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男が指輪を手にした時

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「貴方のお兄さん、ピートに絡まれてるけれど良いの?」

 ピート・リゲルと手合わせを始める数分前、ガーデンの隅で少女と話していたサムエルは人の群れを見た。

「大丈夫だと思うよ。
 ・・・今日来て思ったんだよね。
 どうやら、私達は世間知らずの無能者と勘違いされているらしい。」

「・・・否定はしないわ。
 その歳になるまで誰の前にも現れなかったのだもの。
 余程に大切にされているか、人前に出す事もできない無能者か・・・。
 昨今の社交会の話題はそればかりだったわ。」

「そのどちらでも無かったんだけどね。
 仕方がないとは言え、余計なお世話と言えないのが領主の息子としての立場かな。
 あっ・・・。
 不味いな。ちょっと行ってくるよ。」

 空いたグラスをテーブルに置きスタスタと歩いていくサムエルの背を少女はじっと見つめていた。


「構わないよ。
 サムエル!」

 静かに近づけば、案の定サムエルは兄に呼ばれた。

「どうしました?兄上。」

「お前・・・聞いてなかったのか?
 彼が剣の手合わせをしてくれるらしい。
 私達の相手はいつも同じメンツだからね。
 いい練習になるのではないか?」

 サムエルは怒っているクロスに苦笑するとピートに視線を向けた。
 どうやら相当頭に来ているらしい。
 何故だかクロスよりもサムエルを睨みつけている。

「お願いしましょう。」

 ニッコリとサムエルが了承するとピートはやる気満々で使用人に剣を持ってこさせていた。

「試合ではなく手合わせという事で木刀をご用意しました。」

 執事が木で出来た剣を2本持ってくるとピートは舌打ちをした。

「やめると言うのなら、今おっしゃてください。」

 馬鹿にするように言うピートにサムエルは肩を竦めた。
 ジャケットを脱ぐとテーブルにポンと置いて木刀を掴むと数回ほど振ってみた。

「まぁ、やるだけやってみましょう。
 よろしくお願いします。ピート殿。」

 
 ピートは初めの掛け声と共に静かに構えるサムエルへ突進してきた。

 周りでは歓声が起こっている。
 最早ティーパーティーなど優雅な集まりではない。

 走りながら木刀を振り下ろすピートに対してサムエルは静かに下がったかと思えばステップを踏んで胴に木刀を打ち込んだ。

「グアァ!」

 ピートは腹をおさえ痛そうにしながらもサムエルを睨みつけた。

「まだまだ!!」

 再びピートが走り込みながら木刀を横に薙ぎ払うとサムエルは下に潜り込み、足を掬うように木刀を持ち上げた。
 捨とサムエルよりも体の大きなピートが一回転をして地面に背を打ち付けたのである。

「ぎゃっ!!」

 あまりにも無様に転がっている様を観客達が笑い出した。

「確か、リゲル家の長男は剣術が得意だったはず。
 それにも関わらず、全く相手になっていないとはサムエル様は実にお強いのだな。」

「全くだ。まさか、ここまで剣術がお強いとは・・・。」

「いや何よりも、あの巨体が蛙のように逆さになっておるぞ。」

 クスクスと笑われている事にも赤面するが、何よりも馬鹿にしていたサムエルにしてやられた事でピートは心を砕かれてしまっている。

「見事な切り込みでした。
 貴方の攻撃が一打でも当たっていたら、私はすぐに降参をしていたでしょう。」

 サムエルが手を差し伸ばすとピートは不貞腐れたように手を掴み立ち上がった。

「言ってくれる。
 実力の半分も見せていないでしょうに。」

 ピートはパンパンと服から土を落とすとニカッと笑った。

「いやいや!負けました!
 私もまだまだです!」

 サムエルとピートは握手を交わすとクロスを見た。
 結果に満足したクロスは拍手をして2人に近づいた。

「ピートは私達には無いパワーがあって羨ましいよ。
 武器が違えば結果も違っていたかもしれないな。」

「先程までのご無礼をお許しください。
 自信があったものをここまで、はっきり負けますと気持ちがスッキリします!」

 思っていたよりも素直なピートにクロスは苦笑した。

「君の努力を無碍にするつもりはない。
 ただ、弟は優秀である。
 その事実は兄である私が一番分かっているんだ。」

 クロスはサムエルの背を叩くと微笑んだ。
 サムエルは軽く頭を下げるとピートに木刀を渡しジャケットを羽織った。

 クロスはチラッと父へ目を向けると上機嫌でワインを飲んでいた。
 隣に立つリゲル伯爵も笑顔だった。

「謀られたか・・・。」

 目を細めて睨みつけたクロスの視線に気づいたミハエル・リゲルはグラスを掲げて会釈をした。

(最初からぶつける気だったな。
 領主の息子の力量を測る事に加えて、自信過剰な実子へお灸を据える。
 例え我々が無能でも己の息子の株が上がるわけで、痛くも痒くもないと言ったところか。)

 クロスもリゲル伯爵に会釈をすると離れていった弟へ視線を送った。
 すると弟はガーデンの隅に立っていた1人の令嬢の元へ向かって行った。

 不思議に思って見ていれば、実に楽しそうに笑っていた。
 弟が自分以外を気に入っている・・・。
 心に棘が刺さったような気持ちになり、クロスは苦笑した。

(弟離れが出来ていないとは・・・。
 こんな所が世間知らずというところか。)

 クロスはため息を吐くと離れば場所にいた青年に目をつけた。

(あれがリゲル家次男チェイスか・・・。)

 兄とは違い派手な事を好まないのか、人の少ない場所にいたチェイスは数人の青年達と話していた。
 クロスがトコトコと歩いていくと気づいたチェイスは青年達に別れを告げて近寄ってきた。

「歓談中に申し訳ないね。
 兄上相手に騒がしい事をした。
 申し訳ない。」

 するとチェイスは苦笑すると胸に手を当てて頭を下げた。

「兄の行いに罰さえあれ笑って許してくださり感謝します。
 どうぞ、お気遣いなく。」

 クロスは手を差し出すと微笑んだ。

「ゼス・アルデバランが長男クロスだ。
 宜しく頼む。」

「リゲル伯爵家次男チェイスにございます。
 次男にまで挨拶いただき痛み入ります。」

 何処か含みのある言葉にゼスは笑った。

「私としては君との付き合いが長くなると思っているんだけどね・・・。
 そうだ。君が愛読している“ぺパレック海戦史”は私も大好きでね。
 ジブラータ海峡での戦いについての君の考察を聞かせてくれないかい?」

「何故、私がペパレック海戦史を愛読していると・・・?
 !!
 あぁ・・・成る程、貴方達は巷が言うほど世間知らずではないと言う事ですね?
 ・・・それが私の口から父に伝わるとは思わないのですか?」

 首を傾げるチェイスに対してクロスは同じように首を傾げた。

「伝えてくれないのか?」

「・・・ぷっ。
 ハハハハハハハ!!」

 笑い出したチェイスはクロスの肩を叩いた。

「分かりました。
 いや、分かったよ。
 どうやら、君とは友達になれそうだ。」

 チェイスの敬語が取れた事にクロスは微笑んだ。
 弟であるサムエルとは違う。
 友人と呼べる存在を作る。
 それが今日のクロスの目的であったのだ。

「それで?
 君は何を考えている?
 ずっと屋敷にこもっていたんだ。
 ダチュラの展望の1つや2つ考えているんだろう?」

 そんなチェイスに向かいクロスはニヤリとすると頷いたのだった。

「話が早い奴は助かるね。」

 この日クロスに初めての友人ができた。
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