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ぽん

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男が指輪を手にした時

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 よく晴れた日の朝だった。
 アルデバラン家の当主であるゼス・アルデバランが2人の息子を呼び出した。

 いつもと同じ不機嫌な顔であったが、どこか違う面持ちで待っていた父親にクロスとサムエルは訝しんでいた。

「お呼びでしょうか?」

 クロスの言葉に反応するとゼスは執務をしていた机では無くソファーに2人を座らせた。

「最近、我が家についての噂を聞いた事があるか?」

「我が家の噂ですか?」

 挨拶も無くゼスは2人の顔を見比べた。

「・・・いえ、私は特に。
 どうだ?サムエル?」

「先日伺いましたプロキオン家の茶会では兄さんの論文の話をして聞きましたが、その様子だと違うのですね?」

 ゼスは首を横に振るとため息を吐いた。

「あぁ、違う!
 我が家では夜な夜な叫び声が聞こえ、奥方が憑き物につかれていると貴族の間だけで無く街の噂になっている!」

 2人の兄弟は顔を見合わせると肩を落とした。

「母上に憑き物がついているかは分かりませんが、叫び声は今に始まった事では無いでしょう?」

 クロスの言葉にゼスは戸惑いを見せ不満気な様子だ。

「今までと言うのなら、何故今になって噂が広まった?」

「父上、先に申しておりますが我々が口外したしたわけではありませんよ?」

 グッと言葉を詰まらせたゼスにクロスは睨みつけた。

「それこそ今更ですよ。
 我々が屋敷を出なかった事に友人達は興味を持っていますが、特別な理由などあるはずもありません。
 全ては両親の考えだとして伝えています。
 母上の機嫌だって、我々にはどうする事もできないのです。
 父上こそ、どうにかしてください。」

「何を言う。
 今更、そんな事ができるか!
 お前達を屋敷から出さなかったのだって、お前達を思っての事だ。
 どうだ!そのお陰でお前達は努力し今では評判も良いではないか!」

「ええ、今更それについて話し合う気はありません。
 今は母上の問題です。
 噂をこのままにして良いはずもなければ、『やめろ』と言って聞くお方でもありません。」

「どうにかせねばなるまい。
 屋敷から出すのも外聞が悪い・・・。
 ・・・おい。アレは普段どのような暮らしをしている?」

 夫が妻について息子に聞くなど恥ずかしい話はないが、アルデバラン家の夫婦が交流を持つ時など外面を気にしている時以外なく、つまり夫であるゼス・アルデバランは妻であるエラの本当の姿を数年は目にしていないのだ。
 クロスは呆れたようにため息を吐くと淡々と説明を始めた。

「昼過ぎに起きられ、遅い食事を取り部屋に籠っていますよ。
 その間でさえ、気に入らない事があると物に当たり使用人達に暴力を振るいます。
 夜も夜とて明け方近くまで騒ぎ通しで、悲鳴というのはこの時の事でしょう。」

「暴力・・・?
 アレは使用人に暴力を?」

「・・・知らなかったとは言わせませんよ?」

「・・・。」

 驚いた顔をした父にクロスは睨みつけた。
 息子の視線に耐えられずにゼスは顔を背けた。

「サムエル。服を脱げ。」

「・・・はい。」

 黙って服を脱いだサムエルの体ををゼスは呆然として見ていた。

「サムエルがアルデバラン家の息子と認められてから毎日のように負った傷です。
 父上が不在の時、母上の不満は全てサムエルが引き受けていました。
 私達が歳を重ねていくと母上はサムエルへの暴力に意味を見出さなくなりました。
 サムエルが強くなったからです。
 それでもサムエルを罰したい母上は代わりに使用人達に怒りをぶつけています。
 やめて行った使用人達も何人もいます。
 その者達へ口をつぐめと言うのは無謀でしょう。
 ・・・父上。
 その噂話とやらは、父上が見ようとしなかったアルデバラン家の本当の姿です。」

 身体中に傷跡が残るサムエルの体をゼスは怯えたように見ていた。
 クロムスはここだと思い。
 ゼスに進言をした。

「父上・・・良き青年に育ったサムエルに対し母上は現在、暗殺計画を立てています。」

「何っ!?
 サムエルは・・・私の・・アルデバラン家の人間だぞ!!」

「母上にとっては父上を取った憎き女の息子なのですよ。」

「アレはまだそんな事を・・・。」

 唖然とするゼスにクロスは畳みかけた。

「もし母上がサムエルに対し本気で暗殺を仕掛けたとなれば、今の噂以上にアルデバラン家の醜聞に繋がります。」

 ハッとするゼスは、面倒な事になる前にどうすべきか考え込んだ。

「そこで私達に提案があります。」

「・・・なんだ?申してみよ。」

「サムエルを家から出しましょう。
 母上から引き離すのです。
 そうすればサムエルの身は守れるのと同時に母上も落ち着きを取り戻すでしょう。」

「・・・サムエルを家から出す?」

 ゼスが考え込むように唸ると、黙って聞いていたサムエルが初めて口を開いた。

「父上。
 私を屋敷に置いて頂いたことに感謝しています。
 辛い事ありましたが、兄さんと共に屋敷で学べた事は私の宝です。
 私は軍に入隊したいと考えています。
 そこでの経験がのちに兄さんの役に立つように努めます。」

 自分の気まぐれで屋敷に置いた息子が知らない間に己の手から離れていた。
 いや、自分の息子として侯爵家の末席に置いた、その瞬間からサムエルは自分から離れていったのだ。
 そう気づいたゼス・アルデバランは初めて恥を感じていた。
 クロスにしても、自分を責めもしないが不甲斐ない父と認識しているのだろう。
 息子達の絆にゼスは目を逸らした。

「・・・良いだろう。
 推薦状は用意しよう。
 お前の好きな時に出発しなさい。」

「ありがとうございます。
 お世話になりました。」

「父上。
 お認め頂き、有難うございます。
 私は今まで通り屋敷に残り、勉強に励みます。」

 2人の息子が部屋を出ていくとゼスは大きなため息を吐いた。
 そして久しぶりに妻の元に足を向けようとした時だった。

ガシャーン!

 何かが壊れる音がした。

 ビクッと体を振るわせると、側に控えていた執事のノワールが囁いた。

「奥様でございます。
 今日は、随分とお早いお目覚めにございます。」 

 その瞬間、ゼス・アルデバランは己の無能さを知ったのだった。
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