地獄の沙汰も酒次第・・・街に愛された殺し屋達に会いたいのならBar Hopeへようこそ

ぽん

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紛い物は雑味が目立つ

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 蛇に睨まれたネズミというのは、どういう心境なのだろうか?
 強敵を前に命の脆さに怯えるのか、最後の足掻きをするために思考を巡らせているのか?
 はたまた諦めの境地にいるのか・・・。

 マダム・マリエッタに射るように目で見つめられ、ノルベルト・ギブソンは驚きに固まっている。

「・・・何を。」

「何を言っている?かい?
 ゴレッジはアンタに教えなかったのかい?
 新参者には、ありとあらゆる目で見られると・・・。
 お前さんの行動は筒抜けなんだと。」

 マダム・マリエッタが顎で階下を示すと、フロアにいた客達がコソコソ話したり蔑むような視線をギブソンに向けていた。

「・・・酒場の経営者如きが口を出す話じゃないだろう。」

 一応はマフィアのボスだ。
 落ち着きを取り戻すとギブソンはマダム・マリエッタを睨みつけた。

「おや、よく分かっているじゃないか。
 もう少し、残念な子かと思っていたよ。」

「何!?」

 馬鹿にするのをやめないマダム・マリエッタに激昂するようにギブソンは立ち上がった。
 追随するようにスゴンがマダムに手を伸ばした時だった。

カチャッ

 マダム・マリエッタを守るように、控えていたボーイのジェットが両手に持った銃をギブソンの胸とスゴンの額に狙いを定めた。

「おいおいおい・・・。
 ここは酒場だぞ?なんで店員が銃を携帯している。」

「お前さんのような馬鹿がいるからだよ。」

 座ったままのマダム・マリエッタは煙管に口をつけては煙を吐いた。

「大体、この店は争い事が厳禁なんだろう?
 店自体が規則を守らなくて良いのか?」

 ギブソンは一向に狙いから外さないジェットに怯えながらも笑った。

「恫喝紛いの客には武力を持って対処するよ。
 アンタ達を狙っているのは、この子の銃だけじゃない事を教えといてあげようね。」

 マダム・マリエッタの指差す方を機械仕立ての人形のように首を動かすギブソンは銃を構えた茶縞模様の瞳をしたボーイに背後が狙われている事に気づき震えた。
 
「一店が何で、街の事に口を出すかだって?
 それはアンタ、頼まれたからさ。」

「誰にだ!ジャン・ドゥか! 
 あの野郎・・・。ハナから俺の命を狙ってやがったんだ!くそが!」

 ギブソンはグラスを床に叩きつけると頭を抱えて座り込んだ。

「アンタは間違っているよ。
 この街で生きて行く為に、別にジャン・ドゥの許可なんて必要ない。
 条件なんて意味がないのさ。
 己で街に溶け込み生き抜いていく・・・それ以外にないんだよ。

 でも、それすら考えなかったアンタはジャン・ドゥを負かす為に街に持ち込んだのが“お薬”さ。
 マフィア同士の抗争なら、見て見ぬ振りをするがその“お薬”の出現にお怒りなのさ。
 この街に住む人間達に無用な“お薬”は排除するべきってね。」

 ガクガクと震えるギブソンは唇を震えさせた。

「・・・りょ・・領・・。」

「はいはい。そこまで分かったなら、お分かりだろう?
 下にいる奴らは、その薬の被害にあった者たち及び家族達だよ。
 彼らの身に何が起こったか、想像はつくだろう?」

 ギブソンの頭に寝室にカトラの顔が浮かんだ。
 まともな光を失った人間の瞳と脆い顔が頭を掠めていく。

「知らない・・・俺は知らない。
 勝手に薬に溺れた奴らが悪いんだ。
 そうだろう?
 あれは立派な医療薬品だ!!」

 ここに来て用意していた回答を叫んだギブソンにマダム・マリエッタは拍手を送った。

パチパチパチパチッ

「あぁ、その通りだ。
 麻酔薬は立派な薬品だよ。
 でもね。
 銃も使わなければ、ただのさ。
 しかし、人間が引き金を引けば人を傷つける。
 薬品も同じだろう?
 使い方次第で人を傷つける・・・。
 アンタはそれすら分かって街へ流したんだ。」

 鼻を膨らませてマダム・マリエッタを睨み続けるギブソンは突如としてニヤリとした。

「そうか・・・。
 この街は今、俺が把握しているよりも麻酔中毒に侵されている。
 だから、お前達は俺の麻酔が必要なんだ。
 ・・・商売をしてやっても良い。
 しかし、この店での俺の待遇を良くしろ。
 ジャン・ドゥよりも良い席を!アレクサンドラを横につけろ!!」

 自分の考えに酔っているのか、ギブソンは的を得たとニヤついている。

「御所望はアレクサンドラかい?」

「あぁ、そうだ。
 この街1番の!いや、他にだってあんなに良い女はいない!
 アレクサンドラを俺の女にしろ!」

 ローテーブルに足をかけて大声を出すギブソンに店は静まり返った。

「プププッ。あーダメだ。
 我慢できなかった。」

 銃を構えていたジェットが吹き出すように笑っている。
 背後に立つフリントもクスクスと堪えられていない。

「マダム。
 良いじゃないですか?
 アリー姉さんに来てもらいましょうよ。」

 ジェットが笑いながら視線を送るとマダム・マリエッタは深い溜息を吐いた。

「全く、お前達は真面目にやっておくれよ。」

「だって、この人さ。ずっとアリー姉さんに釘付けだったよ?
 そろそろ会わせてやってよ。」

 何故、ジェットが味方をしてくれているのか理解できないギブソンであったが、これ幸いにと訝しげながらもマダム・マリエッタに笑みを見せた。

「ハァ・・・良いだろう。
 ヒスイ!呼んでおいで。」

「はい。」

 階下で待機していたのだろう。
 軽快にバックヤードに姿を消した金髪のボーイがアレクサンドラを伴い戻ってきたのは直ぐの事だった。

 マダム・マリエッタとは真逆の真っ赤なドレスを着たアレクサンドラが涼しい顔でマダムとギムソンを交互に見ていた。

「アレクサンドラ。お客様がお前を御所望だよ。
 嫌ならジェットが引き金を引くよ。」

「おいおい!ふざけた事ぬかすなよ!
 麻酔の販売ルートは俺が握っているんだ。
 テメーの言いなりにはならねーぞ。

 アレクサンドラ・・・やはり美しい。
 初めて目があった時から俺達は恋に落ちたんだ。」

 残念な人間を相手にするアレクサンドラに同情するような空気がBar  Hopeに流れている。
 アレクサンドラはギブソンに静かに手を差し伸べた。

「君は話さないって聞いているけど、俺となら話してくれるだろう?
 俺達が出会ったのは運命なのだから・・・。」

 スルスルと愛の言葉を囁くギムソンにアレクサンドラはニッコリと微笑んで近寄った。
 そして・・・

『えぇ。愛しい人。
 迎えにきてくれるのを待っていたわ。
 ココは人が多いもの・・・どこか場所を変えましょう?』

 何重にも聞こえるアレクサンドラの囁き声にギブソンは恍惚とした顔をして頷いた。

「ボス・・・?」

 ジェットに額を狙われ続けているスゴンは置いていかれる恐怖と戦っていた。

「ボス、置いていかないでください!!ボスっ!」

『大丈夫、私達に邪魔者は必要ないわ』

 すでにスゴンの声は届いていない。
 アレクサンドラの魅惑の声がギブソンを導いている。
 リトゥル・バーニーが開いて待っていた扉をギブソンは笑顔で出て行く。

「本日もご利用ありがとうございました。」




「さぁ、みんな。
 よく耐えてくれたね。
 迷惑なお客様は店から出て頂いたから、後は好きにしておくれ。」
 
 マダム・マリエッタの言葉を聞いたフロアにいた客達がゾロゾロと店を後にして行った。


 静まり返った店内にはスゴンの怯えて許しを乞う小さな声だけが聞こえている。

「お前は・・・私達が手を出す必要もないだろう。
 お迎えがきたよ。」

 マダム・マリエッタの言葉にオリーブ色のふわふわ髪を揺らしてルースが男を案内してきた。
 
「自分の身内の事は自分達で何とかしな。」

「はい。お手数おかけしました。」

 マダム・マリエッタに頭を下げていたのは・・・

「・・・ゴレッジ?」

「立て。」

 ゴレッジは大きな体のスゴンの首根っこを掴むと引きずるように連れて行った。
 それを見送ったマダム・マリエッタはニッコリするとジェットの頭を撫でながらご機嫌に言った。

「お疲れ様、よくやったね。
 今日の夕飯はビーフシチューだってさ。
 早く店しめて帰ろうじゃないか。」
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