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男が指輪を手にした時

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「やあ、お待たせ。」

「私は待っていないわよ。
 ・・・貴方、強いのね。」

 サムエルはジャケットを着ると少女に笑いかけた。

「屋敷の中は退屈でね。
 やる事は限られているんだ。」

「それで鍛えていたの?
 と言うことは御兄様も?」

 少女の問にサムエルはただ微笑むだけだった。

「それにしても、一体どうして屋敷から出なかったの?」

 少女の素朴の疑問にサムエルは苦笑した。

「さぁ、どうしてだろう。
 それは私達も分からないよ。」

 遠い目をしたサムエルを少女はじっと見つめていた。



 しばらくした時だった。
 クロスが1人の青年を連れてやってきた。

「チェイス。
 弟のサムエルだ。
 サムエル、リゲル家次男のチェイス殿だよ。」

 チェイスは人の良さそうな笑顔でサムエルに手を出した。

「先程は兄がお世話になりました。」

「こちらこそ、勉強させて頂きました。
 お怪我をされてないと良いのですが。」

 サムエルの返事にリゲルは笑い出した。

「体力だけが取り柄の兄です。
 今も呑気に食事をしています。
 同世代で負けた事のない兄も最近の態度には閉口していたんです。
 他家への評判も心配の種でした。
 先程、自分より強いものに出会えた事で何か変化を感じてくれていれば良いのですが。」

 父が存在感がないと評したリゲル家次男チェイスに対して屋敷から出た事のなかった2人の兄弟の考えは全く違っていた。
 体力自慢の単細胞の兄ピートに比べ、弟のチェイスは思慮深く勉強熱心だとのだ。
 それでいて程よい野心と抜け目のない思考を兼ね備えたチェイスを仲間に出来れば、どんなに良い働きをするだろう。
 それもあって特にクロスはリゲル家の訪問を楽しみにしていたのである。

「それにしても、先程からお前が側を離れないとは・・・面白いな。
 サムエル紹介してくれないか?」

 クロスはサムエルの隣で静かにしていた少女に顔を向けた。

「あ~・・・君の名前、知らなかったね。」

 この時、少女に自己紹介していない事に気づいたサムエルは苦笑して頬を掻いた。

「ええ、聞かれていないわ。」

 少女はクスッと笑うとクロスへ正面に立ちスカートの端を摘んで持ち上げた。

「初めてお目にかかります。
 カペラ子爵家二女にございます。」

「初めましてカペラ嬢。
 ゼス・アルデバランが長男クロスだ。
 弟が失礼をしたらしい。許してくれ。
 お前も挨拶をしなさい。」

「はい。
 次男のサムエル・アルデバランです。
 失礼をしました。カペラ嬢。」

 クロスに続きサムエルが胸に当てて挨拶をするとマリエッタ・カペラは微笑んだ。

「謝罪を受け入れます。
 どうぞ、お気軽にマリエッタとお呼びください。
 チェイス様もご機嫌よう。」

 マリエッタの挨拶にチェイスも微笑んだ。

「やあ、マリエッタ。
 元気そうで何よりだ。」

「2人は知り合いなのかい?」

 クロスの質問に2人は顔を合わせた。

「知り合いと言うか、幼馴染になるのかな。
 同世代の貴族は顔を合わせることが多いんだ。
 君たちが稀有なのさ。」

「チェイス様も私も後継ではありませんから、会えば気楽なものです。
 社交に大変なのはお兄様やお姉様達です。」

 サムエルは首を傾げてマリエッタ嬢を見つめて言った。

「だから君はいつも端で観察をしているのかい?」

「聞こえが悪いわ。
 観察をしているのではなくて、面倒な集団から離れているだけ。
 必要なら話もします。」

 剥れるマリエッタ嬢にサムエルは笑った。

「聞いてください。
 兄上。
 マリエッタ嬢は兄上が群がる人々を芋に見えていると言ったのですよ。
 それに、我々は彼女に上に立つものとして何も証明していないとも。」

「ほう・・・。」

 クロスの視線を受けマリエッタ嬢は目を泳がせた。

「失礼なのは承知してますわ。
 謝れと言うのなら謝ります。
 でも、これから私達を率いて行かれる方達なのですから力量を見定めるのも貴族の仕事でございましょう?」

「確かにね。
 君の言っている事は正しいよ。
 屋敷に隠れていたばかりで私達は君達に何も証明をしていない。
 弟が君と楽しそうに話しているのが分かったよ。
 君は芋ではなくサルビアの花言葉のように賢い人だ。」

 マリエッタ嬢はクロスの言葉に頬を赤くした。

「へぇ。珍しいね。マリエッタ嬢がそんな反応するなんて。」

 ニヤニヤ顔のチェイスをマリエッタ嬢は睨みつけた。

「どう言うことですの?
 私だって恥ずかしがる事くらいあります。」

「まぁ、私達は幼い頃からの知り合いだしね。
 クロスやサムエル君みたいにときめかせる事は難しいよ。」

「チェイス様、貴方・・・相変わらず、腹黒いですわ。」

 2人の会話にサムエルは苦笑してクロスに顔を寄せた。

「父上が言っていたチェイス殿の印象とやはり違いますね。」

「そうだろう。彼は我々とだよ。
 マリエッタ嬢もそうであると期待したいが、目下に気なるのはリゲル家当主殿だ。
 長男のお前への風当たりを目にしても言い訳もしに来ないし、お前が叩きのめすのを楽しそうに見ていた。」

 クロスは楽しそうに驚くサムエルの反応を見ていた。

「当主殿は貴族と言うよりも商人なのでしょうか?
 だとしたらピート殿より才覚のあるチェイス殿を跡取りにと考えているかも知れませんね。」

「ふぅ・・・。だとしても利用されたようで腹も立つ。」

 そんな2人にマリエッタ嬢と言い争いをしていたチェイスが顔を向けた。

「どうしたんだい?
 2人とも?」

「いや。なんでもない。
 社交の場とは実に複雑で面白いものだと思っていたところだ。」

 そんなクロスにマリエッタ嬢は扇子を広げて口元をを隠した。

「あら、まだまだ序の口ですわ。
 殿方と女とでは見ているものが違いますもの。
 見てご覧なさいませ。
 注目の御二人が揃って1人の女の元にいるのです。
 注目されておりますわよ。
 どうか私を見ている令嬢達を獣に変えないでくださいませ。」

 マリエッタ嬢は扇子を仰ぐと、何もなかったように3人から離れていった。

「危険への回避が実に早い。
 これはマリエッタ嬢に教えを請わねばならないな。
 チェイス・・・あの視線はどうすれば良い?」

「まぁ、話に行ってあげたらいいんじゃない?
 マリエッタ嬢の言うところ、獣の檻ってところかな。」

 チェイスの助言にクロスは鼻で笑った。

「獣の檻?
 そんなもの慣れている。」

 ジャケットを直して微笑んで歩いていくクロスを見てチェイスはサムエルに聞いた。

「何?猛獣でも飼ってるの?」

「・・・えぇ。
 そんなところです。」

 サムエルはキョトンとするチェイスの腕を引っ張り兄の跡を追った。

 
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