラスに氷が落ちる音がする。
ここはBar Hopeの寮でもある“トーラス”と名付けられたクルーズ船に作られた一室。
マスターは“ダイナー・イオ”のカウンターに座るリトゥル・バーニーにバーボンを差し出した。
マダム・マリエッタに誘われてマスターの話を聞いていたリトゥル・バーニーは溜息を吐いた。
「サムエルさんは生きていたんですね?」
マスターは肩をすくめて微笑むだけだった。
「侯爵家のサムエルは死んだ・・・。
それで良いんだよ。」
兄が収める領地を守る為に影に徹している弟・・・。
男達が決めた覚悟を誰が否定出来るだろう。
「馬鹿だろう?
いつも自分が貧乏クジを引いているのに、平気な顔で笑っているんだ。」
呆れているマダム・マリエッタにリトゥル・バーニーは顔を向けた。
「でも、マダムも貴族のお嬢様だったんですよね?」
「フンっ。
とっくの昔にそんな物は捨ててるよ。
子爵家の娘の1人くらい居なくても世の中も困らないさ。」
鼻で笑うマダム・マリエッタと微笑むマスター・・・。
2人の関係がどんなものか、リトゥル・バーニーには分からない。
恋なのか友情なのか・・・・。
そのどちらもであって、どちらでも無いのだろう。
大人の関係は難しい。
ただ、2人は同じ道を選んだ。
それだけが真実なのだ。
「その後、クロスとサムエルはどうなったんですか?
アルデバラン家は?」
マスターは自身もバーボンを一口飲むと微笑んだ。
「再会したよ。
会っていなかっただけで元々、連絡は密にとっていたんだ。
アルデバラン家をエラ夫人に追い出された使用人達を集めて2人の間を取り持って貰っていたんだ。
店を始めた日の深夜に来てくれたよ。
あの店のカウンターで30年振りに、直接話したんだ。
兄は傷付いた姿で部屋から出ない事で周りにサムエルの死を本物に見せた。
特にエラ夫人に向けてだったけどね。」
苦笑するように笑ったマスターは棚に寄りかかって思い出すように話た。
「父・・・アルデバラン侯爵は寝込むようになったそうだ。
一応、サムエルの死に傷付いていたらしい。
クロスとサムエルが再会してから暫くして、クロスが侯爵を連れて閉店後の店に連れて来た事があったよ。」
「・・・どうでした?」
「幽霊を見たように驚いていたけど、喜んでくれた。
2人の選択を認めてくれて、その日のうちに侯爵はアルデバラン家の当主だけが身につける事が許されている指輪をクロスに託したんだ。
それも、店のカウンターだった。
その後は安心したように老後を過ごして亡くなったよ。」
「そうですか・・・。」
優しく微笑むマスターは何を思い出していたんだろう。
クロスとの思い出か、ゼス・アルデバランとの思い出か・・・それは誰にも分からない。
「この街が“犯罪の街”として作り上げたのはアルデバラン家の2人の兄弟と“ディアマンの庭”と呼ばれた友人達だった。
それに賛同した街の連中はいつまでもクロスとサムエルの兄弟を敬愛しているんだよ。」
マダム・マリエッタの澄ました顔にリトゥル・バーニーは微笑んで頷いた。
バンッ!
「いた!!」
いきなり“ダイナー・イオ”の扉が乱暴に開けられると、ボーイのジェットが顔を輝かして立っていた。
「うるさいねぇ。
もうちょっと静かに入っておいで。」
マダム・マリエッタの小言を気にする訳でもなく、ジェットは外に向けて大声を出した。
「子ウサギいたぞー!!!」
すると、そこに他の人間達がゾロゾロとやって来た。
戸惑うリトゥル・バーニーにピアノを担当しているスタンがヴァイオリンを差し出した。
「弾けるんだろ?」
リトゥル・バーニーは驚いたように固まると、顔を歪めた。
「モーリスですね・・・。」
「アンタ、ヴァイオリン弾けるのかい?!」
驚くマダム・マリエッタにリトゥル・バーニーは溜息を吐いた。
「褒められる事じゃないんです。
子供の頃、派遣された先で・・・生きる為に覚えたんです。」
不名誉だという様に下を向くリトゥル・バーニーの肩をマスターはポンポンと叩いた。
「過去を変える事は出来ないよ。
なんであろうと、過去に身に付けたモノはリトゥルが生きてきた証だよ。
嫌な思い出も利用しなさい。
君には未来しか待っていない。
過去はあくまでも過去だ。」
マスター・・・地獄を生き抜いたサムエルの現在の笑顔を見たリトゥル・バーニーはスタンからヴァイオリンを受け取った。
「自己流なんで、下手でも勘弁してくださいよ。」
そう言いながらヴァイオリンを弾き始めたリトゥル・バーニーの優しい演奏を仲間達は聞き入った。
そんな若者達の姿にマスターとマダム・マリエッタは目を合わせるとグラスと当て微笑んだ。
___________
誉高きアルデバラン家は他領の貴族達から“死の貴族”やら“悪魔貴族”などと揶揄されながらも、国王陛下からの信頼厚く幾度もの勲章を得ていた。
当主であるクロス・アルデバランは自らの領地に犯罪者を呼び込むという奇策を領民に受け入れさせた。
絶大な人気を誇る訳はクロス・アルデバランの弱者を守る姿勢を市民が感銘を受けたのだ。
私生活では、若き頃より共に過ごしてきたカペラ家の長女エステルと結婚し3子に恵まれた。
彼の側には常に執事のノワールが侍っていたという。
クロスの親友にして右腕であるチェイス・リゲルは父の元で海運業から政治について学んだ。
領地において補佐的役割の傍ら、1つの組織が運営や利益を持つのは良くないと積極的に事業を解放していった。
その代わり、旨みを得ようとダチュラにやってくる悪徳商人は徹底的に潰す為に同業者からは恐れられていた。
ロウ・シリウス。クロスよりも年上の彼は容姿端麗な上に憎まれない人柄で王都を含め他領の貴族への売り込みに尽力をした。
ダチュラの産業は海運を含め数を限られる。
そのくせ“犯罪”の文字が色濃い街に人を呼び入れる為にはロウ程適任はいなかった。
その甲斐あって、“犯罪の街”の裏腹“バカンスの街”の印象を植え付けている。
私生活では3度の結婚と離婚を繰り返し“ディアマンの庭”のメンバーに呆れられていた。
何においても調整役だったペイン・プロキオンは個性的な“ディアマンの庭”において無くてはならない存在だった。
突飛なクロスの意見に反対をするメンバーを理解しつつも、いつ何時でもクロスの味方をしていた。
それでいて、クロスに対しても叱りつける事を躊躇わなかった彼がいたから長年の関係が保たれていたのだろう。
残念な事に40歳頃から体調を崩し、表に出る事が少なくなったがメンバーは今でも彼の助言を必要としている。
ペインの妹である可憐なナディアは社交界においても人気者で求婚の申し入れが途切れなかった。
それでも当時、すでに家を継いでいたカミロ・ポルックスと恋をして結婚をした。
伯爵家のナディアに対しカミロは子爵であったが為に妨害しようと躍起になった貴族達までいたがクロス率いる“ディアマンの庭”の制裁に合い、早々と諦める事になった。
子供にも恵まれ6人の男女が誕生した。
子がいなかった兄ペインの申し入れで1人プロキオン家に養子に行っている。
カミロ・ポルックスは前途記載した通りナディア・プロキオンと結婚した。
下層貴族にとってカミロ程、頼りになる存在はなく自分たちの盾になってくれるカミロに多くの下層貴族が忠誠を誓っていた。
商売にも長けていて、馬車に頼っていたダチュラにおいて馬車から車への変革を行なったのも彼である。
その経営手腕は子供達にも受け継がれ、多くの子供達が自立後に商売の道に進んで行った。
カミロよりも剛腕を発揮したのが姉であるソニア・ポルックスである。
目標通りダチュラにホテルを建て経営に励んだ。
彼女の所有している“ホテル・オネスト”はダチュラのシンボルにもなった。
悪徳貴族を懲らしめて賠償金の代わりに奪った土地に建てた当ホテルの所有者に収まった彼女の経営は男達も敵わなかった。
結婚はしないと公言していたソニアだったが、恋に焦がれて長年プロポーズされていた男と婚約したのは最近の事。
これには“ディアマンの庭”のメンバーも驚きを隠せなかった。
ウィリアム・カペラはマダム・マリエッタや領主クロスの妻であるエステルの兄でもある。
妹達を愛したウィリアムは彼女達が人生の選択を自由に出来る様に広い心で支え続けた。
子爵令嬢にも関わらずアルデバラン侯爵家へ嫁いだエステルが社交界で生きていけるように根回しをし、破天荒な末っ子マリエッタがサムエルを追いかけるように家を飛び出した時には笑って送り出した。
そんな兄を2人の妹が愛さないはずもなく、歳をとった今でも仲良しな兄妹は折に触れて連絡をしあっている。
ゼス・アルデバラン前侯爵は若き日の傍若さを恥じながらも領地を守る事に尽力をした。
サムエルを失った彼はいかに自分が息子達の存在に支えられていたかを悟り、部屋に篭りきりになった。
クロスの仲介でサムエル改Bar Hopeのマスターに再会した彼は当主である指輪を長男クロスに譲り、早々に第一線を退いた。
引退してからは若い時の杵柄でミハエル・リゲルを伴い時よりBar Hopeに顔を出しては楽しそうに酒を飲む姿が見られた。
クロスが立派に領地を運営しエステルとの子供が成長したのを確認すると穏やかにこの世を去った。
エラ・アルデバランは長年憎み続けたサムエルが死んだとの報告を受けて、喜びのあまりに笑い狂ったように毎晩を過ごした。
しかし、人と言うのは不思議なもので憎む相手のいなくなった彼女は徐々に生きていく気力を失い。
長年の不摂生が祟り病に倒れた。
それからは呆気ないもので、サムエルの死の報告された1年後にゼスとクロスに看取られて死んでいった。
彼女の人生は憎しみに囚われていたが最愛の息子に送り出されたエラは優しく微笑んでいたという。
_______
「良い酒を飲みたい気分なんだ。」
平日の夜。
Bar Hopeが開店している時間帯に従業員でもないのに“ダイナー・イオ”を訪れる人物がいた。
マスターは笑顔で客を招き入れた。
「良いウィスキーが入っているよ。
やあ、兄さん。」
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