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男が指輪を手にした時
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この頃からクロスとサムエルは父の許しを得て街を自由に歩き出した。
クロスの心配をする母エラの執着を避け屋敷を抜け出す2人の兄弟は、街で生きる人々を直に見て歩いた。
『貧富の差が見える分にはかまわない。
目に見えない・・・表面に出ない不幸が怖いのだ。』
兄であるクロスは人の裏を見る事に長けていた。
笑顔の流浪の商人の裏に騙そうという意志を感じ、同じように微笑む針子家の女性の裏の苦悩を見つけ出す。
犯罪の横行にも目を向けた。
荒々しい犯罪は見つける事は楽だが、静かに進められる犯罪程、被害が大きい。
クロスは小さな悲鳴を探そうとするのだ。
「あっ!大将!」
細身の小さな男がニコニコと近づいてきた。
「やあ、ボルツ。
調子はどうだい?」
「上々だよ。
ストリートを寝ぐらにしているガキなんて溢れているんだ。
集めるなんて楽なもんだよ。」
ボルツはポケットにねじ込んでいたメモ紙をクロスに渡した。
確認するとクロスは男に紙を返し、頷いた。
「よし。
その紙とこの書状を携えてリゲル伯爵家の船ドッグに行け。」
「・・・分かったよ。
本当に助かるよ。
子供達に仕事と寝食を与えてくれて・・・。」
クレメンテ・ボルツは路地で寝起きする子供達のボスで、街を歩いていたアルデバラン兄弟を襲い金品を強奪しようとしてサムエルの返り討ちにあった青年だった。
その時の気骨をクロスに買われ、ストリートチルドレンに仕事を斡旋する役目を仰せつかったのだ。
チェイスにより伝えられた、アルデバラン兄弟の苦労に責任を感じていた当主ミハエルはクロスの願いを受け入れた。
食べ物に困る子供達が減る・・・クロスが始めた改革の始まりだった。
「リゲル商会の会頭に言われたんだ。
10年努力すれば、一隻任せるって。
俺が頑張ればガキ共に飯が行きわたるのなら、やってやるよ。」
何処か照れ臭そうに鼻を掻いたボルツに未来の大商会の会頭の姿を見たクロスは微笑みながら彼を見送ったのであった。
それから、しばらく経った時だった。
リゲル家でも変化が訪れていた。
サムエルと共にピート・リゲルは街を出る事に決まったのだ。
当初こそ当惑していたピートであったが、自分が後継に向いていない事は理解していた。
何もかもがムシャクシャして溜まっていた鬱憤を晴らせるのは剣術の鍛錬のみ。
要領の良い弟が影に隠れ領地経営について勉強している間、本人は派手に遊び回り剣の強さから街を風を切って歩いていた。
それでも行き場のない怒りはフツフツと火がついていた。
そんなピートがサムエルに負けた瞬間にスカッとした表情を浮かべた。
自分より年下の青年にあっさり負けた自分に卑下したのではない。
強き者に出会えた喜びだった。
もっと強い人たちに会いたいと望む自分に驚いた。
当然、嫡男である自覚は幼い頃からある。
逃れられない責任と己の欲望にピートは押しつぶされそうになっていた。
それが先日、父に呼び出され『好きに生きろ』と言われた。
だから剣の道に行きたいと願えば、サムエルが街を離れ王都の軍に入隊する話を聞いた。
『お前も共に行きなさい。
家はチェイスにまかせよう。』
そんな父も覚悟を決めたようだった。
父に呼ばれたチェイスと久々に真正面から顔を見た。
「兄上。
私はリゲル家と街を守るクロスを守ります。
だから、どうかサムエルの事を頼みます。
アイツは、いつかダチュラの為に帰ってくる男です。」
弟が言っている事は難しくて分からない。
しかし、初めて頼み事をしてきた弟にピートは喜びを感じていた。
「分かった。
サムエル殿の背を守る。
家と街を頼む。」
ニカッと笑うピートに小さい時の顔を思い出したチェイスと父ミハエルは微笑んだ。
________
「明日か・・・。」
「はい。」
「あの日から、私達は何か変われただろうか・・・。」
「答えは、まだ出ないのでしょう。」
クロスとサムエルは庭で剣を構えて立っていた。
「兄上を残していくのが心配です。」
「フッ。今の母上なら何とでもなるさ。
それに、私達は1人じゃないだろう。」
執事のノワールを始め、使用人達はクロスへの忠誠心が厚い。
共に生きてきた時間が兄弟との絆を深めてきた。
決してクロスを1人で母エラに立ち向かわせないだろう。
友も出来た。
サムエルがいない間に兄を支えてくれるだろう。
父も・・・以前より何処か変化が見られるようになった。
「私としたらサムエルの方が心配だ。
知り合いのいない王都で苦労するのは目に見えている。」
クロスと剣を打ち合うとサムエルは笑った。
「何処にいようと、あの時かた比べれば楽なものでしょう。
そう考えれば、私は鍛えられています。
それに、ピートがいます。」
「・・・チェイスの兄か。
後継の呪縛から解き放されて、昔ほどマシだろうが・・・
大丈夫か?」
クロスのセリフにサムエルはクスクスとした。
「なんとかなるでしょう。」
陽が落ちるまで剣を合わせた兄弟の別れは、実に呆気ないものだった。
父ゼスに譲られた馬に跨るとサムエルはピートと共にあっさりと街を出て行った。
1本道を行く2人の背をクロスは仲間と共に見つめていた。
それから30年後・・・。
その間、一度も街に帰らなかったサムエルの死亡がアルデバラン家に報告された。
ゼス・アルデバランは静かに涙を流し悲しみ。
エラ・アルデバランは狂喜し笑い狂った。
クロス・アルデバランは数日間、部屋に篭った。
悲しに包まれたアルデバラン家にエラの笑い声が響いていた。
サムエルの葬儀が行われた年の秋、ダチュラの街に1つの酒場が開店した。
後に街中に愛される様になる、この酒場はひっそりと始まったのであった。
クロスの心配をする母エラの執着を避け屋敷を抜け出す2人の兄弟は、街で生きる人々を直に見て歩いた。
『貧富の差が見える分にはかまわない。
目に見えない・・・表面に出ない不幸が怖いのだ。』
兄であるクロスは人の裏を見る事に長けていた。
笑顔の流浪の商人の裏に騙そうという意志を感じ、同じように微笑む針子家の女性の裏の苦悩を見つけ出す。
犯罪の横行にも目を向けた。
荒々しい犯罪は見つける事は楽だが、静かに進められる犯罪程、被害が大きい。
クロスは小さな悲鳴を探そうとするのだ。
「あっ!大将!」
細身の小さな男がニコニコと近づいてきた。
「やあ、ボルツ。
調子はどうだい?」
「上々だよ。
ストリートを寝ぐらにしているガキなんて溢れているんだ。
集めるなんて楽なもんだよ。」
ボルツはポケットにねじ込んでいたメモ紙をクロスに渡した。
確認するとクロスは男に紙を返し、頷いた。
「よし。
その紙とこの書状を携えてリゲル伯爵家の船ドッグに行け。」
「・・・分かったよ。
本当に助かるよ。
子供達に仕事と寝食を与えてくれて・・・。」
クレメンテ・ボルツは路地で寝起きする子供達のボスで、街を歩いていたアルデバラン兄弟を襲い金品を強奪しようとしてサムエルの返り討ちにあった青年だった。
その時の気骨をクロスに買われ、ストリートチルドレンに仕事を斡旋する役目を仰せつかったのだ。
チェイスにより伝えられた、アルデバラン兄弟の苦労に責任を感じていた当主ミハエルはクロスの願いを受け入れた。
食べ物に困る子供達が減る・・・クロスが始めた改革の始まりだった。
「リゲル商会の会頭に言われたんだ。
10年努力すれば、一隻任せるって。
俺が頑張ればガキ共に飯が行きわたるのなら、やってやるよ。」
何処か照れ臭そうに鼻を掻いたボルツに未来の大商会の会頭の姿を見たクロスは微笑みながら彼を見送ったのであった。
それから、しばらく経った時だった。
リゲル家でも変化が訪れていた。
サムエルと共にピート・リゲルは街を出る事に決まったのだ。
当初こそ当惑していたピートであったが、自分が後継に向いていない事は理解していた。
何もかもがムシャクシャして溜まっていた鬱憤を晴らせるのは剣術の鍛錬のみ。
要領の良い弟が影に隠れ領地経営について勉強している間、本人は派手に遊び回り剣の強さから街を風を切って歩いていた。
それでも行き場のない怒りはフツフツと火がついていた。
そんなピートがサムエルに負けた瞬間にスカッとした表情を浮かべた。
自分より年下の青年にあっさり負けた自分に卑下したのではない。
強き者に出会えた喜びだった。
もっと強い人たちに会いたいと望む自分に驚いた。
当然、嫡男である自覚は幼い頃からある。
逃れられない責任と己の欲望にピートは押しつぶされそうになっていた。
それが先日、父に呼び出され『好きに生きろ』と言われた。
だから剣の道に行きたいと願えば、サムエルが街を離れ王都の軍に入隊する話を聞いた。
『お前も共に行きなさい。
家はチェイスにまかせよう。』
そんな父も覚悟を決めたようだった。
父に呼ばれたチェイスと久々に真正面から顔を見た。
「兄上。
私はリゲル家と街を守るクロスを守ります。
だから、どうかサムエルの事を頼みます。
アイツは、いつかダチュラの為に帰ってくる男です。」
弟が言っている事は難しくて分からない。
しかし、初めて頼み事をしてきた弟にピートは喜びを感じていた。
「分かった。
サムエル殿の背を守る。
家と街を頼む。」
ニカッと笑うピートに小さい時の顔を思い出したチェイスと父ミハエルは微笑んだ。
________
「明日か・・・。」
「はい。」
「あの日から、私達は何か変われただろうか・・・。」
「答えは、まだ出ないのでしょう。」
クロスとサムエルは庭で剣を構えて立っていた。
「兄上を残していくのが心配です。」
「フッ。今の母上なら何とでもなるさ。
それに、私達は1人じゃないだろう。」
執事のノワールを始め、使用人達はクロスへの忠誠心が厚い。
共に生きてきた時間が兄弟との絆を深めてきた。
決してクロスを1人で母エラに立ち向かわせないだろう。
友も出来た。
サムエルがいない間に兄を支えてくれるだろう。
父も・・・以前より何処か変化が見られるようになった。
「私としたらサムエルの方が心配だ。
知り合いのいない王都で苦労するのは目に見えている。」
クロスと剣を打ち合うとサムエルは笑った。
「何処にいようと、あの時かた比べれば楽なものでしょう。
そう考えれば、私は鍛えられています。
それに、ピートがいます。」
「・・・チェイスの兄か。
後継の呪縛から解き放されて、昔ほどマシだろうが・・・
大丈夫か?」
クロスのセリフにサムエルはクスクスとした。
「なんとかなるでしょう。」
陽が落ちるまで剣を合わせた兄弟の別れは、実に呆気ないものだった。
父ゼスに譲られた馬に跨るとサムエルはピートと共にあっさりと街を出て行った。
1本道を行く2人の背をクロスは仲間と共に見つめていた。
それから30年後・・・。
その間、一度も街に帰らなかったサムエルの死亡がアルデバラン家に報告された。
ゼス・アルデバランは静かに涙を流し悲しみ。
エラ・アルデバランは狂喜し笑い狂った。
クロス・アルデバランは数日間、部屋に篭った。
悲しに包まれたアルデバラン家にエラの笑い声が響いていた。
サムエルの葬儀が行われた年の秋、ダチュラの街に1つの酒場が開店した。
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